テクノロジーを使いこなせるパティシエが必要

(写真:鈴木 愛子)
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――不動産だけでなく、教育についても新しいプロジェクトを進めています。

辻󠄀口 石川県の白山市で、「かなざわ食マネジメント専門職大学」という大学をつくっているところです(2021年4月開学予定。設置認可申請中)。

 料理人にしてもパティシエにしても、マネジメントや、SNSを使ったマーケティングやEC、そしてリクルーティングといった、事業運営に必要なことがあまり分かっていない人が多い。お菓子づくりのノウハウは専門学校で学び、そのあと大学4年間で食のビジネスというものを学んでいく。料理やお菓子づくりを志す人は、そういうことを真剣に考えていく時代になってきたと思うんですね。

 おいしいものをつくる技術だけではなく、ちゃんとした生活基盤を整えられる力も養成しなくてはなりません。そうじゃないと、IT業界にみんな人材が流れて行ってしまう。当然、儲かるところに皆さんロマンを求めて行くわけですから。このままだと我々の業界は、どんどんどんどんシュリンクしていってしまう。それこそコンビニスイーツにすら負けちゃうんじゃないかな、と思いますよ。だからこそ、この大学の存在というのは、これから外食産業の発展を考える上においても、あるいは一つのパティスリーを経営するにしても、非常に重要になってくるのではないかなと思っています。

――料理に関するテクノロジーもどんどん進化していますね。経営面を考えれば、当然、取り入れていなくてはなりません。

辻󠄀口 例えば、パソコンで様々なデザインのデータをつくり上げて、そのデータに基づいて水でカットするウォータージェットカッターというマシンがあります。カットする形をプログラミングすることによって、非常に繊細な蝶々のような形に、ムースなどが切られていく。これまでは鉄の型を一個一個製作していって、それに50万、60万円といったコストが掛かっていたのですが、そういう時代ではなくなりつつあります。

 だからもう普通にお菓子をつくれるだけでは、これからはパティシエをやっていけなくなる。もっとテクノロジーを使いこなせるパティシエが必要になってきます。

――ただ、そうなってくると逆にIT分野から職人の領域に進出してくるケースが出てくるかもしれません。極論すると、いわゆるGAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple)のような企業が、お菓子という世界に影響を及ぼす、ということも考えられそうです。

辻󠄀口 当然それはあると思うんですけど、むしろ彼らと組むこともできると思っています。お菓子をつくってネットで売りますというだけではやっぱり芸がないですよね。それよりも、例えば、世界中のパティシエと連動してスイーツのZOZOTOWNみたいな、そういうものも一緒につくってしまう。そんなことができないかと考えているところです。そのときには、農業とも連動していきたいと思っています。世界中の農業と、世界中の職人を連動した、そういうプラットフォームをつくっていきたいですね。

 何で農業かというと、やっぱりストーリーを描けるからなんです。近く、ペルーでオーガニックのカカオ農園を買うのですが、Farm to Bar(農園からチョコレートづくりまでの全工程を一貫して手掛けること)を進めていきたいと思ったことが動機でした。自分のところでちゃんと責任を持ってつくった材料を使って「このショコラはこうだよ」という思いを込めた物語に乗せて売っていきたいと思ったんですね。

 例えば、2014年のサロン・デュ・ショコラ(フランス・パリで開催)で金賞を受賞した「C.C.C. DNA CHOCOLAT」は、郷愁性を誘うショコラというテーマでつくりました。マヤ文明のころ、6000年以上も前からずっとカカオを食べてきた人類には、カカオをおいしいと思う、そういうDNAがあると思います。さらにそれよりも身近で感じる「郷愁性」は何かと考えたとき、僕は母乳だと思ったんです。子どもがこの世に生を受けて一番最初に口にするのが母乳ですからね。

 でも、母乳でガナッシュショコラをつくるわけにはいきません。そこで母乳の成分に近いものがこの地球上にあるに違いないということで、調べてみたら、最も近いのが昆布だったんです。昆布の持つグルタミン酸というアミノ酸が、母乳の成分に最も近い。しかもなおかつ、昆布というのは、日本の出汁(だし)じゃないですか。そういう意味において、昆布の成分というのは、特に日本人の郷愁を誘うに違いないというロジックの中で、僕のボンボンショコラを昆布でつくっていったんです。

 このとき、ミシュラン三つ星を取った和食店の門脇(俊哉)さんに、「昆布で一番おいしい、スイーツと合う昆布って何だと思いますか?」と伺ったところ、真昆布だと教えていただいたんです。「60度以上に加熱すると、真昆布はえぐみが出て臭くなって、多分、とてもじゃないけどスイーツには合わない」というアドバイスもいただきました。そこで僕は、「だったら水出しコーヒーのように、真昆布を水で出したら、もっとクリアでおいしい出汁が取れるに違いない」と思って、富士山の軟水で北海道の真昆布を一夜漬けにしてみたんですね。そうしたら、次の日の朝、出汁が出てジュレみたいになっていたんです。これを使ってボンボンショコラをつくりました。

 そういったことを繰り返しながら、僕の中での味覚の発想というのは、やっぱり物語、ストーリーを語れる食材でなければいけないと改めて思いました。

(写真:鈴木 愛子)
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