伊勢志摩国立公園でもある三重県鳥羽市は、海の恵みを生かしながら栄えてきた漁業と観光のまちである。江崎貴久さんは家業の旅館の再建に力を注ぐ中、「鳥羽ならではの魅力を伝えたい」との思いから、観光客に釣りや磯体験を楽しんでもらうエコツアーをスタート。伊勢志摩の自然、グルメ、地元の人々との交流が満喫できるさまざまな企画を実施している。自然環境や歴史文化といった地域資源の魅力を活用しながら、環境保全と地域振興を実現するエコツーリズムを行うことで、新しい観光のかたちをつくっている。

江崎貴久(えざき・きく)
1974年三重県鳥羽市生まれ。京都外国語大学卒業後、エトワール海渡入社。1997年実家の老舗旅館「海月(かいげつ)」を再建するために帰郷し、5代目女将となる。2000年同級生4人で有限会社オズを設立し、「海島遊民(かいとうゆうみん)くらぶ」としてエコツアーの企画・運営をスタート。10年より鳥羽市エコツーリズム推進協議会会長、18年より伊勢志摩国立公園エコツーリズム協議会会長。環境省中央環境審議会自然公園部会、国立公園満喫プロジェクトなどの行政委員も務める。17年総務大臣表彰受賞。三重大学大学院生物資源学研究科在籍。(写真:大槻純一)
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老舗旅館の再建をきっかけに鳥羽の魅力を伝える観光に着手

――「海島遊民くらぶ」が企画するエコツアーは観光客の人気が高く、2009年に環境省の「エコツーリズム大賞」も受賞しています。どんなツアーを行っているのですか。

江崎 伊勢志摩は美しい海、伊勢海老やアワビをはじめとする豊富な海の幸、4つの有人離島と多くの無人島など、自然豊かな地域です。漁師や海女さんが多く、自然の恵みを大切にしながら暮らしてきた歴史があります。「海島遊民くらぶ」では、こうしたさまざまな魅力を楽しめる体験型のエコツアーを行っています。

 例えば、鳥羽湾の無人島に行ってシュノーケリングをしたり、漁師さんと釣りをしたりする「無人島たんけんツアー」、カヤックで無人島に向かう「無人島カヤックツアー」があります。最近、特に人気が高いのは、「鳥羽の台所 つまみ食いウォーキング」。これは鳥羽市内の寿司店や海産物店などを巡って、おいしいものをつまみ食いしながら、店や町の人々と交流するツアーです。海女小屋で海女さんとお話しながら魚介を食べる「海女の国スピリチュアルツアー」、森と海で生物を見学する「ほたる&海ほたる鑑賞とワインを楽しむツアー」も大好評です。

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海島遊民くらぶの人気のエコツアー。(上)(中)無人島カヤックツアーや無人島たんけんツアー。(下)鳥羽の台所 つまみ食いウォーキング(写真提供/海島遊民くらぶ)

最初は「会社でもつくる?」みたいな軽いノリで始めた会社だった

――20年前、東京から鳥羽に戻ってきたそうですね。もともと家業の旅館を継ぐ気持ちはあったのですか。

江崎 実家は明治から続く老舗旅館の海月です。東京で就職したとき、家業を継ぐつもりはまったくありませんでした。両親から倒産寸前だという知らせを聞いて、清算するつもりで帰ったとき、新しく会社を興して引き継ぐ方法もあると父の友人から聞きました。

 大好きな海を見ながら考えているうちに、これは私にしかできない仕事が降ってきたということだ、となんだかラッキーな気持ちになりました。旅館をやったほうが面白いことになるな、と。それで1997年、23歳のときに会社を辞めて地元に戻り、海月の女将になりました。今考えると、当時は知らないことばかりで、度胸があったんでしょうね。

――旅館の女将がエコツアーを始めることになったきっかけは?

江崎 旅館の再建に取り組む中で、鳥羽の観光業のあり方がお客様のニーズとずれているのでは?という思いを持つようになりました。実際、周りの旅館が何軒も廃業していくのを目の当たりにしました。観光客は、鳥羽ならではの素晴らしさを求めているのに、観光業はそれに応えていない。鳥羽の魅力を伝えることが地元を元気にすることになるはずだという思いがだんだん強くなっていきました。

 旅館では修学旅行生の受け入れもしていたのですが、あるとき、大阪の小学校の先生から「子どもたちに釣りをさせたい」とリクエストされました。釣り竿とライフジャケットを用意し、答志(とうし)島で釣りを楽しんでもらったのですが、自分が子どものころに釣りや磯体験で楽しんでいたことを思い出し、こうした鳥羽ならではの体験は、みんなに喜ばれるのではないかとヒントを得ました。

