民間の力を利用した、公園など都市のオープンスペースのサステナブルな空間利用について考えていくシリーズ「公園が変わる! 街が変わる!」。第9回と第10回は、米国ニューヨーク市公園局に勤務する島田智里氏が、公民連携による公園管理の取り組みをリポートします。その特徴は、自ら収益を上げる多様なプレーヤーと協力しながら公園を運営していることです。第9回は、その代表例である「戦略的パートナーシップ」について解説します。
ニューヨーク市(以下、NY市)は、米国北東部にある人口約850万人からなる米国最大の都市です。ブロンクス、マンハッタン、ブルックリン、クィーンズ、スタテンアイランドの5行政区から成り、筆者が所属するNY市公園局はこれら5区のうちの陸地面積1万1600ヘクタール。市の約14%を管轄していることになります。そのうち3分の1は自然エリアで、3分の2がレクリエーションの空間になっており、コミュニティガーデン、ビーチ、レクリエーションセンターなどの公園施設を含めると5000以上を所有しています。市内には従来型の都市公園だけでなく、沿岸エリアを活用したり、既存のインフラを整備し直すことで公園利用につなげたり、公園内で様々なプログラムを充実させたりと、NY市独自の公園運営が行われています。
治安の悪かった公園が市民の憩いの場となるまで
NY市の公園を語るにあたり、忘れてはいけないのがここに至るまでの経緯です。現在は卓越した国際都市のイメージのNY市も、1980年代は治安の悪さから犯罪都市として知られていました。公園も安全な市民の憩いの場とは言えない状況でした。
民間が公園での事業収益を上げながら再生したことで注目度の高いブライアント・パーク(関連記事)も、その頃は「注射針の公園」(Needle Park)というあだ名がつけられ、ドラッグ中毒者やホームレスであふれ、日が暮れると近づかないのが一般の認識という公園でした。NY市公園局も当時は財政危機に直面し、日々の維持管理に窮していたほどです。
そのような状況から、NY市内の公園はどのようにして現在のような憩いの場になっていったのでしょうか。大きな要因の一つとして、公民連携による公園管理があります。
市と民間との協働を可能にしているのが、NY市公園局のパートナーシップ( Partnership)です。パートナーシップは公民連携のひとつの形態で、協力関係にある団体は規模や活動内容により異なりますが、いかなる団体も公園内での活動にはNY市公園局の規定に従う必要があります。ここでは、その代表的な制度について解説していきます。
市民や民間から始まった公共空間の改善
様々なパートナーシップの制度を理解するために、その制度が生まれた経緯を少し解説したいと思います。
1980年代、治安が悪い状況が続く中、公園を安全に使いたいという市民の要望が高まりました。1990年代に入ると、当時の市長ルドルフ・ジュリアーニ氏は犯罪の撲滅に尽力し、市全体で徹底的な街の再活性化に取り組みました。NY市公園局も長年放置されていた空き地の対応や公園の維持管理に努める中、公園改善を求める市民による地域グループが形成されます。後に組織となり、非営利団体(NPO)のコンサーバンシー(Conservancy)が誕生しました。その最初の例が現在セントラルパークを運営するセントラルパーク・コンサーバンシー(Central Park Conservancy、CPC)です。
コンサーバンシーの多くは民間の申請により発足し、特定の公園運営を目的に、市から毎年管理委託費を受け取り、資金集め、企業や市民からの寄付、公園内での飲食店やプログラムによる収入などを得て公園運営を行う団体です。そして、これらの団体は公園局と連携して活動します。しかし、全てのコンサーバンシーの活動内容が同じとは限りません。CPCは自ら収入の75%を賄い、専門のガーデナーや清掃員などを含めて350人以上を雇用するNPOです。一方で、全員がボランティアで公園のプログラムのみを行う団体もあり、その契約形態はそれぞれの団体がもつ裁量や目的により多種多様です。
1990年代になるとBID(Business Improvement District )組織によるエリアマネジメントや、修復事業(Restoration Project)を手掛けたり、商業活動の斡旋・振興や地域の環境向上に努めたりするNPOが目立ってきます。公共空間の改善に、さらに民間が立ち上がったのです。
