長野県塩尻市は、市民や観光客の移動を支援するモビリティを、従来のコミュニティバスからAI(人工知能)活用型オンデマンドバスや自動運転車両を組み合わせた「塩尻MaaS」へと転換しようとしている。自動運転に不可欠な3Dマッピングデータは子育て中の主婦などが作成するなどユニークな取り組みに注目が集まっている。

 長野県塩尻市は、民間の路線バスの撤退に伴い導入したコミュニティバスの利用者減などの交通課題の解決に向け、官民連携体制で「塩尻MaaS」の構築・運営を目指している。塩尻MaaSは、コミュニティバスの運行を全面的に再構築し、市街地と農山村地域を結節する持続性の高い基幹交通としての自動運転バスの運行と、市街地内・農山村地域内における利便性の高いオンデマンドバスの運行などを目指す。双方をシームレスに接続したサービスにする計画だ(図1)。

(図1)塩尻MaaSの将来構想(資料提供:塩尻市)
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 バス運転手の不足と利便性低下という課題を同時に解決するため、オンデマンドの運行形態が適している地域・路線については、2022年度から普通第二種運転免許で運転可能なワゴン車を利用してドライバー不足を補う。市域内移動の要となる市街地・農山村間の基幹路線においては定時定路線のバスを運行し、将来的な技術的進展を前提に自動運転車両の導入を検討する。

 コロナ禍の影響で、ワイナリー見学などを観光資源とする塩尻市の観光産業も大きなダメージを受けた。塩尻市としては、そうした産業の復興にもMaaSを活用したいと考えている。

2008年をピークにコミュニティバスの利用者が減少

塩尻市(しおじりし)
長野県中部(中信地方)で松本盆地の南端に位置し、県央部における交通の要衝 となっている。人口は6万6724人(2021年1月1日現在)。塩尻峠と善知鳥峠、鳥 居峠が太平洋と日本海への分水嶺となっている。

 長野県のほぼ中央に位置する塩尻市は、鉄道では東京方面に向かう中央東線と名古屋方面に向かう中央西線および篠ノ井線が集約する分岐点である。道路では国道19号線、20号線、153号線などの主要な幹線が交わる交通の要衝となっている。こうした立地を生かした物流・運輸企業の拠点をはじめ、精密機械や電気機械、一般機械などの企業が工場を構え、さらに明治時代から続いているワイン醸造などの産業が、主に同市の経済を支えている。

 一方で、幹線道路を軸に工業地帯や住居地域が形成されているため、国道19号沿線の郊外にロードサイド店舗の集積が顕著に見られ、JR塩尻駅周辺の中心市街地が空洞化しつつある。また、国立社会保障・人口問題研究所の人口推計によると、塩尻市の統計人口は2005年の6万8000人をピークとし、2040年には6万人まで減少すると見られている。こうした背景から、他の地方都市と同様、公共交通機関利用者の減少とドライバーの高齢化などが課題となっている。

 そこで、同市は市街地だけではなく農村地域の暮らしも維持し、「まちなかの便利な生活」と「農山村地域のゆとりのある生活」を両立する「コンパクト・プラス・ネットワーク」の都市構築を目指している。今後の高齢化社会において、高齢者を中心とした交通弱者の生活を守り、高齢運転者による事故を防止するため、将来にわたって持続可能な地域交通の構築に取り組んでいる。

 塩尻市の公共交通機関はJR以外にはバスだけだったが、市内で運行していた民間の路線バスが1998年に撤退。代替交通手段として同市は、1999年にコミュニティバス「すてっぷくん」の運行を開始した。コミュニティバスの運行路線は当初6系統だったが、利用者ニーズへの対応などを背景に10路線まで拡大された。しかし、運行開始時より順調に増加傾向を示してきた利用者数も2008年をピークに減少に転じる。2019年の利用者数は、ピーク時から20%減少した約13万5000人となっており、今後もさらなる減少傾向が予測された。

