岐阜県の北端に位置し、面積の93%を森林が占める飛騨市。優れた木工や木造建築の技術が継承されてきたことで知られ、白壁土蔵の街並みが残る飛騨古川には、美しい匠の文化が町中に息づいている。そんな伝統の技を生かし、森林資源に新たな価値を生み出そうと2015年に設立されたのが、第3セクターの株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称ヒダクマ)だ。社長を務めるのは、国内外2万5000人のクリエイターネットワークを保有し、多様なクリエイティブサービスを手がけるロフトワーク代表取締役の林千晶さん。なぜ飛騨で、3セクという形で地域再生に関わろうと思ったのか。狙いと可能性について聞いた。
断るつもりで飛騨を訪問
暮らしの知恵と美しい街並みと組木の技術に魅せられて
――はじめにヒダクマ設立の経緯からお伺いします。林さんが初めて飛騨市を訪れたのはいつでしょうか。
林 2014年2月です。今日のように雪がたくさん積もっている寒い時期でした。
そもそも私は高山と古川の違いも分からないくらい、飛騨地域のことはほとんど知りませんでした。ロフトワークと共にヒダクマに出資している株式会社トビムシは林業のコンサルティングを行っている会社で、初めに飛騨市はトビムシに地域活性についての相談を持ちかけていました。その中で、飛騨市の森林の約7割を占める広葉樹に新しい価値を生み出す事業をやってみてはどうかという話になり、トビムシからロフトワークに声がかかったんです。
ただ、最初は断るつもりでした。ただでさえ海外出張も多く、東京から5時間もかかるところに関わるのは無理とずっと言い続けていて。「とにかく1回だけでも来てみてほしい」と言われて、旅行を兼ねて家族と行ってみることにしました。
――そのときの飛騨の印象はいかがでしたか。
林 2つのことに感銘を受けて、それがヒダクマをつくる原動力になりました。
1つは暮らしの知恵です。古川よりもっと山あいの地域に食事に連れて行ってもらったのですが、囲炉裏を囲んで食べた鮎や五平餅、山菜がとってもおいしかった。なんでこんなにおいしいんですかと地元の方に尋ねると、4月に採ったものを1年中食べられるように保存してあるとのこと。旬のものを旬の時期に採って保存しているから雪が降っても平気なんだと。ああ、こういう知恵って、私たちがもっと学びたいものだなと感動しました。
もう1つは古川の素晴らしい街並みと、それを支えてきた匠の技術です。飛騨には組木という伝統技術が何百年と継承されてきていますが、それがいま失われつつあります。なぜなら、若い人が建築家にはなるけれど、大工にならないから。この美しいものを、私たちが生きている時代に途切れさせたくないと思いました。
ロフトワークには、デジタルファブリケーションを使い、ものづくりが誰でもできる「FabCafe」(注)があります。組木を3Dデータ化して、建築家と木をつなげる場をつくれば、コンピュータで設計するこれからの若手建築家も、無垢の木を昔の大工のように使えるのではないか、そうすれば日本の建築の可能性が広がるのではないかと考えました。