「運営重視型PPP」のススメの第4回目となる今回は、築100年近いれんが倉庫の改修による美術館「弘前れんが倉庫美術館」や周辺緑地をPFI-ROで整備する事業「吉野町緑地周辺整備等PFI事業(青森県弘前市)」を紹介します。美術館では、学芸部門を含む運営全体を事業範囲に含めて、民間事業者が運営に取り組んでいるところです。

事業概要の紹介:PFIで築100年近いれんが倉庫を改装して美術館に

 人口約16.9万人(2021年1月1日時点)の青森県弘前市は、かつて津軽藩城下町として栄えた北東北の中心的都市です。JR弘前駅から弘前公園、市役所等までのエリアが面的な中心市街地として広がり、れんが造りや石造りなどの近代建築が多く現存する趣のある街並みを形成しています。

 その中心市街地の中に、日本で初めて大々的にリンゴ酒「シードル」を醸造したれんが倉庫「吉野町煉瓦倉庫」(旧吉井酒造煉瓦倉庫、既存部分建設時期:1923年ごろ)が保存されていました。弘南鉄道大鰐線の「中央弘前駅」南側にある土淵川吉野町緑地に隣接し、風雨にさらされながらも、アート作品の個展やコンサートなどの会場としても市民に利活用されていました。また、弘前市出身で人気の現代美術家・奈良美智氏が展覧会を開催するなど、このれんが倉庫は、市外でも知られる存在でした。

 弘前市は、市民の文化・芸術・交流の拠点としての活用を考え、民間所有であった同れんが倉庫を買い取り、2016年6月には「(仮称)吉野町文化交流拠点基本計画書」を策定し、次世代のアーティスト・クリエイターが育つ文化芸術の創造・交流の拠点(クリエイティブ・ハブ)として位置付けました。施設の目的は、これにより、れんが倉庫が「市民の豊かな生活・新たな賑わい・市内外の集客と交流を創出し、持続可能な都市への発展に寄与する」拠点となることです。このような事業を整備・運営するにあたって、市では、民間事業者のリソースやノウハウが不可欠であるとの判断。PFI事業による事業推進を図ることとしました。

(仮称)吉野町文化交流拠点基本計画書の「コンセプト・基本方針」(出所:弘前市「(仮称)吉野町文化交流拠点基本計画書概要版」2016年6月)
(仮称)吉野町文化交流拠点基本計画書の「コンセプト・基本方針」(出所:弘前市「(仮称)吉野町文化交流拠点基本計画書概要版」2016年6月)
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 吉野町緑地周辺整備等PFI事業の事業概要や、整備された弘前れんが倉庫美術館の内外観の様子については、新・公民連携最前線のコンテンツ「フォトリポート 築100年のレンガ倉庫を美術館に再生、弘前市」(2020年12月21日)を参照いただくとして、今回は「運営重視型」の事業スキームを中心に解説したいと思います。

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歴史を感じさせる弘前れんが倉庫美術館の外観(写真:2点とも村上昭浩)
歴史を感じさせる弘前れんが倉庫美術館の外観(写真:2点とも村上昭浩)
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 吉野町緑地周辺整備等PFI事業は、築100年近いれんが倉庫をリノベーションして美術館にし、隣接する土淵川吉野町緑地と併せてRO方式で整備。その運営と維持管理を15年間の長期にわたって行うPFI事業です。

 市側は、サービス購入料として、施設整備費(上限25億2900万円)と運営・維持管理費(16億8100万円)を、事業者に支払います。美術館の入館料は、後述のように条件に応じて事業者の収入になる仕組みを取り入れました。隣接するカフェ・ショップ棟は独立採算性の付帯事業で、事業者が自己資金で建物を建設・運営し、その売り上げによって利益を得ます。土地は市有地で、期間約20年の定期借地権を設定しています。

事業スキームの概要(資料:弘前市)
事業スキームの概要(資料:弘前市)
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 この事業では、二つの注目すべき手法を取り入れています。まず、歴史的なれんが倉庫をリノベーションするという改修事業をPFIで行ったということです。もう一つは、学芸機能も含めて、民間事業者(アート関連の事業者)に委ねる運営事業スキームとしたことです。いずれも、わが国のPFI事業として初めての取り組みです。

