「沖縄ならではの産業を興したい」。戦後の沖縄が米軍統治下で復興へと立ち上がる時勢の中で育った一人の少女の強い思いは決して揺らぐことはなかった。沖縄県で育った奥キヌ子さんは、1991年沖縄初の創薬ベンチャー「レキオファーマ」を創業し、2005年、痔の治療薬「ジオン注」の開発に成功した。痔を切らずに治す画期的な薬剤で、現在では日本全国2400の医療機関で採用され、これまで55万人の治療に使われた。奥さんはなぜ沖縄で産業を興すことに挑み続け、創薬メーカーを設立したのだろうか。

奥キヌ子(おく きぬこ)
奥キヌ子(おく きぬこ)
1946年沖縄県糸満市生まれ。23歳で貿易業を起業し、1980年より飲食店経営を始める。1988年頃に中国で痔疾患治療薬の存在を知り、1991年に医薬研究開発会社「株式会社中薬研」を設立。94年同社代表取締役に就任。2000年「レキオファーマ株式会社」に社名変更。2004年厚生労働省より新医薬品「ジオン注」の製造承認を取得し、翌年発売開始。2004年、「ジオン注」開発の実績を評価され経済産業大臣賞を受賞。2006年「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」リーダー部門受賞。2017年「琉球新報賞」受賞。(写真:河野哲舟)
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クラブ経営者が医薬品と出会い、創薬ベンチャーを起業

――奥さんの仕事にかける情熱の原点には「沖縄に貢献したい」「沖縄ならではの産業を興したい」という、故郷に対する強い愛情があると感じます。昨年は、新薬や健康補助食品の研究開発・製品化を通じて沖縄経済の発達に寄与したということで琉球新報賞を受賞されました。しかも1964年に創設された同賞で、女性初の「経済・産業功労」分野での受賞でしたね。

奥社長(以下、奥) 「沖縄ならではの産業を興したい」という思いは、子どもの頃からありました。私が育った沖縄県糸満市は女性が働き者で、照屋敏子や金城夏子といった女性起業家を多く輩出しています。その土地柄に影響を受け、戦後の米軍統治下の環境を憂いながら育ちました。復帰後も沖縄は基地経済に依存し、基幹産業のサトウキビも助成金があるから成り立っています。こうした特異な環境に反対を唱えるだけの先輩たちに不甲斐なさを感じていました。私は、このままでいく訳にはいけない。何かを興して、私はここまでやったよ、次はあなたたちが引き継いでね、と後輩たちに託したくてここまでやってきました。

――沖縄で産業というと観光がすぐに浮かびますが、奥さんが選んだのは、創薬業であり、医療・健康分野です。成功のハードルが高い挑戦だと思うのですが、どういう経緯で、沖縄で創薬業の起業をすることになったのでしょうか。

 大学卒業後、最初に起業したのは貿易業でした。琉球大学では栄養学を専攻していましたが、所属した中国語クラブでの活動に夢中でした。クラブの先輩方から「中国、アジアとの架け橋となるように」との薫陶を受けたことがきっかけで、大学の2年次を休学して台湾留学したのです。台湾が緑豊かで地産自立をしていることに影響を受けまして、大学卒業後、一人で貿易会社を立ち上げました。沖縄を台湾のように緑豊かにし、サトウキビよりも付加価値のある基幹植物を見つけ出そうと思ったんです。沖縄と同じような気候風土の国を回り、亜熱帯植物を輸入販売することを始めました。仕事は面白いほどうまくいったのですが、農業を産業化させるには広大な土地を確保する必要がありました。

 結婚と出産で一時休止しましたが、農地確保のために再び始動しました。そうしたときに、たまたまスナックに行ったら酒を仕入れ値の4倍で出すと聞き、こんな利益率の高いビジネスはないと思って経験もないのに妹と二人でクラブを始めたのです。まともにご挨拶もお話もできない私なのに、なぜか繁盛してやめられなくなり、約20年続けることになったのです。

