「運営重視型PPP」のススメの第10回となる今回は、「運営重視型PPP」の導入に向けた考え方を施設タイプ別に解説するシリーズの第4弾。スポーツ・エンタメ施設、特にアリーナについて解説します。
1.アリーナと体育館の違い
まず、言葉の定義について明確にしておきたいと思います。
「アリーナ」と「体育館」何が違うのでしょうか。「体育館を英語で言うとアリーナなのではないか」という声を多く聞きますが、「体育館」は「gymもしくはgymnasium」であり「運動するための施設」の意味合いが強いのです。一方、アリーナは施設形状(傾斜がある階段状の観客席に囲まれた空間)を指します。古来、闘技場・競技場・劇場などがアリーナに該当します。主な性格について次表に整理します。
上表のように体育館はスポーツをするための施設であり、アリーナは主として各種興行(もちろんスポーツも含む)を観るための施設であると言えるでしょう。
全国には体育館の名称として「アリーナ」が使われている例も多くありますが、本稿ではアリーナについては上表のように定義して話を進めていきたいと思います。
2.スタジアム・アリーナ改革
国の進める「スタジアム・アリーナ改革」については、本コラム拙稿「第3回 『エリアマネジメント』への協力を義務付けたスタジアム整備PFI ~北九州市『北九州市スタジアム整備等PFI事業』」 でも触れましたが、本稿においても改めて紹介しておきたいと思います。スタジアム・アリーナ改革とは、本稿シリーズのタイトルである「運営重視型PPP」によって実現するといっても過言ではないから、です。
①スマート・ベニューという考え方国のスタジアム・アリーナ改革の流れは、「スマート・ベニュー」がその源流であったと言えるでしょう。「スマート・ベニュー」は、「スポーツを核とした街づくりを担う『スマート・ベニュー』」(2013年8月スマート・ベニュー研究会・日本政策投資銀行地域企画部)において提言された新しい概念です。
「スマート・ベニュー」は、多機能複合型、民間活力導入、街なか立地、収益力向上をキーワードとして、「周辺のエリアマネジメントを含む、複合的な機能を組み合わせたサステナブルな交流施設」と定義されています。また、「従来の郊外立地で単機能のスポーツ施設を、街なかに立地し公共施設や商業施設などの複合的な機能を組み合わせたスタジアム・アリーナとすることで、施設の事業継続性と周辺地域への外部効果を発揮し、将来世代に負担を残さない施設としていくものである」とも規定されています。
②国のスタジアム・アリーナ改革2016年6月、わが国政府が掲げる成長戦略である「日本再興戦略 2016」 の官民戦略プロジェクト10に、「スポーツの成長産業化」が位置づけられました。そしてスタジアム・アリーナは、スポーツ産業の持つ成長性を取り込みつつ、その潜在力を最大限に発揮し、飲食・宿泊、観光等を巻き込んで、地域活性化の起爆剤となることから「スポーツの成長産業化」の1丁目1番地として期待されていました。
さらに、未来投資戦略 2017(2017年6月閣議決定)において、2025年までに20か所のスタジアム・アリーナの実現を目指すことが具体的な目標として掲げられました。
多様な世代が集う交流拠点となるスタジアム・アリーナを整備し、スポーツ産業を我が国の基幹産業へと発展させていき、地域経済好循環システムを構築していくということを国が強力にバックアップしていくことが明確に示されたわけです。
その後、スポーツ庁により「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック」が示され、とりわけ「民間活力導入」によりスタジアム・アリーナ改革を進める際の「地方自治体」「スポーツチーム」「国」の役割分担などが明確にされました。そして2021年9月には「多様な世代が集う交流拠点としてのスタジアム・アリーナ」としてまず11拠点が選定されました。
このように見ると、新たな施設整備が中心のように見えますが、一方で既存体育館をターゲットとしたアリーナへの転換事業という考え方も今後は注目されるかもしれません。
3.運営重視型アリーナの新潮流――愛知県新体育館整備・運営等事業
次に、アリーナの「運営重視型PPP」の最新事例である愛知県新体育館整備・運営等事業の概要をご紹介します。名称に体育館が使われている理由は、現体育館が存在するからですが、事業内容はまさしくアリーナとなっています。
愛知県新体育館は、2025年夏オープンを目指して、名城公園北園の一部である約4.6haの敷地に整備します。管理者は名古屋市(土地は国有地)。名古屋市営地下鉄名城線名城公園駅(徒歩約1分)というアクセスです。
総合評価一般競争入札の結果、愛知県は2021年2月にNTTドコモ等を代表企業とするAichi Smart Arena グループを落札者として選定し、10月にNTTドコモらが設立した特別目的会社、愛知国際アリーナと特定事業契約を終え、現在設計が進められている状況です。
事業者名:愛知国際アリーナ
所 在 地:名古屋市中区栄5丁目25番25号(前田建設工業中部支店内)
