(4)新型コロナ現象下での公園の対応策:「3つの密」の回避が原点

 新型コロナ現象の下、公園の世界ではどういうことが話題になっていたか。

 2月下旬から3月の頭に「3つの密」の回避の必要性が言われて、具体的なクラスターとして大型客船やライブハウスが大きく取り上げられ、人が室内で集まる状態が良くないと認識され、同時期に学校の一斉休業の方針が出されて実施された。そんな中で、公園で遊ぶ、公園で過ごす人が増えた。この時、公園の関係者の間で散見された意見は、「公園がにぎわっていて、やっぱり公園ってすばらしい」「公園は心身の健康を保証する」という認識をベースとしていた。

 こうした希望的な意見は否定されないであろうが、「3つの密」の回避に照らせば、いずれ問題になることは容易に想定され、ユーザーからの意見ならまだしも、こうした発言が専門家同士の中で交わされていたとしたら、公園分野の専門性に疑問を持たれても仕方ない。

 それだけではない。後述するが、こうした外部要因により引き起こされる公園への需要、必要論への依存は、公園の本質的な社会価値の向上につながらない。「樹木は二酸化炭素の吸収固定源になる。だから公園を増やすべきである」という論理ではダメなのである。「二酸化炭素の吸収固定源」というのは事実ではあるが、そうしたパッシブな価値づけは、気候変動への実効性(経済合理性)に係る情報提供を待つまでもなく、ユーザーに選択されない。ユーザーの支払い意思額が積み上がらない、と言っても良い。ユーザーは価値の本質を見抜いている。公園が有するもっとアクティブな価値をユーザーは求めている。

 「公園は役に立っている」などと主張する間もなく、花見の時期が訪れ、公園管理者は「3つの密」を回避するための手立てに追われることになる。3月20日、私は所用があって、東京都の上野公園を訪れた。すでに桜は咲き始めており、取られていた措置は、座ったスタイルの花見の回避、であった。

2020年3月20日に撮影した上野公園の様子。「3つの密」を防ぎつつ、飲食を伴わない花見を楽しめるような工夫がなされていた(写真:町田 誠)
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 緑(植物)を基調とするオープンスペースである公園にとって、花見を楽しむというのは間違いなく積極的に打ち出すべきアクティブな価値である。毎年レジャーシートが敷かれる場所にロープが張られて、縁石に座る利用者がいたとしても、ほとんどの来訪者は園路を歩きながら桜が咲き始めている空間を通過して楽しむことができる環境がつくり出されていた。公園の管理者としてもできるだけ花見の時期の利用者のアクティビティーを実現させてあげたい、という気持ちが伝わってきて、「飲食を伴わない花見」は公園の専門家として要領を得た実効性のある対応であった。

 しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大によって、ほぼ1週間後、そうした対応だけでは許されない社会的状況が形成され、花見エリアの全面閉鎖の措置が取られたのである。これもまた致し方ないことである。少しの期間であっても、上野公園のさくら通りを歩く時間をつくり出した管理者の努力は評価されるべきである。

 その後、どうしても人が集まってしまうということから、見ごろを迎える花の刈り取りや遊具の使用を制限する立ち入り禁止テープの設置が進められている。これもまた致し方ないことであり、社会的な要請に応えるための措置である。感染の拡大にはそれほど影響を及ぼさないのではないか、学校に行けない子供達に元気いっぱい遊んでもらいたい、という気持ちを抑えて淡々と責任を果たすべき局面である。

 すべては「3つの密」の回避が原点である。「3つの密」をベースとして、社会で起きている様々な感染被害の実態に係る情報を勘案しながら、公園の特性を熟知している公園の専門家としての行動規範を導き出せば次のようになる。