 このような事業を実現するには、事業者には高い能力が求められます。まず、歴史的建造物の耐震補強などについて、技術的課題をクリアすることかできる設計・施工能力が必要です。また、建築全体のデザイン性だけでなく、内部空間における美術館としての利便性、快適性、計画されている展示方針との整合性を備えた空間設計能力を持つ建築設計者の参画も求められます。運営面では、アート分野の運営ノウハウが必要です。

 そして何より、貴重な地域資源であるれんが倉庫を弘前市とともに「クリエイティブ・ハブ」に転用・運営していくことができる、高い見識と公共心を持つ事業者(コンソーシアム)の参画が不可欠でした。

事業デザイン(1):作品の収集・展示を民間に委ねる

 吉野町緑地周辺整備等PFI事業は、事業デザイン上、三つの特徴があります。

 まず第一に、美術館運営の根幹となる「どのような作品を収集・展示するのか」ということについて、民間事業者の提案を求めたことです。弘前市として同事業で達成したいアウトカム(成果目標)は、先に述べた「(仮称)吉野町文化交流拠点基本計画書」で示された「コンセプト・基本方針」に示されていますが、その成果目標を、具体的にどのような作品収集や展示を行うことによって実現するのかについては、要求水準書に示していません。市は、行政よりも知見・ノウハウを有する民間からの提案を受けて作品の収集・展示を行う方が目標達成に向けて効果的であると評価したのです。特に、収集する作品を民間事業者の提案事項としたことは、美術館のPPP事業において極めて挑戦的な取り組みであり、「運営重視型PPP」の一つの新機軸といえます。

通常、公立美術館の運営にあたっては、行政職員としての学芸員が中心となり、作品の収集から展示企画などが実施されることが多くみられるが、弘前れんが倉庫美術館では学芸機能も含めて民間事業者に委ねた(資料:日本総合研究所)
通常、公立美術館の運営にあたっては、行政職員としての学芸員が中心となり、作品の収集から展示企画などが実施されることが多くみられるが、弘前れんが倉庫美術館では学芸機能も含めて民間事業者に委ねた(資料:日本総合研究所)
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 収集する作品の購入費用については、本PFI事業のサービス対価外として、市が別途予算化し、そこから拠出する方式としています(まず当初の3年間の予算として上限3億円)。民間事業者側が選定し提案した作品を、市が設置した弘前市美術作品等収集選定委員会で審査したうえで、購入を決定します。さらに、市のふるさと納税のメニューの中に、美術館を応援するためのコースを設置し、寄付金の活用を検討しています。

 第二に、民間側の事業計画に基づくプロフィットシェアの仕組みを導入していることです。

 「プロフィットシェア」とは、利用料などの収入を得る公共事業において、事業収益が一定の条件を超えた場合には、民間側がその収益を得られるとともに、市に一部を還元する仕組みのことを指します。通常の場合、指定管理者による公共施設の運営は、行政機関から指定を受けた民間事業者が利用料金を徴収し、その収入で足りない運営維持管理経費を指定管理料として市が事業者に支払います。他方、このPFI事業では、民間側に美術館運営についての事業計画を提案してもらい、当該収益が、市の計画した収入に対して3割以上超過する場合は、3割超の部分について50%を市に返還し、50%は民間側の収益となります。なお、市の計画した収入に対して超過が3割未満の場合は、市は返還を求めないことになっています。

 弘前れんが倉庫美術館が、市の「クリエイティブ・ハブ」として機能するためには、より多くの人に美術館のサービスを享受してもらうことが前提となります。そして、より多くの人に来館してもらうために導入したのがプロフィットシェアの仕組みです。

 もしプロフィットシェアの仕組みがない場合、利益を追求する民間事業者にとっては、(公共心を持ち合わせている事業者であっても)一定以上の集客をすることに対するインセンティブが働きにくくなると考えられます。結果として、美術館は「クリエイティブ・ハブ」としての役割を果たせず、市の財政への還元も最小化しかねません。プロフィットシェアは、官民双方が同じ目標を達成するために協力し合う関係を構築するために必要な仕組みであると考えています。

