ジャンルを問わず、世の中に新しい価値を創出したDisruptive Innovator(ディスラプティブ・イノベーター:破壊的創造者)の生の声をお伝えするインタビューコラム「Disruptive Innovators Talks ~新たな価値の創造者たち~」。第10回は、障害を通した人間の身体のあり方の研究で脚光を浴びる、伊藤亜紗・東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター長が登場します。

「障害者一人ひとりの体の違い」を示した伊藤氏の研究成果は大きな反響を呼びました。その違いを認め合うことから見えてきた障害者と健常者の新しい関係性は、美術、スポーツ、コミュニケーション、建築や街のあり方など、人々の考え方や生活シーンを根本から見直させる力を持っています。

伊藤亜紗(いとう・あさ)
伊藤亜紗(いとう・あさ)
2010年に東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究美学芸術学専門分野を単位取得のうえ、退学。同年、同大学にて博士号を取得(文学)。日本学術振興会特別研究員を経て、2013年に東京工業大学リベラルアーツセンター准教授に着任。2016年4月、同大学リベラルアーツ研究教育院准教授に、2020年2月、未来の人類研究センター長に就任。主な著書に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社、2015年)、『どもる体』(医学書院、2018年)、『記憶する体』(春秋社、2019年)、『手の倫理』(講談社、2020年)など(*1)。同時並行して、作品の制作にもたずさわる。専門は、美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次に文転。障害を通して、人間の身体のあり方を研究している(写真:鈴木愛子)
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――伊藤さんが障害を持つ人たちの身体感覚に関心を持ったのはどうしてですか。

伊藤 自分が「この体を与えられている」ということって、単なる偶然でしかないわけですよね。全く選択権がなくこの体で生まれてきてしまうわけですが、それを引き受けなくてはいけない人生なわけです。ある種、暴力的なことですよね。まず、このことがすごいなと思っているんです。

 自分のこの体から出ることはできないけれど、でも、想像力の範囲内ではありますが「違う体になってみる」ということはできるはずなのではないか。別の体で世界を見ると、世界の違う顔も見られるだろうなと思いました。

――ある意味、素朴ともいえる興味・関心が出発点だったんですね。

伊藤 純粋な興味ですよね。興味と、不安みたいなものも、どこかであったかもしれないですね。自分自身の体に対して「この体を引き受けなきゃいけないんだ」という不安な感覚を持っていましたし、「みんなはどう思っているのかな」と思ったりもしていました。

――自分以外の体はどのくらい違って見えましたか。「ある程度予想通りだった」のでしょうか。あるいは「それ以上」でしたか。

伊藤 そうですね。思った以上に、思っていた100倍ぐらい(笑)、やっぱりみんな、それぞれすごく体が違うし、外から見えてない面というのはあるなと思いますね。


注)
*1 伊藤氏の主著、左から『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社、2015年)、『どもる体』(医学書院、2018年)、『記憶する体』(春秋社、2019年)、『手の倫理』(講談社、2020年)。様々な視点から人間の身体感覚に迫っていく。


「障害者=いつも配慮される存在」になりかねない「多様性」

――その「違い」というのは、最近よく使われている「多様性」という言葉とはニュアンスが違うように思えます。伊藤さんは「多様性」のあり方について、「あまり好きではない」と発言もされていますね。

伊藤 そうですね。最近はいろいろなところで「多様性」という言葉が使われていますが、まず、当事者はあんまり多様性という言葉は使わないんです。そこにまずギャップを感じています。

 「多様性」という言葉が広まることで、(障害者への)理解が深まるのはすごくいいことなんですが、同時にすごくステレオタイプなラベリングになってしまいかねないんですよね。

 そうなると、「あ、この人、目が見えないんだ。じゃあこういう配慮をしなきゃいけないね」ということになって、いつも配慮される対象になる。すると、当事者は「いつも障害者を演じなきゃいけなくなる」ということがあって…。

