これまで60年以上、人口が増え続けている石川県野々市(ののいち)市。金沢のベッドタウンとして発展してきた街であり、2つの大学を抱える学生の街でもある。土地区画整理事業を通した基盤整備によって市街地を広げていく一方、歴史的な街並みの残る北国街道を軸とする中央地区では公民連携で賑わい創出を図る。まちづくりへの思いを、市長の粟貴章氏に聞いた。

(写真:山岸政仁)
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――市長は市の将来像について「野々市版コンパクトシティ」という表現で語っていました。これはどのようなものでしょうか。

 野々市市は、面積13.56m2、人口は約5万1600人です。石川県全体と比べると、面積は300分の1程度ですが、人口は20分の1程度に達しています。つまり、人口密度が高く、既にコンパクトシティと同じように拠点施設が集約された状態にあるわけです。これを「野々市版コンパクトシティ」として明確に打ち出し、その良さを市民が日ごろから実感できるようにしたいと考えています。

――その核となるべく、現在PFIで整備を進めているのが野々市中央地区ですね。

「野々市中央地区整備事業」の位置(資料:野々市市)
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「野々市中央地区整備事業」の「文化交流拠点」と「地域中心交流拠点」のイメージ(資料:野々市市 ※ 事業者〔野々市中央まちづくり株式会社、SPC総括代理人:大和リース〕から市に提案のあった計画段階のものであり、変更の可能性がある)
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 野々市の人口は確かに増え続けていますが、旧庁舎の残る中心市街地は空洞化が心配され始めています。そこで、旧庁舎を中心とする一帯と石川県立養護学校の統廃合によって生じた跡地をそれぞれ拠点として位置付け、かつての賑わいを取り戻そうという計画です。

 この2つの拠点を結ぶ北国街道を軸とする一帯を中央地区と位置付けています。地区の東には学術研究拠点と位置付けられる金沢工業大学が控えていることから、大学との関係性も意識しています。

 野々市中央地区整備事業では、旧庁舎を中心とする一帯は「地域中心交流拠点」として、新しい中央公民館と市民連携拠点、そして民間商業施設の複合施設を整備し、賑わいを創出していきます。県立養護学校の跡地は芸術・文化に親しむ「文化交流拠点」として、新しい図書館と生涯学習施設の複合施設を整備します。既にPFI事業者との契約を終えて、目下、基本設計を進めている段階です。2017年度に「文化交流拠点」の、19年度に「地域中心交流拠点」の供用開始を目指しています。

――石川県の自治体が手がけたPFIはこれまでに4件(内閣府調べ)。そのうち3件を野々市市が実施しています。民間資金の活用は、いつごろから意識していましたか。

 市制に移行する前、2007年6月に町長に就任した時から意識していました。行政が上級官庁に相談して、補助金をもらいながら、思い描くようなまちづくりを実現しようという時代ではありません。通常のやり方では、素早く整備を進めるのは難しい。そこで、これまでも野々市小学校や小学校給食センターの整備にPFIを取り入れてきました。

 交付金の活用という面もあります。例えば、図書館を新しく整備して欲しいという市民からの要望はずっとありました。しかし、図書館を建てるための交付金や補助金はなく、自主財源で整備せざるを得ないため、財政上の理由から手を付けることができませんでした。今回、拠点整備の事業として進めることで、社会資本整備総合交付金が活用できます。

――中央地区の整備で、市長として特にこだわった部分はありますか。

 「市(いち)」にこだわっています。「市」というのは、物や人が集まり、賑わいの生まれる場所です。そういう賑わいを象徴する地区として整備していきたい。北国街道沿いでは2011年から、「北国街道野々市の市」という地域活性化イベントを市民協働の取り組みとして続けています。ハードの整備以前から、こうしたソフトの仕掛けが動き出しています。

 野々市は2011年11月に町から市になりました。町から市になったという“証(あかし)”を、中央地区に賑わいを取り戻すことによって立てられればと考えています。