 本コラムで論じる「運営重視型PPP」、すなわち「まちづくりへの影響の大きい集客力の高い公共施設や公有地の利活用におけるPPP事業」の場合、その要諦は、効率的な事業実施によりコストを削減するという観点だけでなく、いかに民間の自由な発想で施設運営を行ってもらい、利用者数を増やし、収入を増やしてもらうことにあると考えています。民間事業者はより一層の裁量を得る一方で事業リスクも取ることになりますが、利用料金制度だけでなくプロフィットシェアというインセンティブ付与の仕組みを導入することは、過度な民間へのリスク転嫁を避けることにもつながります。

 第三の特徴は、公募開始後から提案提出後の審査までの間、多くの官民対話によって、民間事業者側の「公共心」を醸成しながら事業を推進できたことです。

 公募段階では、事業条件や提案内容に関する市と提案事業者との対話の複数回設けました。事業者側の提案内容について、大きく事業条件を外れていないか、要求水準未達になっていないかなどを確認しながら、事業者側の提案精度を高めるためだけでなく、「れんが倉庫での展示空間イメージ」「期待する展示や実施プログラム」といった公募書類や要求水準書などでは伝えきれていない市側の想いを、提案する事業者に丁寧に伝えていくことも重視しました。

 さらに、優先交渉権者決定後の契約協議、設計協議、施工時における定例会議など、頻繁に市と事業者側の対話、打ち合わせを実施し、取り交わした契約書の文面だけでは処理しきれない課題をともに解決しながら、2020年2月の竣工にたどり着きました。立場を超えて、同じ目標を共有し、それに向かって課題を解決しながら進んでいくことで、民間事業者側の「公共心」も高まっていきます。志を共にする官民の対話による信頼関係の構築こそが、共に事業を創り上げるために必要なプロセスであると考えます。

事業デザイン(2):運営事業に重点を置いたコンソーシアムの組成

 日本総合研究所として筆者が基本計画の策定から事業者選定のアドバイザリーまでを務めた吉野町緑地周辺整備等PFI事業は、プロポーザル審査の結果、PFI事業者として、大手デベロッパーのスターツコーポレーションを代表企業とするSPC(特別目的会社)、弘前芸術創造が選定されました。SPCには、耐震改修工事は大林組東北支店、設計にはNTTファシリティーズと国内大手企業が参加するとともに、地元・弘前市の企業として南建設、西村組が参加し、運営企業には南條氏が代表を務めるアートディレクション事務所であるN&A(エヌ・アンド・エー)が名を連ねています。また、SPCには前森美術館館長である南條史生氏が総合アドバイザー、新進気鋭の建築家・田根剛氏がデザイン監修として参加しています。まさに、地域の内外、個と組織の力を組み合わせ、この事業のために組成したSPCといえるでしょう。

■弘前芸術創造株式会社 構成企業

[設計・監理]

  • スターツCAM、Atelier Tsuyoshi Tane Architects、NTTファシリティーズ、大林組、森村設計
[施工]
  • スターツCAM、大林組、南建設、西村組
[維持管理]
  • スターツファシリティーサービス、NTTファシリティーズ、NTTファシリティーズ東北
[運営]
  • エヌ・アンド・エー
[事業マネジメント]
  • スターツアセットマネジメント、スターツ総合研究所

(出所:スターツコーポレーション)

 2020年2月に「弘前れんが倉庫美術館」を竣工させ、この事業はスタート地点に立ちました。地域に愛され、地域の景観を形作ってきたれんが倉庫は、美術館として新たな役割を与えられ、これからの弘前の文化・芸術創造・発信の拠点としての歴史を刻むこととなります。

 同施設の運営を担う弘前芸術創造は、そのミッションとして「1. 建築の記憶の継承と、新たな空間体験の創出」「2.地域の新たな可能性の開発と歴史の再生」「3. 異なる価値観の共有と開かれた感性の育成」の3つを掲げています。これはまさに、2018年3月に文化庁が策定した第一期文化芸術推進計画で示されている「文化芸術により生み出される本質的価値及び社会的・経済的価値を文化芸術の継承,発展及び創造に『活用・好循環させる』こと」を弘前という地域において、実現することにもつながります。