――伊藤さんの著書を読むと、例えば「視覚障害者」といっても、人それぞれ感覚が違うことに気付かされます。

伊藤 もちろん障害のことは知ってほしいですし、必要な配慮はしてほしいと思います。でもやっぱり、当事者からするとずっと障害者として扱われ続けるのはしんどい。普通の人として接してほしいと思いますよね。

(写真:鈴木愛子)
(写真:鈴木愛子)
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 そういう意味で私がいつも言っているのは、「その人の中に様々な顔がある」ということです。「社会の中には様々な人がいる」ということよりも、その人の中の多様性のほうが大事なんじゃないかと思っているんです。

 「この人は視覚障害者」だと思うと、いつもその顔しか見えないけれども、違う側面が存在するんだということを意識して接していると、その人が(障害の話とは)全然違う話の相談相手になったりするわけです。自分の子どもの教育についてすごく悩んでいたときに、その視覚障害の方にも子どもがいたりすると、ちょっと子育てのことを相談できたりもしますよね。

 こうやって違うチャンネルでもたくさんつながれるわけです。でも、どうしても「多様性」という言葉には、その障害者の「障害」の部分だけでつながろうとしてしまう力というのがある。それがちょっと窮屈なんじゃないかなって思っています。

――そういった「障害者と健常者」という枠組みではないコミュニケーションは当然あるわけですが、一方で、障害者と健常者とでは違うところもたくさんあります。

伊藤 もちろんそうです。そして、障害を持っている人はとてもイノベーティブだと思うんですよね。

――どのあたりにそれを感じますか。

伊藤 「世界と自分がフィットしてない」というのが障害の定義です。この世にこの体で生まれてきたけれども、環境が自分に合ってないという人が障害者ですよね。そのときに、社会を変えていくことがまずは重要なんだけれども、いまだ埋めきれない日々のギャップに対して、「どうやってこの環境に自分の体を添わせるのか」「うまく組み合わせることができるのか」ということについて、いつも工夫をしているのが障害を持っている人なんです。

――ずっと自分で工夫し続けないと、社会とつながれないわけですね。

伊藤 そうですね。だから健常者って「ぼーっとしていられる人」だと思うんですよね(笑)

――確かにそうかもしれません(笑)

伊藤 それで、この前の冬に、知り合いの人にニット帽をプレゼントしたんです。その人は病気で片手が使えないんですが、「ニット帽、ありがとう」というメールの最後に「どうやったらこのニット帽を自分がかぶれるかを、今研究しています」って書いてあって…。確かに、ニット帽を片手でかぶるのはすごく難しいですよね。

 もともと人間関係ができていたので成り立ったやり取りだとはいえ、これって一歩間違えると「私の配慮が足りない」っていうことにもなるケースだと思うんです。でもそうではなく、むしろ前向きに捉えてくれる力というのが、実は彼の中にあったわけです。

 もちろん、ベースに信頼関係があるということはとても大事だと思いますが、これを配慮、配慮で接しすぎてしまうと、彼らの創造的な部分を発揮できなくしてしまうことにもなりかねないわけですよね。

――もしかしたら、そういったところから、例えば「片手でも被りやすいニット帽」が生まれるかもしれません。

伊藤 そうですね。彼らが持っているちょっとした工夫というのは、やっぱりすごいなと思うんです。ちょっとしたゲーム、例えばオセロゲームをするとき、普通にやったら視覚障害者はどっちが黒でどっちが白か分かりません。そうすると、どうやったらできるんだろうと工夫をし始めるんです。片面に何かシール貼っておこうとか。

 そんなふうに、すべてのものごとに“翻訳”とか“変換”が入るんです。常に障害という要素が入ることで、これまでとは違う発想がその場にもたらされる。障害者がその場に入ることで、当事者である障害者だけではなく、場自体がものすごく創造的にならざるを得ないわけです。そこがやっぱり面白い関係性だと思います。


