(2)前提II・「専門性」の概念と「リスク対応」の在り方

 新型コロナ現象から学ぶ公園の在り方について話を進める前に、断っておきたいことがある。これまで何回も使っている「専門性」や「専門家」に相対する概念を表す適当な言葉が見つからず、困っているということだ。

 私が想定する「専門性」「専門家」は、「素人」や「アマチュア」の対義ではない。相対する概念として近いイメージの言葉を並べると、「大衆」「社会」「常識」「一般」などであり、これらの概念の複合語が欲しいのだが、本論を進めるため「社会」という言葉で代替させるということをお断りしておく。「素人」や「アマチュア」の対義の「専門性」「専門家」は、おそらく常に「真理」や「正しさ」と一体で存在するが、これから展開するロジックにおいては、「真理」や「正しさ」は、ほぼ「社会」の中(側)に存在する。つまり「専門性」「専門家」は永遠に「真理」や「正しさ」と一体化しない。継続的な努力により、「真理」や「正しさ」に近づこうとしなければならない。

 さて、新型コロナ現象である。新型コロナ現象から「専門性、専門家のリスク対峙の仕方」を学び、最終的に「これからの公園の在り方」へとたどり着きたい。

 新型コロナ現象の中で、私たち社会の一般人(専門性のない人たち)は、コロナの持つ本質的なリスクに関する情報を十分に与えられることなく、「3密を避ける」ことが早い段階で求められた。「換気の悪い密閉空間」「多数が集まる密集場所」「間近で会話や発声をする密接場面」を避けることが求められ、抽象的な「3つの密」では社会万人向けの行動規範となり得ないので、追っかけ「人との接触を8割減らす、10のポイント」が「専門家会議」の「会見という形」で示された。

新型コロナウイルス感染症専門家会議が2020年4月22日に示した「人との接触を8割減らす、10のポイント」(資料:厚生労働省)
[画像のクリックで拡大表示]

 こうした流れとともに、「新型コロナ特措法(新型インフルエンザ等対策特別措置法)に基づく緊急事態宣言」の発令を受け、(1)不要不急の外出の自粛、(2)学校や保育所、興行場などの使用の停止、(3)大勢の人が集まる催しものの開催制限――などについて、都道府県知事による要請がなされている。

 具体的な対策(要請内容)は行政の判断の結果であり、それが経済的リスクを伴うものであっても、感染症のリスクが不明であるから、社会の一般人は受け入れざるを得ない。

 しかし、「感染症のリスク」と、トレードオフの関係にある「(感染症対策の結果発生する)経済的なリスク」のどちらもが、社会に向かってきちんと説明されていないという状況下で、新型コロナ対策が大がかりなものであればあるほど個人の経済的な損失が大きくなる。さらに根本的なリスクの回避の目途が不明であるから、いつまで続くか分からないというエンドレスの不安を生み出す、という構図となっている。

 さて、新型コロナ現象の中で、公園という分野はどういう立ち位置なのか。公園の専門性は、感染症学とは無縁、もしくは縁が薄い。感染症の知見はない、あるいは少ない。

 では、どのように立ち回るべきか。感染症の専門性から提供されるリスクに係る情報を勘案したうえで行政によって決定される総合的な対策(注)の中に、公園の特性を踏まえた的確な具体的措置を盛り込み、総合的な対策を講ずるべき一員として、期待される役割を確実に果たす――。公園の専門家の役割は、これに尽きるのである。

注)新型コロナウイルス感染症対策を進めていくプロセスにおいて、専門家会議が会見という形で提言を発表(4月22日)したこと、そして、専門家会議に座長の求めに応じて出席していた学識者(厚生労働省クラスター対策班に所属)が、単独で、「人と人の接触を8割減らさないと、日本で約42万人が新型コロナウイルスで死亡する」旨の分析を、これも会見という形で公表したことは、本来あってはならないことであると筆者は考える。