代表企業:<設計・建設時>前田建設工業
<維持管理・運営時>NTTドコモ
その他の出資者 Anschutz Sports Holdings(Anschutz Entertainment Group)
三井住友ファイナンス&リース など
契約金額:サービス購入料 19,999,100,000円(税込)
事業期間:<設計・建設期間> 2021年6月1日から2025年3月31日(3年10カ月)
<維持管理・運営期間> 2025年4月1日から2055年3月31日(30年)
事業方式は、施設設計・建設については、BT(Build Transfer)方式、維持管理・運営について公共施設等運営権(コンセッション)方式を採用。事業者に使用許可権限を付与するため、公の施設の指定管理者制度も併用することとしています。ちなみにこのようなBT+コンセッション方式は我が国では初めての事業手法です。そもそもコンセッションは空港等既存施設が対象となる手法だったからです。
名古屋城の旧二の丸御殿跡にある現体育館は、1964年10月の東京オリンピックの直前に完成した施設です。以来、半世紀以上、夏の風物詩にもなっている大相撲名古屋場所の開催などを通して、県民に親しまれている施設です。しかしながら、施設の老朽化とともに、同じ頃に建設された、国内の他のスポーツ施設と同様に、規模、機能とも国際水準を満たしていません。そこで、2026年アジア競技大会に利用できるよう、新体育館の移転・新設に向けた準備を進めることになりました。
4. 愛知県新体育館の「運営重視型PPP」としてのポイント
①体育館としてのビジネスモデルをアリーナのビジネスモデルへ
従前のスタジアム・アリーナのビジネスは「貸館事業」中心でした。それにコンセッションを導入することにより、「貸館事業」に加え「非貸館事業」(VIPルームやプレミアムシートの提供、命名権・スポンサーシップの拡大など)の積極的な取り組みが行われるようになることを前提に、我が国にはまだない先進的なアリーナビジネスモデルとして設定しました。下図のように、非貸館事業を大きく増やすことで運営重視の抜本的なビジネスモデルの改革を促すという考え方です。
このモデルを決めるに際しては、海外(主として欧州)アリーナの収益構造を現地調査して参考としました。具体的には、次のようなステップを踏んで、「貸館」と「非貸館」の売上比率を決めていきました。
ステップ1
コンセッション手法により事業化されたフランスのアコーホテルズ・アリーナ(ベルシー体育館)、アンタレス(ルマン市体育館)、エクス・アン・プロヴァンス・アリーナの収支データを往訪・収集し、収入費目における「貸館事業収入」と「非貸館事業収入(主としてCOI*)」の比率を算出しました。
ステップ2
基本計画段階の収支想定(体育館モデル)に対し、上記の比率(先進的アリーナビジネスモデル)を適用し、目標とする事業収益モデルを設定しました。
上記試算のとおり、年間4億弱の事業収益が生み出されることから、30年間の収益総額は単純計算で120億円程度と想定されます。よって「この収益総額を原資とした運営権対価(コンセッションフィー)を設定したコンセッション手法の採択が十分可能となる」との仮定の下、BTコンセッションという事業手法(詳しくは後述)による事業化に踏み切ったわけです。
また、収支には反映させていませんが、「貸館」も従前の「待ちの姿勢」から、国内外のイベント・プロモーターをSPCに参画させることで、「主体的で攻めの姿勢(積極的なイベント誘致)」に変化し、売り上げ増となると設定しました。
②BTコンセッション方式
民間事業者が、「貸館」「非貸館」の事業を積極展開して施設の収益性を確保していくビジネスモデルを実現するためには、どのような事業手法が望ましいでしょうか。愛知県ではBTコンセッション方式を採用しました。徹底してこだわったのは、アリーナビジネスを実施し、収益を生み出す企業が施設設計に大きく関与すること、です。サービス購入費の「受託」を目的とする企業と契約するのではない、という考え方を事業者選定では重視しています。事業スキームは、設計・建設費と30年間の維持管理・運営費の合計額から利用料金収入等を差し引いた額をサービス購入料として、民間事業者に支払うスキームとしています。
上図のように、愛知県は民間事業者が設計・建設から維持管理・運営(30年)をいくら(予定価格)で実施できるかの提案を受ける形になります。
まず、施設・整備(BT)の事業契約と運営権設定の実施契約(停止条件付)の契約形式をひとつにまとめ、特定事業契約としたことより、愛知県は、設計・建設費全額(300億円以上と想定)ではなく、サービス購入料(予定価格:200億円、税込み)のみの予算措置をすればよくなりました。
また、設計・建設費の上限を定めないことで、愛知県は、民間事業者の自由な提案を受けることができることにもつながります。
③利用料金収入