新型コロナウイルス感染症とトレードオフになる公園の不利用を巡るリスクがあるとすれば何か。その1つは、家に閉じこもり体を動かさなくなることにより引き起こされる健康上の疾患(血栓ができることによるいわゆるエコノミー症候群など)と、閉じこもることに伴うストレスの増加による心身への影響(不調)ということになる。公園の専門家はこれらのリスクの大きさを数値で表すことができないが、少なくとも、こうしたことがあり得るということを前提に、可能な限り、公園を利用可能な状態に置くことを目標に自らの行動規範の在り方を探る必要がある。

 日々の報道からうかがい知ることができることは、

  • 感染は、接触感染と飛沫感染が主体であり、感染率は驚くほど高くない(空気感染はしない)のではないか(空気感染・エアロゾル感染の差異も明確でなく、検査件数も不明ではあるが)
  • 重症化率、致死率も、高齢者や基礎疾患のある場合を除き、それほど高くないのではないか
  • (しかし、)罹患して重症化したら容易に治すことができないようである

 といったことである。そして、「3つの密」の回避が求められるわけであるが、オープンエアであり換気の心配がない公園に照らした場合の感染の機会を減らすための検討フローは、以下の通りとなる。

  • 空気感染(エアロゾル?) ⇨ 換気の徹底 ⇨ 公園では不要
  • 接触感染 ⇨ 手に触れる公園施設の消毒 ⇨ 公園管理者による作業(現実的には大変)
         ⇨ 施設利用後の手の消毒(徹底できない)
  • 飛沫感染 ⇨ 集団による利用を避ける ⇨ 注意喚起(大人には一定の効果、子供の制御は困難)
         ⇨ マスクの着用 ⇨ 注意喚起(大人には一定の効果、子供の制御は困難)

 公園における接触感染対策の中で課題となるのが遊具である。うかがい知り得る限り、感染率もそれほど高くなく(ここは誤解の恐れがあり、感染者数の実態に係る情報が必要)、子供の重症化率は低いようなので、元気な子供たちであるならば遊具の使用は認めても良いのではないか、という考え方もあり得る。ただし、子供が高齢者などに接触する可能性を払しょくすることはできないので、施設の消毒、利用後の子供の手の消毒、マスクの着用など、実効性の高い措置が確実に講じられないのであれば、子供の感染の機会を減らすため、遊具の利用は停止すべきである。しかし、もし実効性の高い措置を講じることが可能なのであれば、全力で対策を講じたうえで、遊具の利用を継続すべきである。

 今回の新型コロナ現象の中で、都市公園とオープンスペース・レクリエーション活動に関する国際的な非営利組織「世界都市公園会議(WUP:World Urban Parks)」の会長から、「国の指示やガイドラインが最優先であり、地域によって事情が異なることを理解し、指示を順守することを前提に、物理的な距離をとりつつ公園緑地を利用することについて」という声明が出されている。公園の世界に身を置く人間であれば内容は既に理解されていると思う。端的に言えば、「公園という社会資本の特性・大きな社会的効用を踏まえて、新型コロナ現象の下にあっても、その効用をできる限り発現できるよう、専門性を発揮して、具体的対応策の決定にもコミットして、公園の利用を促すために責任を果たそう」ということである。一言で言えば、負えないリスクがあることも理解した上で、最大の努力をもって実施可能なことはする、ということだ。

 また、天然資源や環境を損なわない経済成長を達成するために活動している政策センター「世界資源研究所(World Resources Institute)」(米国ワシントンDCに所在)が公開した記事「新型コロナウイルス感染拡大により今後の都市計画に求められる5つの視座」の中には、ロックダウンの中で公園が求められたこと、より広いオープンスペースを都市構造に組み込むことが災害時などにおいても有効であることなどが述べられている。

 公園関係者としては、こうしたことをエールとして、また、新型コロナ現象の中で新たに積まれる経験と知見を貴重な財産として、どのような緊急時においても、少しでも大きな社会的効用を発揮し続ける公園の姿と適正な管理を可能にする方策を模索し、着実に実行していくべきである。