(2)異なる事業間の相乗効果で価値を高める
――流山グリーンチェーン認定制度(千葉県流山市)
「まちなか緑化」プログラムは、企業とは異なる立ち位置で、企業任せでは生まれてこない環境価値を創造するための自治体サイド(東京都公園協会)の取り組みでした。次に、それとは全く逆に、徹底して企業との連携を図ることで住宅地としてのエリア価値を高める方策をご紹介したいと思います。それは、千葉県流山市の取り組みです。
東京都の都心から20~30km圏内にあり東京への通勤率が33.5%という流山市は、東京のベッドタウンとしての性質が強い郊外都市です(2015年国勢調査より)。
流山市の人口は現在約20万人弱で、年4000人から5000人程度のペースで増加しており、人口増加率は千葉県の自治体で6年連続1位をキープしています(住民基本台帳より)。また、ベッドタウンとして人気の高いつくばエクスプレス沿線都市の中でも特に流山市の不動産価格が高騰し続けており、住みたい街としてのブランドを確立させた自治体として注目されています。
こうした成果を上げた大きな要因は、庁内にマーケティング課を置き、流山市の「イメージ戦略を練る」ことでした。現在5人がマーケティング課に属し、「住み続ける価値」と街のブランド力を高めることをミッションとして活動しています。そのマーケティング戦略の柱の1つが、「都心から一番近い森のまち」というキャッチコピーを冠した「流山グリーンチェーン戦略」というイメージアピールと、それを具現化させる具体的な施策でした。その具体策として展開されたのが「流山グリーンチェーン認定制度」です。
この認定制度は、企業が主導する開発案件を対象に、共通の指標に基づいて緑化基準を満たしたものに対して市が認定証を出すというものです。認定を受けた物件は資産価値が高まり、中古物件でも高く売れるという効果が生まれ、東京大学による調査では、グリーンチェーン認定を受けたマンションは、認定を受けていないマンションよりも一戸あたり約494万円も高いという結果が報告されています。
企業側にとっては資産価値の高い物件であることのアピールにつながることが魅力となり、2006年から始まったこの制度の認定物件数は年々増え続け、戸建て・集合住宅・商業施設を合わせ、2019年5月時点で298件、約6700戸という実績となっています。
このように、開発事業者に対して規制を強いるという方法ではなく、また、望ましい取り組みを促進するための助成金を出すという方法でもなく、この方策は企業にとってのマーケティング活動として、企業の自主的な取組みを促している点がユニークな点です。
流山市で工夫された認定基準は下表のような7つの指標によって構成されています。「接道面に一定の高さの木を一定間隔以内で植樹すること」「道路表面の温度上昇や放射熱の抑制」「住宅敷地間の通風確保」「地球温暖化の原因となるCO2排出の抑制効果」などですが、個々の事業が同じ指標の同じ基準を満たすように実施されることによって、街中に緑の連鎖(グリーンチェーン)が生まれるように工夫していることが特徴です。つまり、この7つの指標は各事業ごとに独立した成果を生み出すだけでなく、異なる事業の間で相乗効果を生み出し、街全体の環境価値を引き上げ、結果として各事業者にとっての不動産価値の訴求力を高めることにつながっているのです。
指標 1 道路表面の温度上昇抑制
接道部に高木を植えることにより道路表面に樹木による影をつくり、道路表面の温度が上がるのを抑制する
指標 2 敷地間通風の確保
敷地の境界を風が通るもの(生垣等)にすることで、敷地内の風通しを良くする
指標 3 道路面からの放射熱侵入抑制
道路と敷地の境界に生垣状の植栽をつくり、道路からの放射熱が敷地内に入るのを抑制する
指標 4 敷地内地表面及び建物外壁の温度上昇抑制
敷地内の緑化により、敷地内の地表面の温度の上昇を抑制する
指標 5 排熱とCO2排出の抑制
省エネ型の設備機器を設置することで、CO2の排出を抑制すると共に機器からの排熱も抑制し、ヒートアイランド現象の緩和を図る
指標 6 住戸断熱性能の確保
住戸の断熱性能を高くし、外気から室内への熱の伝導を抑制する
指標 7 住戸内通風の確保
住戸内のパブリックスペース(リビング等)において2方向以上に窓を設置し、住戸内の風通しを良くする
グリーンチェーンの7つの指標(資料:流山市)
こうして、「流山グリーンチェーン認定制度」によって個々での取り組みが実施されることで、個別の価値を超えた連鎖が生まれ、街全体の価値を高め、その影響が社会的な利益にまで及ぶことが目論まれているのです。
(3)自治体と住民、そして企業との連係が生み出す可能性
「まちなか緑化」プログラムと「流山グリーンチェーン認定制度」とで共通している点は何か。それは「関係の価値化」です。つまり、暮らしを住まいの中で完結させず、そこに外環境との「関係」を導くことで身体的に感ずることのできる「価値」を生み出すということです。あ
この発想と対比されるこれまでの方策は、「スペックの追求」だと言えます。例えば、住まいの省エネルギーを達成させるためには高い断熱性能と高効率な設備機器の導入を促すことにより、より高いスペックへと住まいの水準を移行させるというやり方です。この方法と同じ手法で、緑化においても緑化率などの数値が基準値として掲げられるわけですが、緑化の真価はこうした「スペックの追求」ではなく、「関係の価値化」によって発揮されるのです。
「関係」による価値づくりが個々の暮らしの中で実践されると、隣り合う同士で相互に価値を増幅しあうことになります。こうして「関係価値」は連鎖し、次なる関係主体を巻き込み、動的に価値を増殖させるスパイラルを生み出します。
機械によって生み出される快適さとは質を異にする、緑が生み出す「心地よさ」の源泉は何かというと、それは「関係」にあると言うことができます。緑には、その身体感覚を奮い立たせ、「関係」の魅力に人を引き込む潜在力があります。この潜在力こそが、都市における「環境」と「コミュニティ」の再生の決め手なのだと思います。緑化行政の役割は、この緑の潜在力を顕在化させ、「物質化した都市」に生命を吹き込むことだと強く思います。
建築・まちづくりプロデューサー、チームネット代表、立教大学・都留文科大学非常勤講師
Landscape and Business Development Association, Japan