対等な関係を築くことからイノベーションが生まれる

――生活の中で絶えず工夫していく中での障害者の独自の感覚や、健常者とのやり取りを通じてイノベーションが生まれてくるわけですね。彼ら独特の視点で健常者にないものを補っていく、というイメージでしょうか。

伊藤 それもありますが、障害を持った人と関わると、「障害を持った人から何かヒントがもらえる」という手前で、「(健常者である)自分のできなさ」がすごいヒントになるんです。当たり前のことがガラガラっと崩れる感じが常にありますね。そこがすごく大事だと思います。

(写真:鈴木愛子)
(写真:鈴木愛子)
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 「ソーシャル・ビュー」という美術鑑賞の方法があります。複数の見える人と見えない人が、対話しながら一緒に同じ作品を鑑賞するという方法なのですが、そのときに一番大事なことって「見える人が何も言えない」ということなんです。絵画を見て、「これを説明してください」と言われても、見えるからといってうまく言葉で説明できるというわけではないんですね。ですから、ソーシャル・ビューでは、最初はみんなすごく口ごもるんです。最初しばらく、シーンみたいな感じ(笑)。

 ソーシャル・ビューでは、健常者が「こんなに見えているのに説明できないんだ」ということを知ったり、同じ絵を見ているのに言葉にするとみんな違う説明をしはじめたりする経験を通じて、「何かを見る」ということの価値が大きく下がっていきます。つまり、健常者が「できる」と思っていることや、「当たり前だ」と思っていることが崩される。そのことがすごく重要なんですよね。健常者って、別に答えを知っている人じゃなかったんだということが明らかになっていくわけです。

――普段の生活においても、障害者と健常者が交わっていけばいくほど、いろんなインパクトが出てくると思います。どんなふうにお互いが関わっていくと、より良い社会になっていくとお考えですか。

伊藤 まずは対等な関係を築くことからだと思います。

 米国カリフォルニア州バークレーは、世界で最も障害者が暮らしやすいと言われている街なんですが、バークレーに行くと、例えば車いすの人が4~5人集まって、道路の真ん中とかで世間話をしていたりするんです。そして、その人たちはパンクみたいな格好をしていたりとか、タバコを吸っていたりとか、自然な感じなんですよね。

 日本の障害者の人たちは、どうしても「人から好かれなきゃいけない」みたいなプレッシャーがすごくあるように思えるんです。健常者のほうにも、「障害者なんだから、もうちょっと礼儀正しくしろ」みたいな、そういう感覚があると思います。多分、それがある限りはイノベーションが起こったり、対等な関係になったりはしないんじゃないでしょうか。助けてあげる・助けてもらうという関係から、まずはその外側に出ることがすごく大事なんじゃないかと思います。

 健常者といっても、自分一人でできていることなんて何もないんです。夕ご飯を食べることを考えてみても、調理は自分でやったとしても素材までつくるわけじゃないですよね。着ている洋服だってつくってもらっているわけです。そういう意味では、みんなが助けてもらって生きているわけですよね。

 これも健常者が当たり前だと思っているところを崩すということなんですけど、そういうことを考えるところから、いい意味で障害者と健常者との横並びの関係ができたときに、お互いにとって創造的な発見が生まれてくるような気がします。

――そのあたりのことは、伊藤さんが所長を務める未来の人類研究センター(*2)の研究テーマである「利他」ということにもつながってきそうですね。

伊藤 そうですね。ただ、利他の実践はすごく難しい、それゆえに研究しがいがあると思っています。さきほどもお話しましたが、障害を持っている人に配慮しよう、この人のために何かをしようと何かをすると、逆にその人のためにならないということもあるわけです。その人に障害者を演じさせてしまうことになったりとか、本人が調整しようとしているときに手を出してしまったりとか…。そういうことがとてもよくあります。本当の意味での利他って何なんだろう? ということを考えたいなとは思っています。たまたまセンターの中で、自分と全然研究領域が違う人たちと一緒で研究できるようになったので、その問題を集中的に考えているところです。