――クラブを経営しながらも、沖縄ならではの産業を探していたのですね。

 そうですね。夜の営業をし、昼間は沖縄にもっとふさわしい産業があるのではと探し続けていました。ある日、大学時代の先輩から、こんなにすごいものがあると「消痔霊」という内痔核(イボ痔)の薬を見せられました。手術をせずに注射することで治ると聞かされ、「あっ、これだ」とひらめきました。離島である沖縄では、小さくて付加価値があり、飛行機で輸送してもペイするものが必要だということを思っていたからです。薬であればそれにかなう、ずっと探し求めていたものに出会えたという思いがありました。

 ちょうどその頃、中国から帰国された方にお会いする機会がありました。「中国に10年住んで何が一番良かったかといえば、消痔霊で痔を治したこと」とおっしゃるのを聞き、この薬が持つ可能性を確信し、すぐに北京へと飛びました。開発者の教授にお会いすると、何と中国以外の国で開発するすべての権利を任されることになりました。北京では実際に「消痔霊」で痔を完治させた事例も紹介していただき、日本でのこの薬の開発は必ず成功すると自信を持ちました。

ゴールが見えていたから、14年間、あきらめたことは一度もない

――中国語が話せたことは交渉の時に大きな力になったかと思います。しかし、その後1991年に会社を設立され、14年かけて「ジオン注」を開発されるまでさまざまなことがあったはず。膨大な時間と資金を投資されて、やり遂げられたのはなぜでしょう。

 医薬品の開発をゼロから始めた場合、成功する確率は1万分の1だといわれています。実際に製品化されるまでには基礎研究、非臨床試験から臨床試験まで約15年の月日が必要になります。開発費も何十億とかかります。百億円をかけて動物実験まで成功したのに、人に投与する段階で効果が出ずドロップアウトするケースもあります。私は素人で知識がありませんでしたから、怖さを知らずに挑戦することができました。「ジオン注」の場合は1からではなく元になる薬があったことも大きいですし、これは日本国内できっと発売されると信じ込んでいました。何があっても諦めたことは一度もありません。

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<div style="clear:both;"> </div>社員たちと。社名の「レキオ」とはアジア諸国との中継貿易で栄えた15~16世紀の琉球国を指すポルトガル語。そこにも沖縄の誇りがある(写真:河野哲舟)
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社員たちと。社名の「レキオ」とはアジア諸国との中継貿易で栄えた15~16世紀の琉球国を指すポルトガル語。そこにも沖縄の誇りがある(写真:河野哲舟)

――奥社長ご自身で行った実験が特許取得につながっていますね。

 沖縄に持ち帰った消痔霊には、時間がたつと沈殿物が生じる問題がありました。このままでは日本では売ることができません。私は入っている成分を1つずつ調べることにしました。自宅で試験管を振り、あらゆる組み合わせで作ったサンプルをベランダにならべてデータを取りました。その結果、問題点と解決点を見つけることができ、日本国内を含め17カ国で特許を取得することができました。その後は資金繰りとの戦いでした。ベンチャーキャピタルから出資を受けることができましたが、動物実験だけでも年間数千万円から億単位の資金が必要となるのです。

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上/中国で医学会に所属し、理事として活動する。下/中国やベトナムなどアジアにおける幅広いネットワークも奥社長の強みだ(写真提供:レキオファーマ)
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上/中国で医学会に所属し、理事として活動する。下/中国やベトナムなどアジアにおける幅広いネットワークも奥社長の強みだ(写真提供:レキオファーマ)
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上/中国で医学会に所属し、理事として活動する。下/中国やベトナムなどアジアにおける幅広いネットワークも奥社長の強みだ(写真提供:レキオファーマ)

