PPP/PFI推進アクションプランでは、人口20万人未満の自治体でもPPP/PFIの導入を進める方針を打ち出した。しかし、導入を検討しながらも、各自治体がそれぞれに課題・ハードルを抱えていたり、行政と民間の適切な役割分担などで、頭を悩ませていたりするところも多い。そこで、本コラム「PPP/PFIの現場から」では、PPP/PFIに取り組む自治体などの関係者を訪ね、事業実現に必要なポイントや地方活性化の課題と対応策を考えることにした。第1回は、さいたま市でPFI事業に携わった経験を持ち、現在、岩槻人形博物館の開設を準備している川田泰則氏(スポーツ文化局文化部 岩槻人形博物館開設準備室 室長)に話を聞いた。

さいたま市 スポーツ文化局文化部 岩槻人形博物館開設準備室 川田泰則氏(写真:編集部)
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──さいたま市では今、岩槻人形博物館の開設を控えていますね。

川田 2020年2月にオープンの予定です。建物はもう竣工していて、2月25日に引き渡しが完了しました。ただ博物館ですので、展示製作などの開館準備に1年ぐらいかかります。4人の学芸員を配置して、彼女らのコーディネートにより現在、作業を進めています。

──学芸員の方は新たに採用されたのですか。

川田 採用しました。実は今回の準備で特に苦労しているのが、そもそも「人形」という分野が、学問的に確立されていないことです。人形というのは、玩具であり、信仰の対象であり、鑑賞用の美術品にも昇華したと言われています。民俗や服飾、美術などの学問的要素を併せ持っているわけですが、「人形学」という分野は存在しません。

 しかし我々としては、人形を学問としてとらえ、人形文化を発信していくつもりです。「本当は手を出してはいけないところに、さいたま市は手を出してしまったのでは……」などと、関係者の間では冗談交じりに話しています。現在は、人形研究の第一人者で大妻女子大学の是澤博昭教授にもご協力をいただき、試行錯誤しながら準備を続けています。

日本初の公立人形博物館として開設準備が進む岩槻人形博物館。日本画家で人形玩具研究家の西澤笛畝氏が収集したコレクションを中心に、地域の人形や人形づくりの資料などを展示する。(写真:さいたま市)
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[施設概要]
名称 岩槻人形博物館
建設地 さいたま市岩槻区本町6-1-1
最寄り駅 東武野田線岩槻駅から徒歩10分
土地面積 9005m2
延べ床面積 2095m2
構造 RC・S造
階数 地上1階
主要室 常設展示室、企画展示室、カフェ、ミュージアムショップ
開館 2020年2月

調査研究分野の施設整備はPFIに不向き

──人形博物館は、施設整備をデザインビルド(設計施工)にて行い、運営は市の直営です。PFIを採用する選択はなかったのでしょうか。

川田 博物館という施設自体の運営が、PFIや指定管理にはそぐわないと思います。博物館業務の根幹である「調査研究」は、やればやるほどコストがかかります。収益性を考えると民間事業者に運営をすべて任せるのは難しいでしょう。ちなみに2010年開業の大宮盆栽美術館も私が担当したのですが、こちらの施設整備は通常の発注方式(設計者と施工者をそれぞれ入札で選定)で手がけました。

──運営面では、例えば調査研究部門に限って直営とし、それ以外を民間が手がけるという選択肢はありませんか。

川田 公益財団法人に運営を任せるやり方はあるでしょう。横浜市歴史博物館や金沢21世紀美術館などは、いずれも財団法人が運営しています。たださいたま市には、そこまで運営力のある財団法人が、まだありません。

──新たにオープンした新大宮図書館はPFIで進めています(大宮区役所新庁舎整備事業)。さいたま市のPFI第1号である複合施設、プラザノース(後述)にも図書館が入っていますね。図書館は、「調査研究分野」とはまた別の性質の事業ということでしょうか。

川田 博物館の調査研究業務はレファレンスを中心とした図書館のものとは性質が異なります。一概には言えませんが地区図書館における調査研究業務は、博物館ほど費用や労力はかからないのではと思っています。それに新図書館は新区役所と一体の施設で、延べ床面積は約2万4000m2、プラザノースも約1万9845m2と規模の大きな施設です。

