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公園が変わる! 街が変わる!

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第1回 日本の都市公園には、もともと民間経営施設が立地していた

ランドスケープ経営研究会(LBA)【2018.4.11】

2017年6月に、都市公園法、都市緑地法、生産緑地法等の一部を改正する法律が制定・施行され、これまでにも増して公園に民間活力を導入しやすくなりました。公園のみならず、緑地や都市農地においても、民間セクターの活動・活躍により、良好な都市環境の維持・保全、活力の創出などを促進する仕組みの導入が進んでいます。

この連載では、民間の力を利用した、都市のオープンスペースのサステナブルな空間利用について考えていきます。まずは4回に分けて、今回の法改正の背景や内容について解説していきます。

料亭や茶屋、旅館があった場所が、明治時代に「公園」になった

 近代都市公園制度は、1873年(明治6年)の太政官布達に端を発しています。「公園」という言葉、概念すらなかった明治維新直後のことです。

写真1●日比谷松本楼本店
この建物は3代目となる。日比谷公園がオープンした1903年(明治36年)に同公園内に開業し、今も人気のレストランだ(日経BP総研)
[画像のクリックで拡大表示]

 当時は、都市に様々な効用を発揮するために必要な公共施設として、オープンスペースを税金で設置し維持・管理するという考え方はありませんでした。もともと群集遊観の場所だった空間を、「公園」として指定していったのです。このため、大阪の浜寺公園や奈良の奈良公園などのように、公園内に料亭や茶屋、旅館などが存在したという記録は少なくありません。その後、東京市区改正事業で1903年(明治36年)に誕生した日比谷公園においても、公園が誕生した当初から、レストラン「日比谷松本楼」(写真1)などの民間商業施設が存在していました。

 太政官布達当時、「公共施設としての公園」という概念が存在していなかったわけですから、明治新政府の府県の中には、公園の維持・管理予算など想定すらしていなかったケースもあったようです。実際、民間施設との連携によって維持・管理費を生み出していた公園もあります。例えば、当時の東京府では、上野公園の中の料亭や浅草公園の茶屋、貸借に付された土地などの土地使用料・賃借料等の収入を、公園の維持・管理のためだけでなく、その後の新規の整備(公務員の人件費も含む)にまでも充当していました。税金を使わない公園経営が、第二次世界大戦前まで行われていたのです。

 このように、公園内に飲食物販の施設が存在する事例が全国で多く見られたこともあり、1956年に制定された都市公園法には、公園管理者の許可を受ければ、公園管理者以外の者が公園施設を設置できる「設置管理許可制度」が設けられたのです。

 だたし、当初は、公園施設を設置できるのは「自ら設け、又は管理することが不適当又は困難であると認められるもの」に限定されていました。つまり、地方公共団体以外による公園への施設設置は消極的に解されていたといえます。

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