うつには市町村格差がある

 うつは、誰でもなる可能性があるメンタルヘルス上の問題だ。厚生労働省によると、うつとは「精神的なエネルギーが低下して、気分がひどく落ち込んだり何事にも興味を持てなくなったり、おっくうだったり、なんとなくだるかったりして強い苦痛を感じ、ほとんど毎日、日常の生活に支障が現れるまでになった状態」とされる。

 世界五大医学雑誌の一つであるランセットでも、高齢者のうつが続くことは、認知症リスクとなることが報告されている。さらに、要介護状態、自殺のリスク要因と報告されているため、うつ発症の予防は、放置できない重要な課題だ。

 うつ割合には、市町村間で格差がある。JAGES(日本老年学的評価研究)が2019年に全国61市町村と共同で調査したデータを、筆者らが市町村ごとに集計したところ、高齢者のうつ割合は最大が25.2%、最小が9.9%と、市町村間で約2.6倍(15.3%ポイント)の差があった(図1)。このデータは、うつ有病率が高くなる後期高齢者を除外し、前期高齢者(65~74歳)のみを対象とした集計結果であることから、まちの高齢化の違いがこの格差の原因ではない。

図1 うつ割合の市町村格差は最大2倍以上(出典:JAGES2019年調査データより集計・筆者作成)
図1 うつ割合の市町村格差は最大2倍以上(出典:JAGES2019年調査データより集計・筆者作成)
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住んでいる地域の特性が個人の健康に直接影響を与える

 これほど市町村によってうつ割合が異なるのであれば、うつ発症には、個人要因だけでなく、住んでいる地域における社会環境要因も重要であると考えられる。

 例えば、知り合いが多く近所同士の助け合いが盛んな地域から、知り合いがいない・外から来た人を排除しがちな地域に引っ越したことを想像してみよう。引っ越した前後で個人の特性に変化があるわけではないが、「近所の人と話す機会が減った」「ちょっとした困りごとを相談できない」といった、望ましくない社会環境にさらされた結果、孤独感にさいなまれたり、住んでいる地域(の人)への信頼や愛着がなくなったりすることは十分に考えられる。

 そのような状態が続くと、次第に気分が落ち込み、心理的健康を良好に保つことが難しくなる可能性がある。いわゆる「村八分」では、うつになりやすいというと理解しやすいかもしれない。このように、住んでいる地域の特性によって、個人要因を考慮しても(同じ個人でも)うつになりやすくなる。そのことがデータ分析でも裏付けられている。本稿では、JAGESの最近の知見をもとに、うつ発症リスクを下げ、暮らしているだけでうつになりにくいまちづくりの参考になる知見を紹介していく。

建造環境によって、高齢者のうつが10%少ない

 公園、歩道といった建造環境と健康に関連があるとした研究が、2000年前後から増えている。建造環境(built environment)とは、土地利用や交通機関を含む都市構造、各種施設へのアクセス、住宅の種類や質なども含まれる言葉である。

 最近の研究で、緑地が多い地域に暮らす高齢者ではうつが10%少ないことが明らかになった。この研究では、2016年度に実施した全国41市町881近隣地区在住の高齢者12万6878人を対象に、うつの少なさと近隣緑地の多さの関連を分析した結果が報告されている(図2)。

図2 地域別の緑地の多さと高齢者がうつと判定される確率(出典:Nishigaki, M, et al.: What Types of Greenspaces Are Associated with Depression in Urban and Rural Older Adults?: A Multilevel Cross Sectional Study from JAGES. IJERPH. 2020; 17(24):9276.)
図2 地域別の緑地の多さと高齢者がうつと判定される確率(出典:Nishigaki, M, et al.: What Types of Greenspaces Are Associated with Depression in Urban and Rural Older Adults?: A Multilevel Cross Sectional Study from JAGES. IJERPH. 2020; 17(24):9276.)
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 さらに緑地を樹木、草地、野原に、地域特性を都市と非都市に分けて分析してみると、都市では樹木が多い地域、非都市では中量の草地がある地域の高齢者で、うつが少なかったことから、緑地の種類や地域特性によって健康への効果が異なる可能性があるとされる。

 ほかにも、このような物理的環境とうつとの関連を示唆する研究がある。JAGESが2016年度に実施した調査で、65歳以上の高齢者13万1871人を対象に、居住地から最寄りの小学校までの距離とうつとの関連を分析した。その結果、 女性では、居住地から最寄りの小学校までの距離が400m以内に住んでいる参加者と比較して、距離が400m以上800m未満の参加者は1.06倍、800m以上である参加者は1.07倍、うつのリスクが高いこと、男性ではそのような関連が見られなかったことが報告されている(図3)。

図3 居住地から最寄りの小学校までの距離とうつのリスク(出典:Nishida, M. et al.: Association between Proximity of the Elementary School and Depression in Japanese Older Adults: A Cross-Sectional Study from the JAGES 2016 Survey. IJERPH 2021, 18, 500.)
図3 居住地から最寄りの小学校までの距離とうつのリスク(出典:Nishida, M. et al.: Association between Proximity of the Elementary School and Depression in Japanese Older Adults: A Cross-Sectional Study from the JAGES 2016 Survey. IJERPH 2021, 18, 500.)
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 その要因として、小学校の近隣に暮らす女性は、小学校関連の社会参加の頻度が高く、ソーシャル・キャピタル(人々が持つ信頼感や人間関係)が豊かで、小学校近隣環境で小学生との接触頻度が高く、女性の世代継承性が高い可能性が考えられるとされている。これらのように、住んでいる物理的環境の影響によって、個人のうつ発症リスクが異なることが分かってきた。