  一方の人形博物館は、延べ床面積2000m2程度で、その中に収蔵庫も設けなければなりませんし、空調も恒温恒湿のものが必要になる。建設コストを削減しようにも、選択肢が限られますし、この面積の中に全ての機能を収めるにはもう職人芸の世界です。建設の際にある程度スケールメリットが出る大規模な施設でないと、PFIは難しいと思います。

(写真:編集部)
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──完成後の運営を工夫して、施設の収益力を高めることで、そうしたデメリットを補えませんか。

川田 少なくとも規模の小さな施設では難しいでしょう。それに、そもそも人形博物館は、「人形のまち」という歴史を持った岩槻の、地域アイデンティを形成するツールと位置付けています。収益性を重視したアミューズメント施設のようなものにする考えはありません。ここだけで収益を上げるのではなく、ここを一つのエンジンとして、地域のみなさんと協力しながら、まち全体のブランド化を図っていこうと考えています。

──地域との連携は、どのように進めてらっしゃいますか。

川田 岩槻地区では、地域の人たちが中心になって、人形にちなんだイベントが、いろいろと行われています。「NPO法人岩槻・人形文化サポーターズ」や商工会議所などの若手メンバーで組織する「岩槻まちの戦略会議」などのグループも生まれており、市としてもこれらのグループと連携・協力しながら、岩槻地区の人形文化をPRする活動に取り組んでいます。

 一方で、中心部に空き店舗が増えたり、歴史的な町並みが失われつつあったりするなど、地域社会も様々な課題を抱えています。これらを解決するために、民間のまちづくり会社が主導するリノベーション事業を、岩槻地区でも導入する予定です。まずはリノベーションスクールを開催して、参加者にアイデアを出してもらい、そこで生まれた事業計画を不動産オーナーに提案して、事業化を目指していきます。

(資料:さいたま市)
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多岐にわたる関係者向けに“マニュアル”を作成

──さいたま市では、2008年にオープンした複合施設のプラザノースが、初めてのPFI事業とうかがっています。こちらも川田さんがご担当されたそうですが、そのときの経験から感じられたPFIの難しさについて教えていただけますか。

川田 まず予算取りが大変でした。PFIは比較的大型の事業が対象になり、最初に全ての予算化(設計建設・維持管理運営)が必要となってきます。そしてその一つ一つに根拠が求められます。例えばホールのピアノは、スタインウェイの製品を計画したのですが、「なぜこのメーカーなのか」を説明しなければなりません。

さいたま市地域中核施設プラザノース(写真:さいたま市)
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[施設概要]
名称 さいたま市地域中核施設プラザノース
建設地 さいたま市北区宮原町1丁目852番地1
最寄り駅 埼玉新都市交通伊奈線・ニューシャトル加茂宮駅から徒歩約5分
土地面積 26,015m2
延べ床面積 20,278m2
構造 RC造、一部S造、SRC造、免震構造
階数 地上4階
主要室 区役所、図書館、ホール、ギャラリー、セミナールームほか
開館 2008年5月1日
[PFI事業構成企業]
代表企業 鹿島
設計 日本設計
建設工事 鹿島、鉄建建設、スミダ工業、日立製作所
維持管理 アイル・コーポレーション、クリーン工房、SPDセキュリA
図書館運営 図書館流通センター
運営(図書館運営を除く) JTBコミュニケーションデザイン
ファイナンシャルアドバイザリー業務 三菱UFJリース、首都圏リース

──PFIの場合、総額だけをあらかじめ決めて、その内容については事業者の判断に任されているのではないのですか。

川田 最終的には民間の判断に委ねますが、事業者が決定する前に、予算取りをしなければなりません。財政部門と協議するときは、PFIといえども従来手法と同じように金額の根拠が必要になります。

──やはりお金の話は、ご苦労されるところですか。

川田 そこは苦労しますね。それから手続きの話。初めてのPFI事業ということで、条例や要綱にも整備されていない部分が多い。まずは関係部署に制度を理解してもらう必要があります。そこで基本的な事項から細かく解説した資料をその都度作って、関係者のところを駆け回りました。その手続きをまとめた資料がこれです。

(写真:さいたま市)
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──これ、全部で80ページくらいありますね。資料というよりマニュアルですね。