(写真1)塩尻市役所企画政策部官民連携推進室係長の太田幸一氏(撮影:元田光一)

 コミュニティバスの利用者減の要因は、ロードサイド店舗が増加することで自家用車での移動への依存度が高まったことなどに加えて、「コミュニティバスの利便性の低さも、利用者減少の理由の1つになっている」と、塩尻市役所企画政策部官民連携推進室係長の太田幸一氏は語る(写真1)。「路線や時間帯によっては、運行が1時間に1本あるかないか。また、路線やバス停の一部は20年前のままなので時代の変化に追いつけず、誰も乗らないバス停も残っており、歩いた方が早いと思われる路線もある」(太田氏)。

 コミュニティバス利用者の減少傾向が続く一方で、塩尻市が負担する運行委託料は2008年の約6500万円から2019年には約9200万円と年々増加しており、利用者増加に向けた取り組みや運賃増額などの抜本的な検討が急務となってきた(図2)。また、10校・8路線を対象にスクールバスも運行しており、コミュニティバスとの併用など効率的な運行形態への転換も必要とされてきた。

(図2)塩尻市のコミュニティバス利用者数と委託料の推移(資料提供:塩尻市)
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AI活用型オンデマンドバスの実証実験

 塩尻市は2020年11月1日~30日に、市内70カ所の乗降拠点を想定したAI(人工知能)活用型オンデマンドバスの実証運行を行った(図3)。車両はトヨタハイエースを使用し、オンデマンド予約のシステムはネクスト・モビリティが提供する「のるーと塩尻」を活用(写真2)。乗車の予約は基本的にスマートフォンのアプリで行うが、利用者の多くは高齢者になることを想定して、電話でも予約できるシステムとした。今回の実験では、高出地区、桔梗ヶ原地区の全エリアと大門・広丘郷原・洗馬・塩尻東地区の一部エリアを対象とし、「1カ月間で1500ライド、1日50乗車を目指していたが、総乗車数1675ライド、総乗客数2410人と目標を上回って達成できた」(太田氏)。

(図3)AI活用型オンデマンドバスの乗降拠点。青いポイントは人口が密集した住宅地やロードサイドの商業施設。赤いポイントは外出の目的地となる駅周辺の施設。紫のポイントは商業施設とワイナリーなど(資料提供:塩尻市)
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(写真2)塩尻市のAI活用型オンデマンドバス「のるーと塩尻」で使われた車両(撮影:元田光一)
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 利用者へのアンケートでは、概ね高い評価を得たという。アプリで予約してから乗降拠点にバスが来る待ち時間は平均で10分弱(8分32秒)となり、「目的地までは自家用車と同じくらいの時間で到達できるので利便性が高く、ヘビーユーザーも現れた。朝や夕方の通勤時間帯や休日など予約が集中する時間帯には、もっと台数を増やして欲しいとか、待ち時間をさらに減らして欲しいという声が聞かれた」(太田氏)。

 こうした利用者からの声をもとに、次のステップとして価格設定を分析したいと考えている。「行政としては利用者を増やしつつ経費を一定に抑えたので、そこの境目をどこにするかを設定している。今回の実証実験で、ある程度目処が立てられると思っている」(太田氏)。

 塩尻市では、こうしたオンデマンドバスの実証実験で得られたデータを活用する検討も進めている。特定の日の乗降者数や平均待ち時間、乗車時間などの他、車両の動向を細かく把握するフリート分析も可能になっているので、エリアに応じた運行台数や時間帯に応じた配車など車両管理などに生かしたいという。「恐らくシーズンによっても、観光客の利用状況で配車は変わってくると思われる。そういったことを想定し、常に流動性を持たせるような実験もしたい。来年度以降となる次の実証実験では、有償運行も計画している」(太田氏)。