――「ジオン注」発売の転機は何だったのでしょうか。

 このまま開発を続け、厚生労働省に製造承認の申請をするためには、膨大な資金力と組織力が必要だと判断し、パートナー探しに奔走しました。九州の吉富製薬(現・田辺三菱製薬)の奥田充夫会長(当時)が興味を持ってくださり、共同開発をしていただくことになりました。そのおかげで2004年、「ジオン注」の製造承認を得ることができました。「ジオン注」は患部に注射し、痔核を硬化、退縮させる薬です。従来の主な治療法である切除手術に比べると治療後の痛みも少なく、最短で日帰りもできるメリットがあります。

 開発当初、消痔霊の素晴らしさを日本の先生方に知っていただきたくて、日本大腸肛門病学会で発明者による発表をさせて欲しいとお願いしたことも、今振り返ると身の程知らずでした。ところが、学会発表は無理でも研究会での発表ならいいと機会を作ってくださいました。そのおかげで実力のある病院が臨床を引き受けてくださり、取り扱ってくださる病院が増えていきました。大きな運に見守られてきたのだと思います。

沖縄の植物を生かした健康食品産業へ

――現在は、ご自身の大学時代の専攻である栄養学も生かし、また創薬業での実績、知見・経験も活用しながら、沖縄の植物を生かした健康食品事業に注力していますね。

 ベトナムや中国の奥地で薬効のありそうな薬草を見て回りましたが、沖縄では医食同源の生活が根付いていることに立ち戻り、沖縄の植物や海洋資源に注目するようになりました。ウコンに含まれるクルクミンという成分の研究を続けています。クルクミンの課題は体内への吸収率が低いことでしたが、深海鮫の肝油に含まれるスクワレンと配合することで効率良く吸収させる方法を開発して特許を取得しました。そして2008年、「レキオのウコン」を発売して健康食品産業へ進出しました。さらに、順天堂大学客員教授の田平武先生により、弊社のウコン由来のクルクミンを含むサプリメント「メモリン」を使った臨床試験が2014年から16年まで行われました。その結果、軽度認知障害の症状を改善、維持させる効果があることがわかり、昨年、日本早期認知症学会で発表されました。現在、中国でも発売する準備を進めています。

(写真:河野哲舟)
(写真:河野哲舟)
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――軽度認知障害の改善ですか。奥社長は社会課題の解決に寄与する商品を開発したということですね。

 認知症の研究会で10年学ばせていただき強く感じたのは、老化が一番のリスクファクターだということです。これから日本は100を生きる時代になります。高齢化社会で大変だ、大変だと騒ぐだけでは問題解決になりません。長寿は古今東西人類が追い求め、日本が最初に達成した誇るべきことです。必要なことは長寿の時代になったことを認識し、これまでの働く期間、働き方、学び方のシステムを大きく変えることだと考えます。例えば、今は65歳でリタイアするのが一般的ですが、リカレント教育を制度化して何度でも学ぶ機会を得て、再就職、再々就職し、社会参画できるよう改革していかなければなりません。そのためには50代から60代で新しい学びをし、新しい仕事に就けるシステムを作ること。仕事をするのは毎日でなくても、高額ではなくていいからお給料をもらい、社会還元をしていけるシステム作りを働き方改革の柱としていただきたい。知的好奇心を持ちながら、働きながら収入にゆとりを持ち、笑顔で話しながら、支える側になって生きること。それが認知症の発生を抑えることにもつながるのです。92歳のマハティール氏がマレーシア首相に就任されました。新しい時代のお手本にしたいものです。

ウコン由来のクルクミンを含むサプリメント「メモリン」が軽度認知障害の症状を改善、維持させる効果があることがわかり、昨年、日本早期認知症学会で発表した。(写真:河野哲舟)
ウコン由来のクルクミンを含むサプリメント「メモリン」が軽度認知障害の症状を改善、維持させる効果があることがわかり、昨年、日本早期認知症学会で発表した。(写真:河野哲舟)
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<div style="clear:both;"> </div>新薬や健康補助食品の研究開発・製品化を通じて沖縄経済の発達に寄与したと評価され、昨年琉球新報賞を受賞した。表彰式や祝賀会にて(写真提供:レキオファーマ)
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<div style="clear:both;"> </div>新薬や健康補助食品の研究開発・製品化を通じて沖縄経済の発達に寄与したと評価され、昨年琉球新報賞を受賞した。表彰式や祝賀会にて(写真提供:レキオファーマ)
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新薬や健康補助食品の研究開発・製品化を通じて沖縄経済の発達に寄与したと評価され、昨年琉球新報賞を受賞した。表彰式や祝賀会にて(写真提供:レキオファーマ)