BID組織は一般的に、一定エリアの商業活動の斡旋・振興活動を行うNPOであり、公園の運営に特化しているわけではありませんが、中にはブライアント・パーク・コーポレーションのように公園管理も行うNPOもあります。BID組織はNY市の中小企業局(NYC Department of Small Business)と契約を交わし成立しますが、公園も管理する団体は公園局とも別に契約を交わします。現在多数あるこれらの団体は、必要に応じて市民や民間によって形成されたもので行政はその形成に関与しておらず、各々の団体で管轄エリア、規模、裁量が異なります。
戦略的パートナーシップの役割
BIDやコンサーバンシーなどといった協力団体のうち、NY市公園局と公式なライセンス(License)を取得、または合意覚書(Memoranda of Understanding and Similar Agreements、MOU)の関係で公園を運営するのが「戦略的パートナーシップ」です。
一般的に10年契約(5年ごとの更新可能)のライセンスを取得し、日々の管理運営から、スタッフの雇用、資金集め、プログラム策定・実施まで包括的に行う団体が現在20あります。ライセンスには幅広い内容で多くの責務が組み込まれており、その基準も非常に高く、取得が難しいと言われています。2018年の報告では、これらの団体による民間投資額は、管理維持費に68億2000万円(1ドル=110円換算、以下同様)、資本金に34億1000万円、プログラムに35億2000万円となっています。
ライセンスの取得が困難な場合、または包括的な公園の管理運営を目的としない場合、MOUの下で特定のプログラムや活動をNY市公園局と行う団体も多数あります。MOUとは、行政機関などの組織間の合意事項を記した文書で、法的拘束力はありません。一般的に、MOUでも規模が大きくなるとライセンスが必要になり、必要に応じてカスタマイズされた個別の内容が契約書に含まれます。以下は戦略的パートナーシップの一例です。
●特定の公園を対象とするコンサーバンシーなどのNPOの例
- ・年間4000万人以上の訪問者があるセントラルパークを管理運営するCPC
- ・マンハッタン南端の10ヘクタールの沿岸にあるバッテリーパークを管理するBattery Park City Conservancy
- ・高架線路の再開発でできた空中緑道、ハイラインを運営するFriends of High Line
●BID組織の例
- ・ブライアント・パーク近郊およびブライアント・パークを管轄するNPOのBryant Park Corporation
- ・ポート・オーソリティ管轄のバスターミナルを含むハドソンヤード近郊エリアを管轄する NPOのHudson Yards/Hell's Kitchen Alliance BID
●市全域で特定の活動をするNPOの例
- ・市全域で緑化空間改善や植樹など公園修復事業を行うNPOのNY Restoration Project
- ・市全域の公園で環境教育や公共アート、フィットネスなど様々な公園プログラムを運営するNPOのCity Park Foundation
●地域コミュニティ団体の例
- ・マンハッタンのロウワー・イースト・サイドにあるコミュニティベースの環境団体であるLower East Side Ecological Center
●上記以外で公園内にある公共施設の運営団体
- ・文化施設、歴史施設、動物園、植物園、環境センター、水族館など
全ての戦略的パートナー団体は、公園内の遊具設備、ベンチ、トイレなどを含むインフラ整備、公園のデザイン変更や樹木の除去など、日常的な維持管理業務を超える活動は全てNY市公園局の事前許可が必要です。一方で、こうした活動を実施する団体は、公園施設を利用して資金を集め、各自のボランティア活動、公園利用者数や植生などのデータ収集、公園管理に必要な訓練の実施や公園内の資源の利用が可能です。場合によってはNY市公園局の所有地にオフィスの設置もできます。
NY市公園局ではライセンスを持つ公園管理運営団体のために、法や規制を取り扱う専門部署があります。それとは別に、「Park Administrator」と呼ばれる特定エリアの公園管理責任者(公園局職員)が地域団体を直接管理することがあります。最近では、多くのNPOにとって様々な業務を包括したライセンスの取得は難しいため、公園局ではMOUより拘束力があり、一般的なライセンスの基準より簡易で、特定の活動に限定した新しいタイプのライセンスの導入を検討するなど、これまで以上に多くの団体にパートナーシップの可能性が広がるよう努めています。
Landscape and Business Development Association, Japan
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