「グリーンスポーツ」と聞いてピンとくる方は少ないのではないだろうか?「エコ」や「環境」との関連を想起されるかもしれないが、それでもエコや環境がスポーツとどうつながるのか、簡単には想像がつきにくいだろう。「グリーンスポーツ」は、エコや環境といった概念を超えて、サスティナビリティ実現へのスポーツからの新しいアプローチである。米国での取り組みが活発化したのは2010年以降のことだが、その始まりは2000年に遡る。そして、そこにはマイクロソフト共同創業者、ポール・アレン氏が深く関わっている。

 2000年にシアトルのキングドーム(米国のプロアメリカンフットボールリーグ、NFLに加盟するシアトル・シーホークスなどの本拠地として使われた多目的スタジアム)が解体され、新しいスタジアム、センチュリーリンク・フィールドが建設されるとき、解体されたキングドームの97%のコンクリートが地域で再利用された。うち35%は新しく建設されたセンチュリーリンク・フィールドへも使われている。

 「われわれのグリーンスポーツは、キングドームのコンクリートをできるだけリサイクルする取り組みから始まった」――。当時、施設管理アシスタントジェネラルマネージャーを勤めたダリル・ベンジ氏は語っている。この時から、センチュリーリンク・フィールド、そしてその地を本拠とするシアトル・シーホークス、シアトル・サウンダーズ(北米のプロサッカーリーグMLS加盟チーム)は、スポーツによるサスティナビリティ実現への取り組みのリーダーシップ的役割を示してきた。

 2011年には、隣接するセンチュリーリンク・イベントセンターの屋根一面に約2.5エーカーに渡るソーラーパネル設置を決めた。これにより、83万kWhの電力を生み出し、スタジアムやイベントセンターなど関連施設における年間21%の電力使用量を削減、1350トン/年のCO2削減効果を得ている。

センチュリーリンク・フィールドに隣接するイベントセンターの屋根の上には、屋上としてはワシントン州最大のソーラーパネルが設置されているPhoto(写真:Seattle Seahawks)

 センチュリーリンク・フィールドと同じタイミングで、新たな取り組みを起こしたチームがオレゴン州ポートランドにも現れた。米国のプロバスケットボールリーグ、NBA加盟のポートランド・トレイルブレイザーズである。チームが本拠とするモーダ・センター(当時ローズガーデン・アリーナ)は2010年の改修時、プロスポーツ施設としては米国で初めて、そして世界で初めて、建築物や都市に関する国際的な環境認証「LEED」のGOLD認証を取得した。

 約6万5000ドルの費用をかけて認証取得に取り組んだ努力は、水・エネルギー使用や廃棄物処理の分野で年間5万ドル以上のコスト削減につながり、これまでに通算400万ドル以上の経済効果を生んでいるほか、2000トン/年のCO2排出削減につながっている。

 また、モーダ・センターのカーボンフットプリント(商品などのライフサイクル全般にわたって排出された温室効果ガスをCO2排出量に換算して表したもの)の約70%を占めるファンや従業員の移動によるCO2排出を抑制する目的で、ポートランド市および交通局と連携して公共交通手段や自転車の利用を促進。10年かけてファンの公共交通手段利用率を12%から60%に向上させている。

モーダ・センター(写真:ジャスティン・ジールナー)

 ここで紹介したNFLのシアトル・シーホークス、MLSのシアトル・サウンダーズ、NBAのポートランド・トレイルブレイザーズは、米マイクロソフト社をビル・ゲイツ氏と共同で創業したポール・アレン氏がオーナーだったチームである。そして、これらのチームが米国における「グリーンスポーツ」の取り組みの進展に大きく貢献したには、アレン氏がオーナーだったからこそ、といえる。

ポール・アレンという人物――フィランソロピストとしても大きな足跡

 2018年10月15日、ポール・アレン氏が悪性リンパ腫(非ホジキンリンパ腫)による合併症のため、65歳という若さで死去した。

 日本においては、「ウインドウズといえばビル・ゲイツ氏」という印象が強いため、一般の日本人にとってアレン氏は「どこかで聞いたことはあるが、誰だったかはすぐには思い出せない」というくらいの存在感ではないだろうか。アレン氏死去のニュースは、米国から一報が入った後、日本でメディアが報じるまでには時間がかかったし、そのニュースの回数もそれほど多いとはいえなかった。

米マイクロソフト社の共同創業者であり、社会慈善活動にも大きな足跡を残したポール・アレン氏(写真:BéatricedeGéa/ The New York Times)

