利用されるだけの人生はつまらない

(写真:鈴木 愛子)
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――タイムマネジメント的な考え方を取り入れて効率的にお菓子づくりの品質を高めていったわけですね。不動産事業にも関心を持つようになったのは、何かきっかけがあったのですか。

辻󠄀口 「不動産に直接関わりながら事業を大きくしていく」ということを意識した決定的な出来事は、六本木ヒルズをつくった森稔さん(当時の森ビル社長・故人)に頼まれて、(料理評論家の)山本益博さんが、誘致のための交渉役として株式会社ワイズテーブルコーポレーションさんとの仲を取り持ってくれて、僕の店(ル ショコラ ドゥ アッシュ)を六本木ヒルズのけやき坂通りに出したことですね。10年間の定期借家を終えて、今、店は銀座に移りましたけど、僕はあの時、何百万円という家賃を毎月六本木ヒルズに払っていたわけです。毎回そのお金を払うたびに、「いやぁ、儲かってるなあ」って思っていました。僕じゃなくてヒルズが(笑)。

 そして、非常に優れた料理人やパティシエ、ブーランジェ(パン職人)をエリアに入れ込むことによって、六本木ヒルズの不動産価値が上がり、森ビル自体の企業価値も上がっていった。これって、いい意味で僕たちは利用されていたわけですよね。

 でも、利用されるだけの人生っていうのはつまんないな、とも思うようになってきた。大好きな仕事であるプレーヤーとしてのパティシエというエリアから、プラスアルファで(入居テナントとしてではなく)自分でも不動産価値を高めるような事業体をつくっていきたいということを、おぼろげに感じ始めたんです。

 考えて見れば、お菓子をつくって売っていくうえでは、どうしたって不動産が必要です。当然厨房エリアは必要、ストレスなく駐車場に入れるようなエリアも必要だし、倉庫も必要だし、ラボも必要。売り場やカフェのスペースも必要です。付加価値としてのランドスケープも必要です。不動産とは非常に近いところで僕自身の事業体をつくってきたわけです。最初は不動産事業を直接やろうとは思いませんでしたが、いくつかデベロッパーの開発案件に出店してみて、やっぱり不動産事業もうまくミックスさせながら一つの事業を組み立てるという、そういう時代に来ているんじゃないかなと、思うようになってきたんですね。

 それで今度、僕がプロデュースシェフを務めている三重県(菰野町)のリゾート、アクアイグニスでは、その横に約5000坪の土地を購入して、湯の山「素粋居」を開発、7月10日にオープンしました。12棟のヴィラと、3店舗の美食レストランを備えた商業施設を整備しました。もともとアクアイグニスにヴィラはあるんですけど、稼働率は90%以上です。なので、12棟ほど追加して、オーベルジュのような食とヴィラの連携という要素を持ったエリアをつくり上げました。

湯の山「素粋居」につくられた12棟のヴィラ。土・石・漆喰・木・漆・和紙・ガラス・鉄の8つのマテリアルで構成され、それぞれのマテリアルにちなんだ個性的なしつらえだ(写真:アクアイグニス)
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