かつて日本を代表する観光地だった静岡県熱海市。人口は1965年の約5万4500人をピークに減少し続け、2019年1月現在の人口は約3万7000人に。主幹産業である観光業も衰退し、1969年に約530万人だった宿泊客数は、2011年には247万人にまで落ち込んだ。しかし、4年後の2015年には約308万人にまで回復させている。この「熱海の奇跡」とも呼ばれるV字回復の背景には、行政や経済・観光団体、市民に共有された「危機感」があった。

2006年末に「財政危機宣言」、まずは流れる血を止めた

齊藤栄熱海市長(写真/稲垣 純也)
[画像のクリックで拡大表示]

 2006年の熱海市長選挙は、4選を目指した現職市長を抑えて、熱海市とほとんど縁のない東京都出身の齊藤栄が選ばれた。とにかくチェンジが必要だという、当時の熱海市民の強い危機感の表れと言えるだろう。

 齊藤市長が初当選した2006年末、市の貯金とも言える一般会計の基金残高の約12.6億円に対して、公営企業会計の不良債務残高は約40.9億円に達していた。市長は就任直後の2006年12月、「熱海市財政危機宣言」を発表。2007年度から2011年度の5年間で財政健全化を図る「行財政改革プラン」をスタートした。市庁舎の建て替え工事を初めとする大型公共事業の見直し、市職員の人件費削減、バス券購入助成など福祉事業の廃止、水道料金の値上げなど、どの分野も漏らさずコストの見直しを行った。

 5年間の行財政改革の結果、2011年末には、2006年末に比べて、一般会計の基金残高は約16.6億円増加して29.3億円となった。また、公営企業会計の不良債務残高は、約24.1億円マイナスの約16.8億円にまで減少した。

「熱海市財政危機宣言」の翌月、2007年1月の広報誌で示された財政再建策(資料:熱海市)
[画像のクリックで拡大表示]

 そして翌2012年、市は「新生(リニューアル)熱海」を掲げる。5年間を費やして財政基盤を整え、いよいよ観光都市復活に向けた様々な公民連携の取り組みが始まった。

シティ・プロモーションとリノベーションまちづくり

 観光都市復活に向けた取り組みには、大きく2つの流れがある。一つは市が主導して展開したもの(取り組みの概要は市長インタビュー参照)。熱海市では、インフラ整備に加え、民間を巻き込んだ地元産品のブランド化、シティプロモーションなどを推進していった。

 中でも2013年から3年間、JTB中部と展開した観光ブランド・プロモーション「意外と熱海」は大きな話題となった。2016年からは3カ年の観光プロモーション「やっぱり熱海」へと引き継がれ、2018年まで3年連続で市の年間宿泊数が300万人を超えるという結果を残した(その経緯については、熱海市 齊藤栄市長インタビューで詳しく紹介している)。

machimoriの代表取締役でNPO法人atamistaの代表理事でもある市来広一郎氏。2011年から熱海でリノベーションまちづくりに取り組んでいる(写真/稲垣 純也)
[画像のクリックで拡大表示]

 観光都市復活に向けたもう一つの流れが、地元の民間主導で進んだ「リノベーションまちづくり」だ。リノベ—ションまちづくりとは、空き家や空き店舗などの遊休不動産をリノベーションで再生し、そこに新たなビジネスや移住者を誘致することで、寂れたエリアの再活性化や、移住の促進、雇用の創出など、そのエリアの地域課題の解決につなげる手法で、近年、日本各地の自治体で取り組みが活発化している。シティプロモーションが宿泊客数の回復を目指した取り組みだったのに対して、こちらは人口減少を見据えた観光業の、ボトムアップでの環境整備の取り組みといえる。

 2010年設立のNPO法人atamistaの代表理事であり、2011年の設立当初からリノベーションまちづくりに取り組んできた株式会社machimoriの代表取締役でもある市来広一郎氏も、生まれ育った熱海市の衰退に危機感を覚えて、2007年、東京からUターンして、熱海の再生に取り組んできた。市来氏は言う。

 「2016年3月の議会で、齊藤市長が『熱海の再生はリノベーションまちづくりでいきたい』という主旨の発言をして、行政も動き出し、創業支援やリノベーションまちづくりを政策として本格的に取り組み始めてくれました」(市来氏)

JR熱海駅から徒歩15分の中心市街地にある200mほどの老舗商店街「熱海銀座」。2011年には30店舗のうち10店舗が空いていた“シャッター商店街”だったが、市来氏らのリノベーションまちづくりの取り組みにより、空きは2店舗(2019年3月22日現在)を残すのみにまで再生した(写真:佐保 圭)
[画像のクリックで拡大表示]