川田 内容の複雑さに加え、関係者も多岐にわたりますからね。庁内だと、意思決定は都市経営戦略本部、予算や契約手続きは財政局、人員や条例、議会関係は総務局などが関わってきます。各部署の担当者と話をする際には、市長や議会の立場を理解し、その考えをストーリー化した資料を作成し、担当者が上司に説明しやすいようにしてあげることもポイントですね。

コンサルタントとの付き合い方が重要

──事業者が決まった後、建設段階のモニタリングはどのように行っているのですか。

川田 従来手法であれば、施設の内容や規格、手法などをこちらが設計するので、大抵は設計図通りのものが完成します。しかしPFIの場合は、こちらの要求水準を満たす範囲であれば、構造や材料などを事業者が自由に決定できます。そのため当初の仕様が、施工図の段階で変更されるケースが起こりがちです。これをすべてモニタリングするのは大変なので、途中の変更については、なるべく事業者内部でセルフモニタリングをし、その結果を市としてチェックし判断します。

 市の基本的な考え方としては、意匠に影響するような大きい提案や、審査講評で評価された提案、要求水準書に記された提案に関する変更は認めません。それ以外は基本的に事業者に任せます。この方針を事業者に対して、最初に説明しています。

──変更した場合のルールというか、市としての考え方を、あらかじめ明確にしているわけですね。

川田 そういうことです。PFI事業に取り組むうえでは、おそらくどこの自治体もこの部分が一番、問題になってくるだろうと思います。事業者に丸投げすると、こちらの想定を超えて大きく変わってしまうし、役所の営繕課などがモニタリングすると、監督員として見るため事業者のアイデアやノウハウが活かしづらくなる。

──PFIでは、アドバイザリー業務に外部のコンサルタントを活用するのが一般的です。コンサルタントが果たす役割というのはどうでしょう。

川田 すごく重要です。彼らはさまざまなネットワークを持っているだけでなく、行政と事業者のそれぞれの立場を理解しています。プラザノースのケースでは、パシフィックコンサルタンツに設計から供用開始までのアドバイザリー業務を委託しましたが、中立な立場で事業をまとめていくには、欠かせない存在だと思います。

──ただ、実績がない自治体だと、コンサルタントに言われるままに進めてしまうというリスクもあるのでは……。

川田 それはありますね。だから自分たちもしっかりと勉強しなくてはいけない。建設のことはもちろん、財産管理では貸付や権利金とか……。金融の話も色々と出てきます。勉強したうえで、パートナーとして不安を感じたら、担当者を変えることも必要でしょう。

PFIは、リスクに始まってリスクで終わる事業

──PFIでは、官民のリスク分担がいろいろと焦点になります。事業を円滑に進めるうえで、リスク分担のポイントは何かありますか。

川田 まずは市場調査をしっかりと行い、どんなリスクがあるのかを、最初に把握しておくことだと思います。今までの手法だと、何でも事業者に行ってもらおうとして、結局どの事業者も手を挙げないというケースが起こり得ます。PFIの良いところは、適切なリスクを判断しながら契約していくというところで、そういう事態にはなりにくい。

 もちろん契約が終わってからも、リスク分担の議論というのは続きます。ただ、あらかじめリスクが洗い出されることで、行政サイドとしてもそのリスクに対して事前に色々と手が打ちやすくなります。それが結果的に、正しい事業運営に繋がります。PFIは、リスクに始まってリスクで終わる事業だと思います。

(写真:編集部)
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──プラザノースの経験を踏まえて、他の自治体でPFIを検討されている方に、何かアドバイスがあればお願いします。

川田 PFIに対して、最初から拒否反応を示さなくてもいいと思います。新しい制度ということで大変かもしれませんが、各自治体で事例も増えていますし、ノウハウも蓄積されてきています。私自身の経験からすると、公共事業を進めるうえでは、非常に優れた手法だと思います。民間と行政がそれぞれ得意な分野を手がけるわけで、特にクリエーティブな業務というのは、民間のほうが優れています。それと自分たちの意識改革にもつながります。

──自治体側の意識改革ですか?

川田 そうです。事業者サイドの論理も見えてくるし、コンサルタントの立場というのも分かります。民間には民間の素晴らしさがあって、それをどう引き出すかが大切です。それには、市が何をやりたいか、地域が何を求めているかというメッセージがなければいけません。メッセージを共有できれば、民間事業者からも素晴らしいアイデアが出てくると思いますよ。

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