バスとタクシーで行われる自動運転の実証実験

 自動運転の実証実験に関しては、自律運転バスに加えて自律運転タクシーと遠隔運転タクシーの3つのタイプで実験を行う予定だ(表1)。塩尻市は2020年1月28日に、塩尻市振興公社に加えてアイサンテクノロジー、ティアフォー、損害保険ジャパン日本興亜(現損害保険ジャパン)、KDDI、アルピコホールディングスといった民間企業を含む7者間で「塩尻市における自動運転技術の実用化に向けた包括連携協定」を締結しており、今回の実証実験はこの協定に基づくものとなった(表2)。

(表1)塩尻市自動運転実証実験の実施概要(塩尻市の資料を基に筆者作成)
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(表2)「塩尻市における自動運転技術の実用化に向けた包括連携協定」での各企業の役割(塩尻市の資料を基に筆者作成)
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 既に2020年11月24日~27日まで行われた自律運転バスによる実証実験では、市民に対して社会受容性を高めたり、事前に作成した「市街地の一般公道における高精度3次元地図」による自動運転の検証を進めたりすることが主な目的となった(写真3)。

(写真3)塩尻市の市街地中心部を走行する実証実験中の自動運転バス。車両協力は埼玉工業大学(撮影:元田光一)
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 一方、2021年1月18日~29日に行うタクシータイプの車両の実証実験では、交通量の多い国道でも走行させることでその影響も検証する。また、市役所から駅までの一部区間は遠隔監視による運転を行い、状況に応じて遠隔操作で運転に介入する実験を行う。さらに、自動運転の先進的な検証として、自車線内での追い越し運転やセンサーなどを搭載したITSスマートポールとの協調にも挑戦する(図4)。

(図4)ITSスマートポールとの協調(資料提供:塩尻市)
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自動運転用3Dマッピングデータを主婦などが作成

 今回の塩尻市における自動運転実証実験でユニークな点は、子育て中の地元の主婦などによって作成された高精度な3Dマッピングデータを活用したことだ。いわゆる、「地産地消化」の取り組みである。

 民間企業とともに「塩尻市における自動運転技術の実用化に向けた包括連携協定」を締結した塩尻市振興公社は、行政と民間の協働によって塩尻市における都市環境の整備改善、都市機能の向上や地域産業の振興に関する諸事業に取り組む一般財団法人である。その事業の一環として、地域経済の維持に不可欠な労働人口を確保する取り組みがある。

 市内に在住する働く意欲はあるがフルタイムでの就労が難しい主婦や介護者、障がい者などが、好きな時間に好きなだけ働ける、「時短就労者を対象とした自営型テレワーク推進事業」だ。東京や名古屋などの都市圏からの塩尻市振興公社が仕事を受注し、就労希望者に業務委託する(図5)。現在、約500人がワーカーとして登録しており、年間約2億円の売り上げがある。

(図5)塩尻市振興公社の事業概要(資料提供:塩尻市)
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 今回の実証実験では、塩尻市振興公社が市内の複合ビルにワークスペースとして設置したテレワークセンターで、主婦やパソコン初心者の女性が時短労働者として自動運転用の高精度な3Dマッピングデータを作成した(写真4)。地図の製作を発注したアイサンテクノロジーも塩尻市振興公社のクライアントの1つであり、「もともと地図作りの仕事を受注したことがきっかけで、今回の自動運転の実証実験に繋がった」(太田氏)。

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(写真4)塩尻市内にある塩尻市振興公社のテレワークセンター(出所:塩尻市)

 MaaSの仕組みを実装していくにあたっては、今後もさまざまなサポートやオペレーションが必要になってくる。塩尻市ではそれらの事業を、市外の企業ではなく地元の事業者や住民にも依頼したいと考えている。それによって、持続性が確保できる体制を構築することも、今回の実証実験の目的の1つであるという。

 「塩尻市振興公社で育ったワーカーが、自治体や学校のデジタル化を担う人材としても成長してもらいたい。地域の課題を自治体と市民が一体となって解決する。そうしたビジョンを作っていきたい」(太田氏)としている。

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