2030年までに「まるごと未来都市」の実現を目指す「スーパーシティ構想」。2022年3月に開催された「第3回 スーパーシティ型国家戦略特別区域の区域指定に関する専門調査会」では、吉備中央町(岡山県)、茅野市(長野県)、加賀市(石川県)の3地区を「デジタル田園健康特区(仮称)」として整備する方針が示された。「デジタル田園都市国家構想」の交付金事業と合わせて、健康特区の概要を見てみよう。

 スーパーシティとともにデジタル田園都市国家構想を先導する取り組みとして、新たに「デジタル田園健康特区(仮称)」を設けることが決まった。2021年度にスーパーシティに応募した自治体から、吉備中央町(岡山県)、茅野市(長野県)、加賀市(石川県)がこの特区に内定している。特定分野に重点を置く区域指定は、自治体間のデータ連携による相乗効果が期待できるため、デジタル実装の横展開の実証にもなり得る。自治体の計画の熟度に応じて、健康特区に続く新しいこうした特区が今後も増える可能性があるだろう。

地方の課題に焦点を当てた「デジタル田園健康特区(仮称)」

 スーパーシティとデジタル田園健康特区(仮称)は、どちらも規制緩和を伴うサービスを展開するもの。いずれも「デジタル田園都市国家構想」を先導するプロジェクトとして位置付けられているが、両者の違いについては「スーパーシティが幅広い分野でデジタルトランスフォーメーションを進める未来社会志向であるのに対して、デジタル田園健康特区(仮称)の方は、人口減少・少子高齢化といった特に地方部の課題に焦点を当てている」(第3回専門調査会の議事要旨より)と説明されている。

スーパーシティとデジタル田園都市国家構想の関係(出所:内閣府)
スーパーシティとデジタル田園都市国家構想の関係(出所:内閣府)
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 デジタル田園健康特区(仮称)は、「デジタル技術の活用によって、地域における健康、医療に関する課題の解決に重点的に取り組む複数の自治体をまとめて指定し、地域のデジタル化と規制改革を強力に推進する」ことを目指す。具体的には以下のようなテーマに関して、自治体間が連携して、先駆的な事業を実施することを検討している。

●健康医療分野のタスクシフト
  • 救急医療における救急救命士の役割拡大
  • 在宅医療における看護師の役割拡大
  • 患者の健康管理における薬剤師 の役割拡大
●健康医療情報の連携
  • 健康医療情報の自治体を超えたデータ連携
  • 健康医療情報の患者本人やその家族による一元管理 (「医療版」情報銀行制度の構築)
  • 母子健康情報のデジタル化
●創業支援等その他の取組
  • 健康、デジタル分野の創業支援等
  • マイナンバー・マイナンバーカードの活用
  • 在宅遠隔見守りサービス(スマートホーム )
●予防医療やAI 活用
  • 妊産婦健診情報を踏まえた予防医療サービス
  • AI、チャット機能を活用した遠隔服薬指導等
  • 先端リハビリ機器・プログラム開発
●移動・物流サービス
  • ボランティアドライバーによる通院送迎
  • 高齢者の通院時等の運賃割引
  • タクシー等を使った医薬品等の配送
デジタル田園健康特区(仮称)の概要(出所:内閣府)
デジタル田園健康特区(仮称)の概要(出所:内閣府)
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デジタル田園健康特区(仮称)に指定された三つの自治体(出所:内閣府)
デジタル田園健康特区(仮称)に指定された三つの自治体(出所:内閣府)
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 専門調査会では、健康、医療というテーマに取り組む自治体のなかから、今回の3自治体を選定した理由について、「自治体間の施策連携、データ連携によって各取り組みの相乗効果が期待される」「規制改革について、規制所管省庁と概ね合意した項目が1以上あり、かつ、規制所管省庁との議論が可能な程度に具体化した提案項目が複数以上ある」という条件に合致していたからだと説明している。次ページで指定が内定した各自治体の提案のポイントを解説していこう。

吉備中央町・茅野市・加賀市の提案のポイント

■吉備中央町
 吉備中央町の構想では、救急救命士の権限・役割を拡大して救急体制の充実を図る取り組みが目を引く。地域の医療機関や消防署と連携しながら、医師の指示の下で救急救命士が行う救命処置を拡大し、「傷病者情報(生体・環境情報)の収集」「情報収集の伝送」「無侵襲行為(超音波検査など)」の実施を想定している。まずは岡山大学病院と岡山市消防局で実証実験を行う。このほか、マイナポータル情報と母子健康手帳の情報を組み合わせて、「子どもの健康情報の一元管理」「妊産婦健診など予防医療との混合診療」も推進していく。