注)
*2 未来の人類研究センター
リベラルアーツ研究を推進するため、東京工業大学科学技術創成研究院(IIR)の中に、2020年2月に設置された組織。最初の5年間、「利他」をテーマにかかげて活動する。2021年3月13日・14日には利他学会議を開催。メンバーは、センター長を務める伊藤亜紗准教授、中島岳志教授(政治学)、若松英輔教授(人間文化論)、磯﨑憲一郎教授(文学)、國分功一郎特定准教授(哲学)。


新しい発想は、雑談から生まれる

――伊藤さんの専門は美学ですが、今、アートとビジネスの関係性といったことが盛んに言われています。美学という領域から見えてきた障害者と健常者の関係性や、そこから生まれた発想をビジネスに生かすといったことは考えられますか。

(写真:鈴木愛子)
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伊藤 私自身はビジネスという視点で考えてはいませんが、生活の中でのヒントは障害者の方から常にもらっています。多分ビジネスでも何かヒントになるものはあるんじゃないかなとは思います。

 抽象的な話になってしまうのですが、美術の世界の面白さというのは「対立している方が楽しい」ということなんです。つまり、作品には解釈が複数あってもよくて、正解はない。しかも自分と全然違う解釈を聞いても面白いわけですよね。つまり、自分の考えを変えなくても、人の考えが分かるわけです。「ああ、この絵ってそういうふうにも見えるんだ」と考えられるというところが、やっぱり面白いと思っているんです。

 それに対して、ビジネスの世界の人と時々お話しをすると、どうしても二項対立的な発想が多いのかなと感じることがあります。利益の追求が大前提の目的だから当然といえば当然なのですが、Aがあって、Bがあったとすると、「AとB、どちらがいいか」という発想になりがちですよね。ビジネスの世界だとそうせざるを得ないのかもしれませんが、でも、美術の世界というのはそこがまったく違っています。「AとB、両方面白いよね」とか「AとBがあるんだったら、Cじゃん(笑)」みたいな考え方をするんです。その「AとB」の「と」というところが面白い。その間が面白いみたいなことだったりするので、そういうところまで入っていただけるといいのかなとは思います。

 18世紀に市民社会ができて、みんなが自分の利益を追求するようになっていったこの時代に、カントという哲学者がいました。彼は美というものの役割は無関心性だと言ったんですね。無関心というのは、興味がないという意味ではなく、自分の利益と関係ないというところに行ける、ということです。そのことが「美」というもののすごさだし、社会的な役目だと言っていたんですけど、私は本当にそうだなと思っていて、利害関係みたいなものからいったん離れて、自分はこう思う、ほかの人はこう思う、違うのが面白いねと言えたりとか、そういう役割が美術にはあると思っています。そうした、ちょっと違う人と人との関係をつくる場が美術なんだというところに共感していただけると嬉しいなと思います。

――では最後に、これはビジネスに限った話ではありませんが、新しいことを始めようとする人、あるいは、新しいテーマを見つけようとしている人に、アドバイスをお願いします。

伊藤 「雑談を大事にしましょう」ということでしょうか。うちのセンターでは、会議もするんですけど、雑談でいろんなことを決めるというか、決めると言っても「あれは…決めてるのかな?」というような感じで話が進んでいきます。最初の計画どおりに進むということも大事なんですけど、そこから新しいことは生まれないので。

 「生成的コミュニケーション」と私は言っているんですけど、何か役割がいろいろ切り替わったり、最初からゴールが見えているわけではないような状況で、雑談のようなところから生まれてくるものがたくさんあるんじゃないかなと思っています。

