インドネシアに本格進出、気仙沼との文化的な交流も

 菅原工業で技能実習生を受け入れ、3年間の実習期間が終わったら、インドネシアの支社に勤めてもらう。復興特需がなくなったあとは、海外展開で外貨を稼ぐ――。そんな事業構想を菅原氏は考えていた。

 菅原氏は経営未来塾で着想を得た構想を構想だけに止めず、卒塾前に、すぐにインドネシアを訪れて事業化に踏み込んだ。当初は、進出している大手ゼネコンの下請けとして建設業を展開することを考えていたが、調べてみると建設業はインドネシアの外資規制の壁があることが分かり、断念。代わりにインドネシアにはないリサイクルアスファルトの製造・施工をビジネスにすることにした。

リサイクルアスファルトの事業化のために毎月、インドネシアを往復するという菅原氏。日本語を学びたいインドネシア人のための教室も準備中だ(写真提供:菅原工業)
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 インドネシアは、輸入アスファルトは高価なうえ、補修するたびにアスファルトが積み上げられ、歩道との段差ができる、といった問題を抱えていた。そこで菅原工業では、2017年、日本で普及するリサイクルアスファルトの工場を現地カラワンに建設。現地のアスファルト舗装会社と合弁会社も設立し、自社で受け入れていた技能実習生を従業員として雇った。2018年からは試験的にリサイクルアスファルトを出荷。国道や州道の舗装工事に採用され、年内にもインドネシアでの工業規格の取得を目指している。

 「経営未来塾では、菅原工業が気仙沼市にある存在意義や自分がここにいる意味について随分問われた」と菅原氏。「自分の想い、会社の方向性、未来の姿が一致しないといけないことや、今後10年、20年どうやって進んでいくべきかを教えてもらった。さらに、メンターとなったトーマツ、講師陣として日本政策投資銀行やマッキンゼー、博報堂などのスペシャリストの人たちが、私の構想を肉付けしていってくれた。今のビジネスの原点は未来塾にある。わずか半年だったが、5年、10年にも思えるような気づきの多い、密度が濃いものだった」と菅原氏は振り返る。

 事業マインドが広がった菅原氏は、畑作業の働き手を求めていた藍染工房「インディゴ気仙沼」をグループ会社化して、建設業で働く社員の定年後の働き口として活用している。また、礼拝所を併設するインドネシア料理店を4月に気仙沼でオープンさせるなど、インドネシアと気仙沼の文化的な交流にまで乗り出している。

藍染工房「インディゴ気仙沼」のWEBショップ。道路工事の会社がアパレル産業にも進出。「業種の壁を越えて事業を拡大し、行く行くは、各社に社長を立てて任せたい」という菅原氏。事業ともに人づくりにも力を入れる

 そのほか、菅原氏が力を入れているのが、中学校での出前授業だ。「気仙沼には仕事があることを知ってもらって、将来Uターンしてもらえれば」と菅原氏。

 「我が社のカンパニースローガンの一つが『このまちをつくる』。まちが活性化していけば自分たちの仕事も増える。気仙沼とともに成長していきたい」(菅原氏)