安倍晋三内閣が規制改革の目玉と位置付ける「国家戦略特区」。その第1弾として2014年に指定された兵庫県養父(やぶ)市は、中山間地農業のモデルを目指す。その旗振り役である広瀬市長は、これまでも構造改革特区などで公民連携をフル活用してきた根っからの改革派だ。国家戦略特区に指定されて1年余り。現状と今後の展望について聞いた。(関連記事

(写真:行友重治)
(写真:行友重治)
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――なぜ、国家戦略特区に手を挙げたのでしょうか。

 これまでの特区と違い、首相のトップダウンで規制改革を進めるということなので、期待感はあります。とかく養父市が注目されているので、市民の間でも何かが起きそうだというムードが盛り上がってきました。

 昨年度で一応の仕組みづくりが終わり、いよいよ規制改革を使った事業が動き出しています。特区内で認められた農業生産法人の設立要件の緩和を使って、すでに4社が法人を設立しました。市外の事業者が入ってきたことで、地域の農業者が変わっていく引き金になりました。

 他人が儲けだすと、「何で俺にも声をかけなかったのか」という声が挙がるものですが、そんな声が市民の間から出て来る日も近いと期待しています。

――養父市の特区では、農地の売買や転貸に関する権限を、全国で初めて農業委員会から市長に移しました。

 デメリットはほとんどないのです。代々受け継いできた農地を売る人の精神的な負担は非常に大きい。その許可を地域の代表である農業委員会に求めるのは嫌なものです。権限が市長に移ったことで、淡々と事務処理がされます。農業委員会の時には許可が下りるまで平均で26~27日かかっていましたが、平均10日に縮まりました。これは週末をはさんでいるからで、月曜に出せば金曜に許可が出るというのが実態です。

――具体的に農地の流動化に役立っているのでしょうか。

 去年10月から約半年で27件、約5ヘクタールの許可を出しました。あくまで目的は農業の振興です。その点を農業委員会も理解してくれました。農地移動の際に必要だった最低耕作面積は、従来は一部地域を除いて30アールでしたが、これを10アールに引き下げました。農業への参入を容易にするためです。

 私の夢としては、これを1アールにまで引き下げたい。100平方メートル、30坪です。家庭菜園でも農家になれる。都市住民の中には専業で農家をやるのは嫌だが、家庭菜園ぐらいなら農作業をしたいという人がたくさんいます。農業の復活には、多様な担い手を創ることが不可欠です。周囲の農地を買い増して大規模化を目指してもよいし、集落全体で共同作業する集落営農でもよい。農業を産業として行う企業的な発想を持ち込んでもらってもよい。従業員として農業に携わるという担い手の形でもいい。そうした多様な担い手を創るためにも、農地がスムーズに取得できることがカギだったのです。