ポール・アレンという人物――フィランソロピストとしても大きな足跡

 2018年10月15日、ポール・アレン氏が悪性リンパ腫(非ホジキンリンパ腫)による合併症のため、65歳という若さで死去した。

 日本においては、「ウインドウズといえばビル・ゲイツ氏」という印象が強いため、一般の日本人にとってアレン氏は「どこかで聞いたことはあるが、誰だったかはすぐには思い出せない」というくらいの存在感ではないだろうか。アレン氏死去のニュースは、米国から一報が入った後、日本でメディアが報じるまでには時間がかかったし、そのニュースの回数もそれほど多いとはいえなかった。

米マイクロソフト社の共同創業者であり、社会慈善活動にも大きな足跡を残したポール・アレン氏(写真:BéatricedeGéa/ The New York Times)

 ポール・アレン氏がハイスクール時代に、盟友ビル・ゲイツ氏と出会い、1975年に22歳で米マイクロソフト社を創立したエピソードはあまりにも有名である。ビル・ゲイツ氏と同様にアレン氏もまたこの事業の成功により、巨万の富を手にした一人でもある。そして、二人はこの富を決して独り占めすることはなかった。

 アレン氏がこの莫大な資産を活用して、米マイクロソフト社のみならず、多くの事業に投資して経済界を牽引するとともに、大胆な社会慈善活動家(フィランソロピスト)であったことにも注目していただきたい。日本では、アレン氏が2015年3月に第二次世界大戦時に太平洋に沈んだ艦船「武蔵」を発見した、というニュースを覚えている人もいるはずだ。彼は軍用機や兵器といった兵器遺産の発見や保全にも多くの貢献を果たしている。

 そして、「グリーンスポーツ」の推進もアレン氏のこうした社会慈善活動の1つであった。

 フィランソロピストとしてのアレン氏について、米国ニューヨークにてコンサルタントをしながら米国スポーツ界での「グリーンスポーツ」の取り組みを紹介しているルイス・ブラウステイン氏が自身のブログ「GreenSportsBlog」でその一部を説明している。

ルイス・ブラウステイン氏(写真:ルイス・ブラウステイン)

 アレン氏の環境への貢献に対する情熱には以下のようなものがあった。これはほんの一部であるが。

  • ・象の密漁の阻止活動
  • ・サンゴ礁の保全活動
  • ・持続可能な水産資源を主流の海産物にシフトする活動
  • ・プラスチックの海洋投棄削減活動
  • ・「種の保存」がテーマとなっている映画「Racing Extinction」への投資
  • ・再生可能エネルギーへの投資
  • ・米国におけるLEED認定建築物の建設

 そして、Green Sports Alliance(アレン氏が設立した、スポーツを通じて健康で持続可能な社会を構築することを使命とする非営利法人)である。

 Green Sports Allianceでは、持続可能な社会の構築を目指して、スポーツに関わるあらゆる関係者(クラブチーム、球場等の施設、関連企業、行政など)に、スポーツによる「SDGs実現」(社会課題解決)への挑戦と、それを継続させ得る「経済効果の創出」を両立・推進させる事例プログラムを提案。そして、プログラムに手を挙げるスポーツ分野の関係者、産業分野の関係者、行政分野の関係者などの連携を作り上げ、プログラムの実現を目指している。同団体には、北米を中心にNHL、MLB、NBA、NFL、MLSなど15団体以上のプロスポーツリーグに加えて、プロ・アマのチーム、スタジアムなどの施設管理企業、関連企業など計600を超えるメンバーが加盟し、「スポーツ x SDGs」の分野で世界最大のコミュニティを形成している。