利用料金のルールも、事業者が様々なサービスを展開しやすいような設定としました。事業者の提案に基づき、愛知県と協議のうえで事業者が設定し、事業者に帰属させることとしています。PFI法23条(公共施設等の利用料金)を適用しました。また、同条3項を適用し、「事前届出」で足りることとし、収益機会を担保するようにしました(民民のビジネスに制約をかけない)*。チケット代2万円のコンサートと5千円のコンサートでは利用料金負担能力が違うので、あらかじめ設定してしまうことはビジネスチャンスを台無しにしてしまうという発想です。
④応募者の構成
PFI事業では一般的に、応募者は参加表明書において業務一覧に示す業務を行う応募者などの企業名と携わる業務を明記します。しかし、今回は「統括マネジメント業務」以外の業務については、実施する企業名の明記がない場合でも応募できるものとし、各業務段階に着手するまでに、各業務に従事する企業を決定し、愛知県の承認を得ることで足りることとしています。また、代表企業についても事業段階に応じて交代が可能な条件設定としていました。これは、②において述べたことが背景にあります。
⑤他施設との連携など
周辺地域の他施設と連携を行うための官民連携組織などを組成し、関係者が一体となって取り組む方策を検討していくことになっています。
5.おわりに
本稿では主に愛知県新体育館の事例を紹介しましたが、この事業は愛知県が事業主体となったPFI事業であり、公共事業です。とはいえ性格は事業コンペに限りなく近いことがお分かりかと思います。
大阪の万博記念公園のアリーナ(関連記事)や神戸港のアリーナ(新港突堤西地区(第2突堤)再開発事業)は事業コンペであり、事業主体は民間となっています。また現在首都圏でもいくつかの民間によるアリーナ整備計画が進みつつあります。
体育館は公共事業としての性格が強いものですが、アリーナになると民間事業で成立する可能性が出てくるということです。もちろん市場性と複合開発余地が重要な要因となりますので、首都圏や関西圏、中部圏といった大都市圏が中心となると考えられますが、民間事業としてのアリーナは今後も生まれることでしょう。
では、都市圏部以外の地域でどのようにアリーナを持つべきでしょうか。それは大きく次の2つではないかと考えています。
①愛知県方式(BTコンセッション)の地方展開
自治体として準備できる予算にはもちろん上限があります。公共施設の場合重要となるのは整備費用よりもその後の管理運営費の負担です。多くの公共施設は指定管理料という名目で毎年の管理運営費を自治体が負担しています。愛知県方式では、イニシャルコストとランニングコストの区別はつけず、愛知県として負担可能な200億円を提示し、あとは民間事業者が創意工夫で30年間やり繰りすることが前提です。
自治体の財政規模は様々なので一概には言えませんが、例えばアリーナで30年間の事業期間を想定した場合、指定管理料だけで数十億円規模になる施設はとても多いと推測されます。一方、起債との関係から自治体が施設整備費用を調達したほうが財政メリットは大きいことも背景にあり、「施設整備費」「管理運営費」を区別する慣習が残っています。
とはいえ、「施設整備費」も「管理運営費」も、市民や県民にトップレベルのスポーツや最先端のエンタテインメントを提供するためのコストです。市民や県民目線ではそのような区別は意識されないのではないでしょうか。これらを1本化して後は民間に任せるというBTコンセッションのような事業手法は、シンプルかつ運営面を中心に民間活力を引き出しやすい事業手法として、これから自治体に普及させていく必要があると考えています。
②民間主導型PPP
八戸市のアイスアリーナでは、市が約8億円で購入していた区画整理事業の保留地をゼビオの子会社であるクロススポーツマーケティングに無償で貸し付け、同社がアイスアリーナを整備し運営します。八戸市は開業後30年間にわたり年間1億円(消費税別)の利用料を支払うことにより、年2500時間の利用枠を得て、市民利用に供することができます。
このように公共施設を民間が借りるという従来発想ではなく、民間施設を一定時間自治体が借りるという事業方式も今後一般化してくると考えられます。
様々なプレーヤーの登場
収益は公共団体から得るという従来発想(極論言えば、何もしないことが一番の収益源になってしまう)になりがちな従来型の指定管理業務を行う事業者ではなく、そのアリーナで行われるスポーツやエンタテインメントのコンテンツを様々に活用して収益をあげようとするプレーヤーの参入が期待されます。実際、愛知県新体育館では供用開始後のSPCの代表企業はNTTドコモです。また神戸港のアリーナでの事業主体は、スマートバリューというIT企業になる予定です。
我が国のプロ野球のオーナー企業の変遷を見てもわかるように、これまでとはビジネスモデルが変わってきている。そして、変えなければならない――。そんな前提で、自治体は様々な業態が参集できる条件を整備していくことも肝要だと思います。
日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門地域・共創デザイングループ シニアマネジャー
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