 また、答志島では漁を終えてものすごい勢いで漁場から戻ってくる漁船と遭遇し、活気あふれる漁師たちの姿を初めて目にしました。島ののんびりした雰囲気とのギャップが面白く、とてもワクワクしたんです。こういう漁師の姿こそ、観光客に見せるべきじゃないか、オプショナルツアーみたいにできたらいいのに……と思ったのです。

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(上)無人島にカヤックで渡るツアーも人気だ。(下)カヤック小屋の近くに住む女性と。浜のみんなから「きくちゃん」「きくちゃん」と声をかけられる江崎さん(写真:大槻純一)

――それで有限会社オズを作ったわけですね。

江崎 実は、最初からエコツアーをやる目的があったわけではなく、同級生と4人で「みんなで何かしよう」「会社でもつくる?」みたいな軽いノリで始めた会社でした。いろいろなことを手掛ける中で、釣りや磯体験ツアーを企画・運営するようになっていきました。

地域資源を観光に活用しながら保全する方法を考える

――当初は釣り中心のツアーを行っていたそうですが、どんなきっかけでエコツーリズムを意識するようになったのでしょうか。

江崎 2003年に三重県が無人島ツアーを企画し、私たちに協力を求めてきました。鳥羽の人たちがとても大切にしている島だと知っていましたから、観光客を入れたら環境が荒らされてしまうと思い、いったんは断わったんです。でも、よく考えると、私たちが断ったからといって環境が守られるという保証はない。それならば、私たちが積極的にかかわって、この島を観光資源として上手に活用しながら環境を守っていくやり方を考え、実行したほうがいいと思ったんです。

 そこで、「漁場を傷めない」「環境にやさしい」「島をPRする」「お客様の安全性、快適性を考える」という基本方針を決めました。島に上陸する人数を制限し、磯の生き物とふれあう際のルールも決めました。

――その当時から、エコツーリズムという言葉をご存知だったのですか。

江崎 そのときはまだエコツーリズムという言葉を知りませんでした。それに、観光のために自然を壊さない、というのは当たり前で、特別なこととは考えていませんでしたね。でも、今考えてみると、この無人島ツアーがエコツーリズムを意識するするきっかけになったと思います。観光というのは、地域資源の使い捨てをして、環境保全や地域振興を忘れがちな面もある。これからは、自然の保護と利用を両立させる意識をしっかり持たなければならない時代なのだと気づかされました。

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「かまど」とは海女が休憩する海女小屋のこと。「かまど」で現役海女さんの話を聞きながら食事やおやつを食べる体験ができるツアーも人気だ。(上)相差(おぜご)かまどで海女の皆さんと。海女さんが焼いた海の幸を堪能する。(下)かまどの中(写真:大槻純一)

――無人島ツアーに携わったことは、「海島遊民くらぶ」のフェーズが変わった出来事でもあったわけですね。

江崎 そうですね。エコツーリズムの考えが確立されたことだけではありません。観光立国推進基本法の中に関係機関による連携の確保の重要性に触れた箇所がありますが、無人島ツアーを行うとき、地元の漁師さん、住民、行政など、いろいろな機関、人とかかわり、連携できたことも私たちにとって重要だったと思います。それぞれが「地域資源を守る」というビジョンを共有し、お金のやりとりだけではない信頼関係が構築できたからです。そのおかげで、この無人島ツアーはずっと継続しており、多くの人に楽しんでもらえる企画になっています。

 地域資源は、漁業と観光をつないだり、教育と産業をつないだり、人と人とをつないだりする結び目のようなものだと思います。観光客にウケるものを掘り起こして飛びつくのではなく、地域資源を観光化することによって、どんな結び目ができるか、どんなよい循環が作れるかを意識していくことが大事だと思います。

エコツーリズムが地元の魅力を再発見する機会に

(写真:大槻純一)
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――「海島遊民くらぶ」が企画運営する30種類以上のツアーには、地域のさまざまな人たちがかかわっていますね。エコツーリズムを続けていて、どんな成果がありましたか。

江崎 鳥羽市に菅(すが)島という人口700人ほどの離島があるのですが、ここでは釣りやウォーキングのツアーを行っています。「島の人に挨拶をする」「漁具に触らない」「ガイドより前を歩かない」などのルールを伝えて、主に小学生に参加してもらっています。