――コロナ禍の中、どうやって雑談の場を維持するのかが課題となりそうです。

伊藤 そうなんですよね。SNSでつながるなど、会っていないときに相手が何をしているのかを知ることがすごく大事になってくると思います。

 おそらく、その人の見えてない側面みたいなものを探すという作業が雑談だと思うんです。様々なトピックが投げ込まれたときに、「あ、それって俺、すごい詳しい」みたいな、これまで見えていなかったその人の側面が急に出てきて、そこから新しい研究のテーマだったり、何かが生まれるということも珍しくありません。その見えていない側面を探す努力というのは、多分、これまで以上に必要になるんじゃないかなと思います。

インタビューを終えて
カメレオンの独特な動き、フクロウの回る首が好きだという伊藤さんは、元々は生物学者を目指していました。“人間とは違う体”の生きものに興味を持ったからです。

やがてその興味の対象は、一人ひとり違う“人の体”へと向かい、独創性の高い研究につながります。

日経BP 総合研究所に属する私は、様々な企業の方から新事業を創出するためのイノベーションをどうやって起こすのかという相談を頻繁にいただきます。そんなとき私は、「自分たちと“ねじれ”の位置にある、まだ知覚していない企業・人と出会う必要があります」と、いつも答えています。その“違い”が、イノベーションを生む大きな原動力となるからです。

そして、“違い”を見出し受け入れるには、柔軟な発想が必要です。今回、伊藤さんのお話をうかがうなかで、“違い”を見出すための精度を高めることが、より深い“違い”の理解につながるのだと再認識しました。

新しい発想を得るには雑談、つまり生成的コミュニケーションが大事だと伊藤さんは言います。気楽な雑談がきっかけとなり、お互いの見えてない側面が引き出され、そこから新しい展開が生まれる――。コロナ禍の今、そんな雑談の機会を持つことは難しい状況にありますが、デジタルもアナログも駆使して、より多くの、自分とは違う人に興味を持つことが、イノベーションを生み出す力となるでしょう。
高橋博樹(たかはし・ひろき)
日経BP 総合研究所 戦略企画部長/ソリューション・アーキテクト
高橋 博樹(たかはし ひろき) 日経BP入社後、インターネット草創期のビジネスモデルづくり、ICT、建設など幅広い分野を担当。2015年9月、日経BP総合研究所の発足と同時に戦略企画部長に就任、現職。「新・公民連携最前線」「Beyond Health」の2つのメディアを創案して立ち上げた(写真:栗原克己)


特別付録 伊藤亜紗さんへの10の質問

1.会ってみたい人(架空の人物も含む)
ナウシカです。

2.好きな動物
カメレオン、好きです。動きがすごい好きですね。フクロウも好きです。フクロウは首が回るじゃないですか(笑)。ああいう、何か自分の範囲を超えて動く動物は好きですね。

(イラスト:宮沢洋)
(イラスト:宮沢洋)
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3. 好きな食べ物
イチジクですね。

4. リラックス、気分転換をする方法
そうですね、あんまりないですね。基本、研究が楽しいから(笑)。でも、声が好きなんですよ。人の声にすごく癒やされるんです。例えば視覚障害の人って、結構、声でメッセージをくれるんですよね。そういうのを聞き直したりしています。

5. 2030年には何をしていると思いますか
また生物学をやりたいですね。「生物学をやる」というのはちょっと言い過ぎかもしれないですけど、何か植物の研究とか観察とかをしたいですね。

6. 心掛けていること
「説得しない」。強引に人を変えようとしないということです。

7.好きなマンガ
『ジョジョの奇妙な冒険』第3部ですね。

8.今、欲しいモノ
温室。珍しい植物にかこまれてぬくぬくしたいです。

9.行ってみたい場所
ガラパゴス諸島。福岡伸一先生から「ガラパゴスの動物たちは人間を恐れていない」とうかがって、行ってみたいなと思いました。

10.影響を受けた本
タイガー立石『すてきにへんな家』(福音館書店)


初出は福音館書店の月刊誌『たくさんのふしぎ』1988年9月号。世界中の、そして、タイガー立石氏が想像した、たくさんの「すてきにへんな家」が描かれている。


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