日本政府が掲げる「2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラル・脱炭素社会の実現」。それには、先進技術やデータを活用した都市のスマート化が鍵となるため、スマートシティの取り組みに期待がかかる。2022年4月、世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC)と一般社団法人スマートシティ・インスティテュートは、「都市によるゼロ・カーボンへの挑戦:カーボンニュートラルを実現し、気候変動に対応したスマートな都市になるための道筋」をテーマとしたラウンドテーブル・ディスカッションを共催した。各分野のキーパーソンによる議論は、スマートシティにおける都市の変革のあり方や多様なセクターの連携によるアプローチなどの示唆を与えてくれる。

世界銀行TDLC事務所内スタジオで開催されたラウンドテーブル・ディスカッション(写真提供:世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC))
世界銀行TDLC事務所内スタジオで開催されたラウンドテーブル・ディスカッション(写真提供:世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC))
<ラウンドテーブル・ディスカッション>
「都市によるゼロ・カーボンへの挑戦:カーボンニュートラルを実現し、気候変動に対応したスマートな都市になるための道筋」
<登壇者>
石坂 典子氏(石坂産業 代表取締役)
諏訪 光洋氏(ロフトワーク 代表取締役社長)
髙橋 和夫氏(東急 取締役社長)
竹内 純子氏(国際環境経済研究所 理事・主席研究員)
吉高 まり氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジスト、一般社団法人Virtue Design 代表理事)
ダルコ・ラドヴィッチ氏(慶應義塾大学 名誉教授・建築家)

<モデレーター>
ビクター・ムラス氏(世界銀行 TDLCチームリーダー)
南雲 岳彦氏(一般社団法人スマートシティ・インスティテュート 専務理事)

 スマートシティでは、自治体、企業、大学などの連携や住民参加によって、再生可能エネルギーの利用、次世代型モビリティや交通網の整備、エネルギー・マネジメント・システムによるエネルギー消費量の見える化など、カーボンニュートラルにつながる様々な実証実験が行われている。カーボンニュートラルへの取り組みは、スマートシティにおいて欠かせないプロセスの一つだと言える。

 世界銀行 主任都市専門官のジョアンナ・マシック氏による、気候変動に対する世界的な取り組みに関する基調講演の後、ディスカッションでは主に次の三つの論点を議論した。「カーボンニュートラルの実現に向けて、都市はどのようなステップで進化していくのか」「都市のイノベーションに向けて、セクターを超えた柔軟な思考を可能とするアプローチとは何か」「カーボンニュートラルに移行する2050年には、どのような世界になっているか」である。

 モデレーターである世界銀行TDLCチームリーダーのビクター・ムラス氏は、「カーボンニュートラルの実現に向けて、都市はどのようなステップで進化していくのか」と登壇者に問いかけた。もう一人のモデレーターであるスマートシティ・インスティテュート専務理事の南雲岳彦氏は、「人口が多く、様々な活動の接続点となる都市はカーボンニュートラルに、それだけ大きな責任がある」「社会課題に対してセクターごとに取り組めば良いという時代ではなくなってきている」と指摘。都市のイノベーションに向けて、セクターを超えた柔軟な思考を可能とするアプローチや、カーボンニュートラルに移行する2050年の世界のあり方などについて、登壇者に意見を募った。

モデレーターを務めた、世界銀行TDLCのビクター・ムラス チームリーダー(左)とスマートシティ・インスティテュートの南雲岳彦専務理事(上)(写真提供:世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC))
モデレーターを務めた、世界銀行TDLCのビクター・ムラス チームリーダー(左)とスマートシティ・インスティテュートの南雲岳彦専務理事(上)(写真提供:世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC))

 これらの論点での議論における、各登壇者の発言のポイントを紹介していく(ディスカッションにおける最初の発言順)。

■都市改善にはオーケストラの指揮者のようなリーダーの戦略が必要
―― ダルコ・ラドヴィッチ氏(慶應義塾大学 名誉教授・建築家)

慶應義塾大学のダルコ・ラドヴィッチ名誉教授(写真提供:世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC))
慶應義塾大学のダルコ・ラドヴィッチ名誉教授(写真提供:世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC))

 バンコクからオンラインで登壇した慶應義塾大学名誉教授・建築家のダルコ・ラドヴィッチ氏は、ゼロ・カーボン都市を議論する前段階として「都市とは何か」という定義に立ち返る必要があると述べた。そのうえで、都市は「社会を投影するもの」であり、人口密度といった数字では表せない定性的な側面、すなわち住んでいる人の生活の質向上に目を向け、都市をデザインする権限を住んでいる人に与えることが重要だと語った。

 ラドヴィッチ氏は、分野横断的に都市を改善するためには戦略が必要だが、優れた戦略を実践できない事態も起きうるとして、現場での実践から得た知見を戦略に落とし込む必要があるという。そこで、オーケストラの指揮者のような、権限を持つリーダーが総合的に組織立てて戦略を進めることが重要だと述べた。その意味で「政治も重要な要素だ」と指摘した。

 さらに、様々なアイデアをまとめて具体的なアクションにつなげるためには、十分な情報と教育を受けた住民がまちづくりに参加することが、都市のガバナンスにおいても極めて重要であると提言。「住民にとってその都市に住んでいることが誇りや帰属意識の源となり、都市を変える力が自分たち住民にあると感じられるかどうかが、都市の成否を決めるだろう」と締めくくった。

■小さなコミュニティが面的に広がり、都市を変えていく
―― 髙橋 和夫氏(東急 取締役社長)

東急の髙橋和夫社長(写真提供:世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC))
東急の髙橋和夫社長(写真提供:世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC))

 東急取締役社長の髙橋和夫氏は、これからのまちづくりにおいては環境と開発の両輪で循環型社会を築く必要があり、開発者として「ウェルビーイングとソーシャルハーモニー」の実現をベースに、次の100年に向けて考えていると述べた。

 自社で長く取り組んできた都市開発や交通網整備の経験を踏まえて、住民の生活の質に目を向けて都市を再生するには、開発者目線ではなく、地域に住んでいる人の目線で進めることが肝要だという。その地域で暮らす人々と対話をしながら合意形成を図り、小さなコミュニティを作っていくことが大切だとして、そうした小さなコミュニティが増えることで、やがて面となって広がり、リメイクされた新たな都市ができ上がると説明した。

 また、髙橋氏は、社会に貢献できる企業でなければ受け入れられないという認識を持ち、より付加価値の高いビジネス・サービスを展開するよう変革していると述べた。東急は3年前に2050年を見据えた未来の姿を社内外に示すべく、「世界が憧れる街づくり」をテーマに長期経営構想を策定した。鉄道や施設のRE100への取り組みも挙げつつ、まずは実効性のある個別の活動を試しながら実施することで推進していく考えを語った。