 あるとき、「島を訪れる子どもたちはちゃんと挨拶してくれるけど、島の子たちは知らない人に挨拶できるのか」というお母さんたちの声が聞かれ始めたのです。島の子どもたちは知らない人と会う経験が少ないので、他人とのコミュニケーション力が不足しているのでは、という心配は昔からあったようです。そこで小学校の先生と話し合い、子どもたちが島を案内する「島っ子ガイド」を2008年から始めました。

 観光客に島のことを伝えるためには、菅島のことを知らなければなりません。子どもたちは島の歴史や漁業について積極的に調べ、とても詳しくなりました。島の職業ランキングを取り上げたガイドでは「1位は漁師ですが、会社員が増えてきています。漁師が減らないように、みなさんたくさん魚を食べてください。よろしくお願いします」といった内容を盛り込むほど。訪問客にも好評で、コミュニケーション能力はもちろん、学力もアップするという成果がありました。

 大人たちも変わりました。かつては「どうせ、将来は島を出ていくのだから」と親はわが子に島のことをあまり教えずにいたのですが、熱心な子どもたちに促されて、島の歴史や漁業のことを教えるようになり、ここが豊かな場所であること、ここにしかないものがあることに気づき、みんなが島に誇りを持てるようになったのです。子どもたちの頑張りが若い人たちにも波及して、「風の島フーズ」という島の商品を販売する会社もできました。

――島っ子ガイドの活動が、島の魅力を再発見する機会になったのですね。

江崎 最近、うれしいニュースが2つありました。人口減少によって菅島の小学校の廃校が検討されていたのですが、島民たちの運動によってその計画がストップし、しばらく存続することが決まりました。

 もう一つは、島っ子ガイドの卒業生から2人が漁師になり、島に残ったことです。島っ子ガイドを始めてから10年。漁師の道を選ぶ子が出てきたことは本当にうれしい。でも、これがゴールではないので、その道を選んだことを後悔させないように、周りの人間は後押ししなければなりません。

 このほか、かつてはライバル心が強かった各漁港や島同士の風通しがよくなり、のりの加工場を共同で運営するなど、個人で頑張るだけの漁業が、組織で協力して行う経営する漁業へと変化しました。こうした努力が進んで、漁師の収益アップにつながったこともうれしい出来事です。

――地元の人々が元気になったことは素晴らしい成果ですね。観光客に伊勢志摩の魅力を伝えるという面ではどうでしょうか。

江崎 私たち以外にも鳥羽でエコツアーを行う業者がだんだん増えて、今は8~9社ほどになりました。鳥羽には日帰りも含めて年間約400万人の観光客が訪れますが、2017年は鳥羽だけで約5万4000人がこうしたツアーに参加していて、これは年間観光客の約1.3%です。つまり、鳥羽を訪れる観光客の100人に1人は何らかの「体験」をしていることになり、ようやくマーケットができました。若い人が参入するなど、エコツーリズムを新しいビジネスチャンスと捉えたさまざまな動きが見られるようになりました。それは私が最も望んでいたことです。

観光で人々を幸せにする「成幸(せいこう)」を目指す

――2016年5月には、伊勢志摩サミットが行われました。江崎さんたちは外国人客のファムトリップ(訪日外国人を呼び込むため旅行事業者などを対象にした視察ツアー)のお手伝いをされたそうですが、サミットが地域にもたらしたものはありますか。

江崎 私の周りに及ぼした影響として思うのは、何のために観光をするのか、何のために海外のお客様に来ていただくのか、その目的意識が大きく変わったことです。

 伊勢志摩国立公園は区域の96%が民有地であり、「人が暮らし、守っている」ことが特徴です。例えば、森を守るために間伐を行い、間伐材をかつお節を作る際に使ったり、海女さんの体を温める薪にしたりする。漁師は海の資源を守るために、魚の獲り過ぎを防ぎ、環境汚染につながるエサを絶対に使わない。先人たちから学び、受け継がれてきた知恵を伝え、体験してもらうのがエコツーリズムです。

 こうした知恵は、日本各地、世界各地にあるはず。伊勢志摩を訪れた人たちがここの知恵にふれることによって、それぞれの地元にある大切な知恵に気づき、持続可能な社会づくりに役立ててもらいたい。そのためにも、この地での観光をしっかりやりたいと思うようになりました。