■弘前れんが倉庫美術館 ミッション

弘前れんが倉庫美術館は、地域のクリエイティブ・ハブ(文化創造の拠点)となるために、活動の基盤として3つのミッション(使命)を設定します。

1. 建築の記憶の継承と、新たな空間体験の創出

  • 近代産業遺産である煉瓦倉庫の記憶を、未来へ継承
  • 建築と共振し人々の創造性を喚起する作品を通じて、新たな空間体験を創出

2. 地域の新たな可能性の開発と歴史の再生

  • 弘前および東北地域との対話を促し、その自然、文化、歴史を新たな視点から再生

3. 異なる価値観の共有と開かれた感性の育成

  • 先鋭的な技術や手法を用いた多様な表現活動を紹介
  • 異なる文化や世界との出会いや交流を生み出し、人々の開かれた感性を育む

(出所:弘前芸術創造)

今後の課題と展望

 このPFI事業によって、市民は日常的に現代アートの「本物」に触れる場と機会を得ました。弘前市出身で人気の高い現代美術家、奈良美智氏の作品をはじめ、国内外の一流アーティストが同美術館のために制作したサイトスペシフィックな(特定の場のためにつくられた)現代アート作品の展示が2021年度以降も計画されています。

「青森アートミュージアム5館連携協議会」のウェブサイト
「青森アートミュージアム5館連携協議会」のウェブサイト

 加えて、県内他地域との連携による取り組みの萌芽があります。青森県内には、青森県立美術館、十和田市現代美術館などの著名な美術館が現存するとともに、八戸市でも新美術館の整備が進められています。これらの美術館が連携し、青森県全体で質の高い文化芸術を発信することで、弘前市内にとどまらない文化芸術を核としたまちづくり及び交流・連携が広がっていくことが期待されます。「青森アートミュージアム5館連携協議会」の設立(2020年7月8日設立)を皮切りに、これから具体的な取り組みが進められると考えられます。

 ただし、前述のとおり、「弘前れんが倉庫美術館」は、新型コロナウイルス感染拡大を防止するために、当初の予定から約2カ月遅れて、2020年6月にオープンしました。開館した2020年は、世界的なコロナ禍の影響を受け、開館時期がずれたことや、来場者数が当初の見込みから大きく下振れする事態も発生しています。今後、この信頼関係に基づいて、運営段階での条件変更などの官民対話が必要になってくるかもしれません。

 また、社会的に新たな生活様式が求められている中、ニューノーマル(新常態)の中、弘前れんが倉庫美術館もまた、美術館、公共施設の新たな在り方を模索していくこととなります。そして、ニューノーマルの中で確立された弘前市の「クリエイティブ・ハブ」として、地域に変化をもたらすことが期待されます。

 新型コロナウィルスによる感染が収束すれば、文化・芸術を核としたコミュニティの形成が図られることが期待されます。文化・芸術分野の人材の集積はもちろんのこと、市民、国内観光客、訪日外国人客などが訪れることによって、美術館および土淵川吉野町緑地がコミュニティ形成の場となり、交流と賑わいを生み出していくことでしょう。

 弘前から新たな文化芸術が創造され、新しい価値を生み出す人材が育成され、さらに弘前に人が集まり、経済循環が生まれるという、エコシステムが構築されることが期待されています。「弘前れんが倉庫美術館」を中心とした吉野町緑地周辺整備等PFI事業が、そのサイクルを生み出す第一歩になることを祈念しています。

前田 直之(まえだ・なおゆき)
日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 地域・共創デザイングループ ディレクタ
1978年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了(工学修士)。2003年に建設コンサルタント会社に入社、2007年に日本総合研究所入社。国・自治体の調査研究、計画策定、PPP/PFI事業化支援、地域エネルギー事業化支援などのコンサルティング業務に従事。文化芸術、スポーツ等の分野に明るい。内閣府のPPP/PFI専門家派遣や自治体セミナー講師として多数登壇。2019年から地域・共創デザイングループのディレクタ就任。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/102700030/020300004/