国際的な環境認証システム「LEED」でプラチナ認証を取得し、スポーツ施設で同認証最高スコアを誇るメルセデス・ベンツスタジアム。米国南東部に位置するジョージア州の州都、アトランタに建つこのスタジアムの取り組みは、再生可能エネルギーの使用やリサイクルの推進だけでなく、雨水の有効活用、電気自動車充電ステーション、自転車バレットパーキングなど多岐に渡っている。

メルセデス・ベンツスタジアム外観。環境認証LEEDの最高レベルの認証(プラチナ)を取得している(写真提供:メルセデス・ベンツスタジアム)
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 1996年のオリンピック開催都市でもある米国ジョージア州アトランタは大小様々な川が街を流れる、豊かな土地である。2009年9月。一晩に450ミリ以上に達する豪雨が数日間にわたり、ジョージア州の首都であるアトランタを襲った。大規模な洪水が発生し、被害を受けた家屋は2万以上、少なくとも8人の死亡が確認されている。ジョージア州は緊急事態を宣言し、被害総額は5億ドルにものぼった。ここに2017年、NFL(米国のプロフットボールリーグ)のアトランタ・ファルコンズとMLS(北米のプロサッカーリーク)のアトランタ・ユナイテッドFCの本拠地としてメルセデス・ベンツスタジアムが誕生したのである。

ゴールドからプラチナに変更されたターゲット

スコット・ジェンキンス氏(写真提供:米国Green Sports Alliance)

 この2チームのオーナー、アーサー・ブランク氏が新しいスタジアムを建設すると決めたとき、彼はこのアトランタの地で、風土や過去の洪水被害の記憶も含めて、自分たちが大事にする価値を全て反映するようなスタジアムをつくるというビジョンを持っていた。それは、雨水をできるだけ取り込むように屋根を設計した、ユニークで美しいスタジアムのデザインということだけにとどまらない。環境負荷を計測し使用するあらゆる資源に配慮したスタジアムとすることであり、それを示す目標として当初LEED認証のゴールド取得がセットされた。

 それがある日さらに上のプラチナ認証取得に引き上げられてスタッフ一同が驚愕する中、シアトルからアトランタに呼ばれたのが、現在メルセデス・ベンツスタジアム管理のゼネラルマネージャーを勤め、スポーツを通じて健康で持続可能な社会を構築することを使命とする米国の非営利法人、Green Sports Allianceのチェアマンでもあるスコット・ジェンキンス氏である。

 それまでワシントン州でMLB(米国のプロ野球リーグ)のシアトル・マリナーズが本拠を置くセーフコ・フィールドの球場管理ゼネラルマネージャーを務めていた同氏は、アーサー・ブランク氏の果敢なプラチナ認証取得のビジョンに使命感を感じて、2014年アトランタでの新たな挑戦を決めたのである。

スポーツからサスティナビリティ実現へのアプローチを

 サスティナビリティ実現への取り組みは、「新しい機会」だとスコット・ジェンキンス氏は常日頃から単純明快に語っている。

 「新しい機会」とは、必ずしも社会課題への気付きを醸成する機会やオペレーションコストを削減する機会ということのみにとどまらず、クラブチームとして、あるいは、施設管理企業として、正しいことをするという社会責任、未来の世代により良い環境を残すという使命感を形成する機会、更には、既存パートナーシップの活性化、新しいパートナーシップ構築の機会にもつながることを意味する。

 彼自身のサスティナビリティとの最初の出会いは、NFLフィラデルフィア・イーグルスの本拠地リンカーンフィナンシャルフィールドにて2004年から始まった「Go Green」プロジェクトにチームの一員としてかかわったことに遡る。

 「球場管理の仕事に10年以上携わり、華やかなゲームの裏で米国スポーツが沢山の消費とともに廃棄物を生み出していることに気づき、学生時代にサイエンスを学んだこと、幼いころから自然に強い愛敬の念を持っていたことが相まって、より良い施設運営の在り方を常に模索してきた」(ジェンキンス氏)。