元宝石店を海島遊民くらぶの事務局に活用している。小さな子どを連れて働くスタッフもいる。右は米国からのインターン生。有限会社オズの従業員は4人。売り上げは2016年度で3200万円(写真:大槻純一)
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――2018年2月には、伊勢志摩国立公園エコツーリズム推進協議会が発足し、会長に就任しました。鳥羽から伊勢志摩全体へと地域が拡大しましたが、どんなビジョンをお持ちですか。

江崎 現在、伊勢志摩全体で体験型エコツアーの参加者は観光客の1%くらいだと思いますが、これを5%まで引き上げていきたい。ここまで広がれば、たとえば禁漁時に伊勢海老を食べることはしない、など地元への理解がより深まると思うからです。

 協議会は観光事業者や行政のほか、漁協、農協も参加していますので、共に活動できる人が増えたことをうれしく思っています。たくさんの人と連携して、お客様にまた訪れたいと思ってもらえる地域をつくることが伊勢志摩のエコツーリズムの広がりにつながる。環境保全のためにも、地域振興のためにも、観光で人の幸せを成す「成幸(せいこう)」を目指していきます。

――エコツーリズムを行いたいと考える自治体はたくさんあります。成功のために必要なこと、アドバイスがあれば教えてください。

江崎 行政がやったらめっちゃいい!と思うアイデアを出してほしい。行政こそ、アイデアが重要だと思います。一艘一艘の船を造るのが民間事業者だとすれば、港づくりや船を動かす風が吹くよう仕向けるのが行政のすべきこと。面白いことをどんどん考えて実行してもらえたらと思います。

――さて、江崎さんが故郷に戻るきっかけとなった旅館の経営危機は改善されましたか。

江崎 改善や再建とはなかなか言えませんが、ずっと長く続けていくしかないかなと思っています。そのために大きな投資はせず、アイデアで取り組んできました。みんなのお母さんをイメージした小さな宿に変えたのです。それに伴い、泊食分離にし、地域で食事をすることも積極的に進めました。そして町や地域と共にお客様を受け入れるスタイルを20年前に確立しました。お料理も都会にあるような懐石料理ではなく、海月でこれを食べたと記憶に残るような食事に変えました。 外国人観光客には、今、地元民との触れ合い、日本のお母さんとの触れ合いを求める方々も多いんです。こうした雰囲気を求めるお客様をターゲットにすることで、宿に無理がなくなりました。

 海島遊民くらぶそのものと旅館の集客とは直接関係がありませんが、私自身の地域の知識やネットワークが増えたことで、お客様への地元の特別感を演出できていると思います。間接的ではありますが、そうしたソーシャルキャピタルこそが、経営資源であり、今の私の支えになっています。

実家は明治から続く老舗旅館。23歳で女将を継いだ(写真:大槻純一)
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取材を終えて

江崎さんと鳥羽市内をいろいろ取材に回りました。会う人、会う人から、江崎さんには「きくちゃん」「きくちゃん」と声がかかります。エコツーリズムをこの地に根付かせ、新たな観光のかたちをつくった女性リーダーへの地元の皆さんの厚い信頼、そしてたくさんの愛情を感じます。「島っ子ガイド」を初めて10年、そのガイドの卒業生から2人が漁師になり島に残ったそうです。「どうせ子どもは島を出ていくから」と島のことを教えずにいた親たちが子どもたちに促されて変わり、そして子どもたちの将来に「漁師として島に残る」という選択肢が生まれたのです。これもエコツーリズムが起こした変化のひとつでしょう。今年から伊勢志摩エリア全体のエコツーリズムをリードする立場になりました。その手腕に大きな期待が集まっています。

麓幸子(ふもと・さちこ)
日経BP総研 フェロー
麓幸子(ふもと・さちこ) 麓幸子(ふもと・さちこ) 1984年筑波大学卒業。同年日経BP社入社。88年日経ウーマンの創刊メンバーとなる。06年日経ウーマン編集長。12年ビズライフ局長。日経ウーマン、日経ヘルスなど3媒体の発行人となる。14年日経BPヒット総合研究所長・執行役員。15年日経BP総合研究所副所長。16年執行役員。18年現職。2014年法政大学大学院経営学研究科修士課程修了。文部科学省、内閣府、林野庁、経団連・21世紀政策研究所研究委員などを歴任。筑波大学非常勤講師。一男一女の母。著書等に『女性活躍の教科書』『なぜ、あの会社は女性管理職が順調に増えているのか』(日経BP社)、『企業力を高める―女性の活躍推進と働き方改革』(共著、経団連出版)、『就活生の親が今、知っておくべきこと』(日本経済新聞出版社)などがある。

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