吉備中央町の「救急救命士の権限・役割の拡大」の取り組み(出所:内閣府)
吉備中央町の「救急救命士の権限・役割の拡大」の取り組み(出所:内閣府)
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■茅野市
 茅野市では、在宅医療に特化した看護師の役割を拡大する。地域の医療機関、診療所、訪問看護ステーションなどと連携し、患者の在宅医療において、事前に医師と相談して決めた包括的指示の下で、一定の研修を経た看護師が自身の判断で医療行為を実施できるようにする。想定する医療行為としては、便秘への対処、鎮痛剤投与、酸素投与、超音波検査などがある。茅野市の諏訪中央病院と、3つの訪問看護ステーションで実施する予定だ。

 また、「タクシーの貨客混載運送による医薬品配送」にも取り組む。2017年の規制改正で一定条件のもとでの貨客混載運送が可能となったが、「発着地がタクシー事業者の営業区域内であり、かつ過疎地域であること」が要件となっており、過疎地域ではない市内では実施できないという課題がある。健康特区では、医薬品の配送に限って、発着地が過疎地域でなくても貨客混載運送ができるようにする。

茅野市の「看護師の役割拡大」の取り組み(出所:内閣府)
茅野市の「看護師の役割拡大」の取り組み(出所:内閣府)
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■加賀市
 加賀市の構想では「医療版情報銀行」の構築で規制改革を進める。患者の同意を得て、フレイル(心身が弱った状態)、ロコモ(「移動」する機能が低下した状態)対策に関する健康医療情報を情報銀行に提供してもらうため、加賀市内の特定の医療機関に対して健康医療情報データベースのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の公開を条例で義務付ける。対象医療機関は、加賀市内のフレイル予防、ロコモ対策に関連する内科及び整形外科の医療機関だ。現在、加賀市医療センター、加賀市医師会と連携して、個別の医療機関と調整を進めている。

 加賀市では、マイナンバーを活用した交通弱者支援も注目に値する。地域公共交通を利用する際に、マイナンバーカードによる公的個人認証を行うとともに、免許返納情報や所得情報などの各種データも活用する。運転免許の自主返納者、ひとり親家庭、低所得者、学生、障害者、高齢者、失業者といった利用者情報に応じて最適な運賃と運行計画、配車を実現する。交通弱者が無料や割引料金でタクシーなどに乗車するなど、誰もが移動しやすい環境を構築する。

加賀市の「医療版情報銀行」の取り組み(出所:内閣府)
加賀市の「医療版情報銀行」の取り組み(出所:内閣府)
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医療データ標準化議論のけん引を期待

 デジタル田園健康特区(仮称)では、自治体間の施策連携・データ連携による相乗効果を狙う。例えば、健康医療データの連携だ。3月に開催された専門調査会では、現在、自治体ごとに地域医療の情報連携ネットワークの構築が見られるが、自治体を超えた「標準化」は進んでいないと指摘された。健康特区での取り組みによって、1990年代から繰り返されてきた「医療データの標準化」の議論を先に進めることを期待する旨の発言もあった。

 健康特区では、医療データの共有基盤である医療データ連携APIを構築する。これにより医療情報ネットワークを相互につなぐ。海外で注目されている「HL7 FHIR」という規格の採用が想定されているようだ。

 特区では、患者のPHR(パーソナル・ヘルス・レコード:個人の健康・医療関連の情報)を第三者組織が預かり、患者、臨床研究、新たなアプリ開発のために利活用する。加賀市が提案している「医療版情報銀行」をはじめ、他の2地域などで運用されている共有データベースとも相互連携を可能にする構想もある。こうした連携によって、今後、健康特区を契機として、医療データの相互運用を全国に拡大していくことも求められる。

健康医療情報の連携イメージ(出所:内閣府)
健康医療情報の連携イメージ(出所:内閣府)
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 健康特区を推進していくうえでは、地方創生担当大臣、自治体の首長、健康医療やデジタルの専門家や事業者などが参画する区域会議を組成し、その下部組織としてタスクフォースを立ち上げることを検討している。自治体の連携の具体的なイメージについても、この区域会議で議論することになる。

デジタル田園健康特別区域の推進体制案(資料:内閣府)
デジタル田園健康特別区域の推進体制案(資料:内閣府)
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<参考>デジタル田園都市国家構想の交付金対象事業も決定