スタジアムの大規模な貯水設備が地域を守る

 メルセデス・ベンツスタジアムのハード面での取り組みの代表例が以下の通りである。ただし、以下で列記した以外にも、効率的な空調設備や最新式オペレーティングシステムの導入などを行っており、常時より良い運営システムの在り方を模索している。

  1. できるだけ雨水が隣接地域に流れ込まないようにするユニークな屋根のデザイン
  2. 敷地内には4000を超える太陽光パネルを設置
  3. LEDライトやLEDビデオボードを採用
  4. 電気自動車専用の充電装置付き駐車場(48台)
  5. 約200万ガロン(757万824リットル)の雨水貯水設備による水の有効利用
  6. 自転車用バレットパーキンングスペース(250台)
スタジアム駐車場屋根に敷かれた太陽光パネル(写真提供:メルセデス・ベンツスタジアム)
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電気自動車専用の充電装置付き駐車場(写真:提供:メルセデス・ベンツスタジアム)
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 上記の対策により、オペレーション面では、通常の27%の節電(NFLアトランタ・ファルコンズの10試合分で必要とする電力の節電)経済効果を生み出している。また、60万フィート(5.57ヘクタール)もの貯水設備は、雨水を貯め再利用するとともに、アトランタの西側の洪水の危険のある地域を保護。さらに街中の木々のために灌漑源として機能させている。スタジアム内では、雨水の利用のほか無水便器も採用し、水の利用量を通常の基準より47%削減する経済効果を得ている。

 ハード面のみならず、ソフト面においても、環境への配慮は怠りない。建設時から廃棄物分別促進のプログラムに取り組み、スタジアム完成後は、公共交通機関(地下鉄)の利用を促進する従業員プログラム、様々なパートナーと連携したゴミの分別・リサイクル活用の推進プログラム、および、紙カップ・生分解樹脂製カップ・リユースカップの使い分けなどに取り組んでいる。

求められる高い目標設定と迅速な決断、そして実行するリーダーシップ

 「街の中心として新たにつくり上げるサステナブルなこのスタジアム建設には大きな困難が伴いました。建設スケジュールの問題、そして予算の問題がありました。これらはプロジェクトの質に大きな影響を与えるのです。しかしアーサー・ブランク氏は少しの時間的猶予も目標を下げることも許しませんでした。私たちはLEEDポイントが一つでも獲得できる可能性のある決断をするときには、必ず彼に報告し、話し合いました。私たちは退路を絶って前に進むしかなかったのです」とスコット・ジェンキンス氏は振り返る。

 住宅リフォーム・建設資材・サービスの小売チェーン最大手で、ジョージア州に本社を置くホーム・デポ社の創設者として一代を築いたアーサー・ブランク氏は、経済的に割に合うのか合わないのかという議論を続けるのではなく、人間として正しいことをすれば必ず最後に経済の帳尻は合うとの信念で、同スタジアムに15億ドルの資金を投入した。

スコット・ジェンキンス氏(左)とアーサー・ブランク氏(右)(写真提供:ベースボール・マガジン社)
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 「当初私は、このプロジェクトを『実現可能だ』と言ってくれる人を見つけることができませんでした」とスコット・ジェンキンス氏は語る。前任地の米国北西部シアトルと比較すると、赴任当時のアトランタのサスティナビリティに対する意識はそこまで高くなく、企業からの賛同を簡単に得ることが難しかったからだ。アトランタでは、まず社会課題への気付きの醸成、サスティナビリティ実現への取り組みが地域コミュニティにポジティブなインパクトを及ぼすことを説いて回る必要があった。

 プロジェクトの風向きが変わったのは、地元の再生可能エネルギー会社、ジョージア・パワーとの取引契約が成立したことがきっかけだった。

「最初のビジネス事例成立」が企業の参加を集めた

 ジョージア・パワーとの契約により、スタジアム建設プロジェクトは、街のサスティナビリティ実現のフラッグシップとして知られることになった。このことが、参加を希望する事業者たちとの商談に追い風を吹かせた。

