OECD(経済協力開発機構)の「コンパクトシティ政策報告書」で世界の先進5都市の一つとして取り上げられたり、ロックフェラー財団「100のレジリエント・シティ」に選ばれたりと、海外からの評価も高い富山市のコンパクトシティ政策。これまでに多くのメディアでその内容が伝えられ、富山市が公開している資料も多い。そこで今回は、個別の関連施策の細部ではなく、コンパクトシティについての考え方を中心に、富山市の森市長に話を聞いた。

(写真:山岸政仁)
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(写真:山岸政仁)

――コンパクトシティに取り組んだきっかけを教えてください。

 2002年度から03年度に掛けて、今取り組んでいるコンパクトシティのビジョンの基礎的な部分をとしてまとめたのですが、ベースにあったのは人口減少の問題でした。

 人口は全国で同じ割合で均等に減っていくのではなく、都市間で差が大きく出ると考えました。とりわけ地方都市は転出が多くなる。特に若い世代は、さらに高等教育機関に進むためにいったん離れていくという状況ですから、その人たちから見て魅力的な街をつくらないと、加速度的に人口が減っていくことになるわけです。

 そうして街の衰退を感じれば、人はますます離れていくし、若者は戻ってこない。それを避けるためにはどうしたらいいのか。これは地方都市共通の課題ですよね。

 これまで極端な車社会をつくってきたことは正しかったし、公共施設を郊外に展開してきたことも時代に合っていた。けれど、「人口が右肩下がりになるという時代を迎えるのだから発想を転換しないとだめだろう」と、そのときに考えました。つまり、もう一度公共交通の質を上げることによって、車に頼れない世代の人たちも健康で明るく暮らせる街をつくる。あるいは、若者や子育て世代も、安心して子育てができるような地域社会をつくる、ということです。

――一般的にコンパクトシティは、公共コスト圧縮や環境配慮、あるいは高齢者に優しいといった文脈で語られることが多いと思いますが、実は若者や子育て世代に向けたものだ、ということでしょうか。

 最終的に視野にあるのは雇用です。結果を得るためにどのような手法を採用するかを考えたときに、直接的な企業誘致や雇用対策ではなく、僕らは「まずはまちづくりだ」と考えたわけです。

 つまり、社員が家族と安心して住んで働けるような地域でないと、企業経営者の目から見ても安心感は生まれないと予想したのです。企業経営者が「ここで事業展開をしたい」と思えるような都市でないと、質のよい雇用は生まれません。

 そのために、車だけの暮らしから少し方向を変え、公共交通も車も使うというライフスタイルをつくろうと考え、まずはLRT(次世代型路面電車)の整備に着手しました。

富山市のコンパクトシティの概念図。この「お団子と串」モデルの図は、同市のコンパクトシティが語られるときに必ずと言っていいほど引用される。(資料:富山市)
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富山市のコンパクトシティの概念図。この「お団子と串」モデルの図は、同市のコンパクトシティが語られるときに必ずと言っていいほど引用される。(資料:富山市)