 そもそもスーパーシティや健康特区が先導する「デジタル田園都市国家構想」とは、デジタル実装を地方の活性化につなげ、持続可能な経済社会の実現を目指すもの。2021年度補正予算と2022年度当初予算案を合わせて総額5兆7000億円を投入する壮大な計画だ。ポイントとなるのは、地方に「ミニ東京」をつくるという発想ではなく、日本中にデジタル化のメリットを享受できる新たな地方像を形成していくこと。各地域の特性に合わせたデジタル化を進めることによって地方と都市の差を縮め、「地方から国全体へのボトムアップの成長」を促進する狙いがある。

デジタル田園都市国家構想の取り組みイメージ(資料:デジタル庁)
デジタル田園都市国家構想の取り組みイメージ(資料:デジタル庁)
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デジタル田園都市国家構想関連施策の全体像(資料:第2回デジタル田園都市国家構想実現会議)
デジタル田園都市国家構想関連施策の全体像(資料:第2回デジタル田園都市国家構想実現会議)
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 構想では、主に「4つの視点」に基づいて進められる。まず、デジタル基盤となる高速・大容量の通信規格の5Gやデータセンターなどのインフラ整備。日本を一周する海底ケーブルを整備し、3年ほどで「デジタル田園都市スーパーハイウェイ」を構築する。5年ほどで十数カ所の地方データセンター拠点を設置して地方分散を進め、2023年度までに5Gの人口カバー率を9割まで引き上げる。

 2つめは、地域で活動するデジタル人材の育成。2026年度までに230万人の確保を目標に、大学などでの教育や離職者向けの職業訓練、専門性の高いデジタル人材のマッチングなどの施策に取り組み、段階的に人材育成を図る体制を整備する。同時に、転職せずに地方で働ける人材を増やすため、地方にサテライトオフィスを設ける企業や団体を交付金によって支援する。

 3つめは、交通・農業・産業・医療・教育・防災などの分野で、地域の課題を解決するためのデジタル技術やサービスの実装。地域のビッグデータの活用や、スマート農業、遠隔医療、MaaSによる移動サービスなど、効果的なデジタル実装に取り組む自治体への支援を拡充し、2024年度末までに1000団体に増やす。

 4つめは、デジタル田園都市国家構想のコンセプトでもある「誰一人取り残されないデジタル社会」のための取り組み。高齢者や障害者、被災者など、デジタル技術を活用したサービスの利用が困難な人を支援する「デジタル推進委員制度」を開始し、2022年度に全国で1万人以上を配置する。

 これらの「4つの視点」に取り組む自治体を、国は様々な施策で支援していく。そのために、「デジタル田園都市国家構想推進交付金」制度を創設。「デジタル実装タイプ」(関連記事)と、サテライトオフィスの整備など「地方創生テレワークタイプ」の二つのタイプに分けて、交付金を支給する。

 3月18日には、交付対象事業も決定した。「デジタル実装タイプ」には403自治体の705事業(対象事業費計244億円)、「地方創生テレワークタイプ」には101自治体の111事業(同48億円)について、国費ベースで両タイプ合計152億円を支援する。スマートシティも対象となるデジタル実装タイプの主な採択事例としては、以下のようなものがある。

  • 「すべての市民のための窓口サービスデザイン事業」(兵庫県豊岡市)
  • 「県民活動のWebマッチング支援」(群馬県)
  • 「障害者テレワークロボット就労促進費」(長崎県長崎市)
  • 「遠隔合同授業「上島モデル」」(愛媛県上島町)
  • 「ワイヤレスセンサー等を用いた住民参加型警戒・避難システム導入事業」(神奈川県小田原市)
  • 「ドローンを活用したスマート物流構築事業」(福井県敦賀市)
  • 「陸前高田市森林資源航空レーザー計測及び森林解析」(岩手県陸前高田市)
  • 「デジタル技術を活用した文化振興と魅力発信プロジェクト」(岐阜県)
  • 「自律航行機能付き小型EV船によるオンデマンド輸送サービスの実装」(広島県)
  • 「スマートスピーカーを活用した見守り機能による介護予防サービス」(大阪府河内長野市)
デジタル田園都市国家構想推進交付金の採択結果(出所:内閣府)
デジタル田園都市国家構想推進交付金の採択結果(出所:内閣府)
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 国は2024年度末までに、交付金による支援などによってデジタルの実装に取り組む地方公共団体の数を1000団体に引き上げる計画だ。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/021900032/033100012/