 「事業者たちはシンボリックなスタジアムのイメージを求め、その一部になろうとしたのです。彼らは、納入した製品のリサイクル率、産地といったサスティナビリティに関わる情報を開示する取り組みを開始しました。アトランタは多くの業者が3〜4時間で繋がることのできる好立地でもあったのです」(ジェンキンス氏)。

上空から見たメルセデス・ベンツスタジアム。シンボリックなデザインのスタジアムに、サステナブルな製品を納入したいと考える事業者が増えることで完成した。カメラのシャッターのように回転して開閉する屋根が目を引く(写真提供:メルセデス・ベンツスタジアム)
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 このプロジェクトの成功には、スポーツの持つ「可視性の高さ」という特性が大きく寄与したと言えるだろう。メルセデス・ベンツスタジアムというスポーツ施設への注目の高さが、地域の事業者同士をつなげる力へとつながっていったからだ。こうしたスポーツの持つ力が、スコット・ジェンキンス氏の活動の大きなエネルギーになっている。

 ジェンキンス氏は、日本に向けて最後にこう付け加えた。

 「新設、あるいは、旧施設の改修いずれの場合でも、サスティナビリティ実現への取り組みを施設管理のトッププライオリティに置いて事業をデザインすべきです。オペレーションコストを削減できるというビジネス上の経済効果のみならず、施設管理に関わる従業員にとってもその業務の社会に対する使命感を明確にし、取り組みの可視化により自社のプライドを形成することが非常に大きな力になります。サスティナビリティ実現への取り組みは、『新しい機会』であり、未来への投資です」

 「よって、施設完成後ももちろんのことながら、たゆまぬ日々の運営のハードワークが必要になります。私たちは環境負荷の少ない、非常に効率的なスタジアムを所有していますが、プロジェクトはまだ進行中です。私たちはスタジアムをとりあえず作り上げて、試運転をしているようなものなのです。すべてのシステムを正しく稼働させ、従業員教育を行い、彼らの行動をベンチマークして、軌道に乗せるまでに長いプロセスを要するでしょう。そして、私たちが細かい検討を経て、より良い運営方法を見つけ出し、スタジアムの外にまで進出していくために、あと1〜2年は最優先の課題として取り組んでいきます。参加企業のサプライチェーンを利用して、いくつかの資材についてライフサイクル分析を行なうことができれば、もっと現状を改革することができます。扱われている資材についても、また、CO2排出量についてもっとチェックするべきだと思っています」

澤田 陽樹(さわだ・はるき)
一般財団法人グリーンスポーツアライアンス代表理事
澤田 陽樹(さわだ・はるき) 1978年生まれ。京都大学経済学部を卒業し、2002年三菱商事株式会社化学品グループ配属。国内での化学品事業を経験後、台湾三菱商事、ドイツ三菱商事など、世界で化学品事業に従事。2017年三菱商事を退職し、一般財団法人グリーンスポーツアライアンス(GSA) を設立し、持続可能な新ビジネス創出に挑戦中。2018年8月国連 Global Climate Action Headより活動に感謝状を受領。12月にはCOP24 Katowiceに招待参加。京都スマートシティEXPO2018や第6回「スポーツ国際開発」国際シンポジウムに登壇。その他、講演多数。
米国Green Sports Alliance
米国Green Sports Allianceは、2010年、マイクロソフト社の創設者の一人であるポール・アレン氏によって設立された非営利法人。スポーツを通じて健康で持続可能な社会を構築することを使命に、スポーツによる社会課題解決・SDGs実現の取り組み事例を広く社会に提供する活動を続けている。創立9年となり、メンバー団体(プロ・アマのスポーツチーム、学生チーム、スポーツリーグ、スタジアム・アリーナ等の運営管理団体、協賛企業、NPO/NGOなど)は600超。加盟プロリーグは15団体を超えている。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/012400011/032000005/