起業家と経営者の資質は全然違う

――最後に、創業から毎年売り上げを伸ばし、現在、国内約250人、グローバルで約700人のスタッフを抱える企業にまでマザーハウスを成長させた山口さんから、起業家を目指す人たち、あるいは、新しいことに取り組もうとしている人たちにメッセージをお願いします。

山口 やっぱり重要なのはコンテンツだと思っています。方法が起業であって…。

 今、起業って全然資金がなくてもできるじゃないですか。でも、その後に乗り越えるべきハードルの数々を考えると、「何を達成したいか」ということが相当重要になります。私について言えば、理念がなければハードルを越えてここまで来ていません。

 それと、創業者のキャラクターを途中で変換していかなければ、10年以上続けるのは本当に難しいと思う。創業者、起業家のスピリットって、経営者のそれとはちょっと違うと私は思っているんです。

(写真:加藤康)
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――そのあたり、もう少し詳しくお話いただけますか。

山口 起業家のスピリットというのは、ゼロをイチにすることの快感と渇望がむちゃくちゃ詰まっているわけです。でも、それが今の時代、日本の会社を引っ張っていける経営者の資質なのかというと、全然違います。組織にゼロ・イチの人材は必要ですけど、そういう人が経営をしてしまうと、非常に居心地の悪い、むしろギスギスした組織になってしまうと私は思っています。

 自分自身としては、いろんな人が辞めていったときに「ああ、なるほど。私の温度感ってみんなと違うよね」ということを客観的に受けとめられるようになって、そのことを実感しました。

 世の中には家族と仕事を両立したい人たちがたくさんいて、そういう人たちが5時に帰りたいという気持ちを、私が理解しなきゃいけないと思ったんです。それで評価制度を抜本的に変えたりなど、手をつけていきました。

 でもそれは、(途上国の工場でつくった)モノを届けるためには、自分が変わらなきゃいけないと思ったからやったことなんです。そのビジョンがなければ、私はそんなことはやりたくなかったと思います。

――ビジョン実現のためには、起業時とはまた別の動き方をしなくてはいけない、と。

山口 そうですね。そのときの私の変換については、山崎(大祐・副社長)の助けもあってうまくできたなと思っています。

 そうかといって、ゼロ・イチのスピリットをなくしてはいけないんですけどね。だから私は、途上国に行ったときはちゃんとスイッチを入れて“起業家”になっています。

――サステナブルな経営者になろうと思うなら、起業家とはまた違った能力を磨かなくてはいけない、と。

山口 本当にそう思います。自分と数人のコミュニティだけだったらいいんですけど、100人以上をマネージする経営者になりたかったら、「発想がいい」「アイデアで突破」といったことだけでは絶対に難しい。

 今、当社の売り上げ規模は30億円~40億円といったレベルですが、ここから100億円規模の企業になるには、多分、何か課題が出てくるだろうと思っています。そのときに私はまた、何か変換をしていかなくてはいけないだろうと感じています。

インタビューを終えて

販売した商品のケア・修理にとどまらず、顧客が長く使って不要になったバッグを回収・解体し、そこから新たな商品を生みだす――。

「ソーシャルビンテージ」というサービスをスタートさせたマザーハウス。素材や商品に対するこだわりや愛情が、山口さんの新しい挑戦の原動力となっています。

山口さんは、SDGs(持続可能な開発目標)に先んじて「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念の下で企業活動を続けてきました。SDGsが広く認知され、推進されるなか、今度はより高いゴールを目指し、山口さんは動き始めたのです。

単にサステナブルを掲げるのでなく、製造工程での廃棄物や、購入された商品の“終わり”にも、しっかりとコミットする。当然コストのかかる仕事になります。

そんな難しい条件の下、サステナブルな事業の仕組みをデザインできたのは、デザイナーと経営者の両方の視点から現場=工場を知り尽くしている山口さんならではの突破力といえるでしょう。

そしてもう一つ、この事業を成り立たせている重要なポイントがあります。それは購入者の商品への愛情、思い入れです。

思い入れがある商品だからこそ、購入者はもう使わなくなったバッグを捨てるのではなく、リサイクルに回してくれるのです。

しかも、多くの場合、回収されたバッグには、様々な思い出を綴った購入者からの手紙が添えられているといいます。そんなにも愛されたバッグを解体して、マザーハウスが新たな商品としてよみがえらせる――。

山口さんは、顧客との関係もまた、サステナブルに築いているのです。

高橋博樹(たかはし・ひろき)
日経BP 総合研究所 戦略企画部長/ソリューション・アーキテクト
高橋 博樹(たかはし ひろき) 日経BP入社後、インターネット草創期のビジネスモデルづくり、ICT、建設など幅広い分野を担当。2015年9月、日経BP総合研究所の発足と同時に戦略企画部長に就任、現職。「新・公民連携最前線」「Beyond Health」の2つのメディアを創案して立ち上げた(写真:栗原克己)