 ポール・アレン氏がハイスクール時代に、盟友ビル・ゲイツ氏と出会い、1975年に22歳で米マイクロソフト社を創立したエピソードはあまりにも有名である。ビル・ゲイツ氏と同様にアレン氏もまたこの事業の成功により、巨万の富を手にした一人でもある。そして、二人はこの富を決して独り占めすることはなかった。

 アレン氏がこの莫大な資産を活用して、米マイクロソフト社のみならず、多くの事業に投資して経済界を牽引するとともに、大胆な社会慈善活動家(フィランソロピスト)であったことにも注目していただきたい。日本では、アレン氏が2015年3月に第二次世界大戦時に太平洋に沈んだ艦船「武蔵」を発見した、というニュースを覚えている人もいるはずだ。彼は軍用機や兵器といった兵器遺産の発見や保全にも多くの貢献を果たしている。

 そして、「グリーンスポーツ」の推進もアレン氏のこうした社会慈善活動の1つであった。

 フィランソロピストとしてのアレン氏について、米国ニューヨークにてコンサルタントをしながら米国スポーツ界での「グリーンスポーツ」の取り組みを紹介しているルイス・ブラウステイン氏が自身のブログ「GreenSportsBlog」でその一部を説明している。

ルイス・ブラウステイン氏(写真:ルイス・ブラウステイン)

 アレン氏の環境への貢献に対する情熱には以下のようなものがあった。これはほんの一部であるが。

  • ・象の密漁の阻止活動
  • ・サンゴ礁の保全活動
  • ・持続可能な水産資源を主流の海産物にシフトする活動
  • ・プラスチックの海洋投棄削減活動
  • ・「種の保存」がテーマとなっている映画「Racing Extinction」への投資
  • ・再生可能エネルギーへの投資
  • ・米国におけるLEED認定建築物の建設

 そして、Green Sports Alliance(アレン氏が設立した、スポーツを通じて健康で持続可能な社会を構築することを使命とする非営利法人)である。

 Green Sports Allianceでは、持続可能な社会の構築を目指して、スポーツに関わるあらゆる関係者(クラブチーム、球場等の施設、関連企業、行政など)に、スポーツによる「SDGs実現」(社会課題解決)への挑戦と、それを継続させ得る「経済効果の創出」を両立・推進させる事例プログラムを提案。そして、プログラムに手を挙げるスポーツ分野の関係者、産業分野の関係者、行政分野の関係者などの連携を作り上げ、プログラムの実現を目指している。同団体には、北米を中心にNHL、MLB、NBA、NFL、MLSなど15団体以上のプロスポーツリーグに加えて、プロ・アマのチーム、スタジアムなどの施設管理企業、関連企業など計600を超えるメンバーが加盟し、「スポーツ x SDGs」の分野で世界最大のコミュニティを形成している。

ポール・アレン氏が始めた新しいスポーツへのアプローチ

 「ポール・アレン氏が1988年にNBAのポートランド・トレイルブレイザーズを買収した時、チームには新しいアリーナが必要であることが明らかでした」――。トレイルブレイザーズでサスティナビリティ実現へ取り組むチームを率い、その後2014年から2018年までGreen Spots Alliance代表理事を務めたジャスティン・ジールナー氏の言葉である。

ジャスティン・ジールナー氏(写真:ジャスティン・ジールナー)

 1999年からアレン氏の投資会社である米バルカン社で、アレン氏とともに働いていたジールナー氏はこう振り返る。

 「アレン氏にとって、ポートランドがテクノロジー、イノベーションやサスティナビリティのリーダーであることを、チームのファンも含めた地域コミュニティに示すことが重要でした。よって、現在、『モーダ・センター』と呼ばれている、トレイルブレイザーズの本拠地アリーナの建設計画を立てる時、ポールは既に後の『グリーンビルディング』に繋がるような考え方を持っていたのです」

 アレン氏は9年後に買収したNFLのシアトル・シーホークスの本拠地、センチュリーリンク・フィールドの建設についても、その情熱は少しも衰えることなかった。街全体を文化の中心地に変えることに、当時の彼の莫大な財産のほとんど(約261億ドルにも上ったとも言われている)を注ぎ込んだ。そして、2002年、環境に配慮したスタジアムとして「センチュリーリンク・フィールド」がオープンした時、ポール・アレンの名はグリーン・リーダーとして確固たるものになったのである。

 現在、新しく建設されるスタジアムやアリーナで再利用されるリサイクルコンクリートやスチールの循環型経済コンセプトは、アレン氏と米バルカン社による「スポーツ施設のグリーニング」の努力によって普及した取り組みの一例となっている。それだけにとどまらず、センチュリーリンク・フィールドはオープン後10年の間に、前述のようにスタジアム施設に隣接するイベントセンターなどの屋上にソーラーパネルを設置したり、様々なアイテムのリサイクルやゴミの堆肥化、施設への来場手段に自転車を奨励したりするなど、試合の環境配慮性を高めた「グリーンゲーム」化を進めている。