本当の豊かさは「沖縄の地の利や素材を生かした産業をつくってこそ」

――地方で女性が起業する場合、行政に望むことはありますか。

 女性は起業をすると同時に、子どもを産み育てるという、生まれながらに与えられた大きな事業もあります。その2つを両立するためには、子育てしながら不安なく働ける環境をじっくり社会整備する必要があります。また、女性に限らず地方の競争力を高めるためには、文化・伝統で差別化していくことも大切です。豊かさを考えたとき、経済的豊かさと文化的豊かさは車の両輪だと思ってきました。人生は紆余曲折ありますが、芸術や心動かされるものに触れることで勇気づけられたりします。文化的に豊かであることは精神や思想の成熟につながります。私も沖縄に産業を興したいとひたすら走る一方、沖縄を題材にしたミュージカル「マサリー」を制作するなど文化支援も行ってまいりました。

 新薬開発とミュージカル制作に共通するのは、「沖縄の地の利や素材を生かした産業や文化をつくってこそ、沖縄の本当の豊かさにつながる」という思いです。

――地方のために事業をしたいと思っている女性起業家の卵のためにアドバイスをお願いします。

 どんなゴールにしたいか考え、ゴールを見ながら進むことが大事ですね。私たちは地元のために何かをしようとするわけですが、競争するのは地元だけではありません。世界へ発信して行きましょう。そのためには広い視野を持って歩んでいただきたいと思います。

(写真:河野哲舟)
(写真:河野哲舟)
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取材を終えて

奥さんに取材するのは2回目。最初は、筆者が、日経ウーマン編集長時代に、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」を授与させていただいた時でした。「万にひとつ」という新薬の開発を成功させた創薬ベンチャーのトップとして脚光を浴びていました。それから10年以上たち、昨年、歴史ある琉球新報賞受賞との報を受け、再びお会いしました。「沖縄ならではの産業を興したい」という強い思いは変わらず、現在は、沖縄由来の植物を生かした新たな事業に注力されています。沖縄に来ると中国・台湾が近いことを実感します。まさに日本とアジアを結ぶハブとなりえる拠点です。奥さんはその地の利を生かし、中国市場も見据えて精力的に事業を展開します。「沖縄のために」「痔で苦しむ患者さんのために」「認知症という社会課題の解決のために」――奥さんの明確な事業ミッションとパッションが、様々な人の心を動かしていることを改めて感じました。

麓幸子(ふもと・さちこ)
日経BP総研 フェロー
麓幸子(ふもと・さちこ) 麓幸子(ふもと・さちこ) 1984年筑波大学卒業。同年日経BP社入社。88年日経ウーマンの創刊メンバーとなる。06年日経ウーマン編集長。12年ビズライフ局長。日経ウーマン、日経ヘルスなど3媒体の発行人となる。14年日経BPヒット総合研究所長・執行役員。15年日経BP総合研究所副所長。16年執行役員。18年現職。2014年法政大学大学院経営学研究科修士課程修了。文部科学省、内閣府、林野庁、経団連・21世紀政策研究所研究委員などを歴任。筑波大学非常勤講師。一男一女の母。著書等に『女性活躍の教科書』『なぜ、あの会社は女性管理職が順調に増えているのか』(日経BP社)、『企業力を高める―女性の活躍推進と働き方改革』(共著、経団連出版)、『就活生の親が今、知っておくべきこと』(日本経済新聞出版社)などがある。

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