ポール・アレン氏の目指した次のステージ

 モーダ・センターがオープンしてから何年か後、アレン氏はトレイルブレイザーズ社長のラリー・ミラー氏(当時)にシンプルな質問を投げかけた、「どうやってトレイルブレイザーズでの取り組みを、ポートランドを超えて社会全体に広げられるか?」と。

2016年ポートランド・トレイルブレイザーズの試合を観戦するポール・アレン氏(左)とジェネラルマネージャー(当時)のネイル・オルシェイ氏(写真:Craig Mitchelldyer/Associated Press)

 「あの時Green Sports Allianceが生まれる最初の火花が散った」とジールナー氏は当時に想いを馳せた。

 ミラー社長はジールナー氏と同僚のジェイソン・トゥイル氏を呼び、スポーツを「グリーニング」する活動を他地域へも広げる仕事にとりかかるように指示した。

 まもなく、NFLのフィラデルフィア・イーグルスと、既にサスティナビリティ活動を行なっていた環境NGO、Natural Resources Defense Council(NRDC)のアレン・ヘルシュコビッツ氏が加わり、さらに、米国プロ野球リーグNBAのシアトル・マリナーズ、北米のプロアイスホッケーリーグNHLのバンクーバー・カナックスを招き、トレイルブレイザーズ、シーホークス、サウンダーズと併せて、「Pacific Northwest Green Sports Alliance」の中核グループが結成され、現在のGreen Sports Allianceとしての活動が始まったのである。2010年のことである。アレン氏の小さな火花は瞬く間に米バルカン社のスタッフを動かし、大きなうねりを作り始めたのである。

(写真:ジェイソン・トゥイル氏)

 Green Sports Allianceの創設者の一人で、現在、日米双方のグリーンスポーツアライアンスの評議員を務めるジェイソン・トゥイル氏は2007年から2013年まで米バルカン社のシニアプロジェクトマネージャーとしてこのプロジェクトに関わっていた。トゥイル氏はこのように語る。

 「アレン氏は組織のためだけでなく、人間社会全体に良い影響を及ぼすことを求めた。『人間として正しいことを求める心』に対する信念は伝播する。アレン氏が、社会に新しいポジティブなインパクトを創出し、かつ、他地域にも展開できる分野として変革に最も情熱を注いだのが、サイエンスやテクノロジー、ミュージック、アートなどをそれぞれ繋ぐことができるスポーツでした。何か壮大な取り組みのように感じるかもしれないが、私たちはその心を感じることができた。そして大いに肚を突き動かされたのだ。私たちは彼が何を求めているかを知っただけなのだ」

 トゥイル氏は最後にこのように締めくくった。

 「ポール・アレンの世界を変えることへの強い想いとリーダーシップが、そして、彼自身が育てた彼の組織が、Green Sports Allianceの誕生を導き、米国オレゴン州ポートランドでの同法人設立から、カナダや欧州の団体の加盟、日本法人の設立、昨年12月国連より発表された「Sports for Climate Action Framework」作成への貢献など、大きく世界に飛び立つ基礎となったのである」

澤田 陽樹(さわだ・はるき)
一般財団法人グリーンスポーツアライアンス代表理事
澤田 陽樹(さわだ・はるき) 1978年生まれ。京都大学経済学部を卒業し、2002年三菱商事株式会社化学品グループ配属。国内での化学品事業を経験後、台湾三菱商事、ドイツ三菱商事など、世界で化学品事業に従事。2017年三菱商事を退職し、一般財団法人グリーンスポーツアライアンス(GSA) を設立し、持続可能な新ビジネス創出に挑戦中。2018年8月国連 Global Climate Action Headより活動に感謝状を受領。12月にはCOP24 Katowiceに招待参加。京都スマートシティEXPO2018や第6回「スポーツ国際開発」国際シンポジウムに登壇。その他、講演多数。
米国Green Sports Alliance
米国Green Sports Allianceは、2010年、マイクロソフト社の創設者の一人であるポール・アレン氏によって設立された非営利法人。スポーツを通じて健康で持続可能な社会を構築することを使命に、スポーツによる社会課題解決・SDGs実現の取り組み事例を広く社会に提供する活動を続けている。創立9年となり、メンバー団体(プロ・アマのスポーツチーム、学生チーム、スポーツリーグ、スタジアム・アリーナ等の運営管理団体、協賛企業、NPO/NGOなど)は600超。加盟プロリーグは15団体を超えている。

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