人口減少などによって弱体化する公共交通をどう維持していくか――。日本全国の自治体が抱えるモビリティの共通課題といえるだろう。その課題に対して、BRT(バス高速輸送システム)やデマンドタクシーといった新形態の公共交通システムを積極的に導入して向き合おうとしているのが茨城県日立市だ。2020年2月からMaaS(Mobility as a Service)の実証実験を行い、官民連携で人口減少社会での移動手段確保という問題の解決を図ろうとしている。

ラストワンマイルをデマンド交通でカバーするMaaS

 日立市では、茨城交通やみちのりホールディングス、日立製作所などで構成される日立市新モビリティ協議会が、国土交通省の「新モビリティサービス推進事業」及び経済産業省の「スマートモビリティチャレンジ」の採択を受けて2020年2月からMaaSの実証実験を開始した(表1)。

(表1)日立市のMaaS実証実験における各者の役割
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 実証実験では、通勤時に自宅近辺のバス停を指定できる「通勤型デマンドサービス」の運行と、ひたちBRTの大沼バス停と大沼エリアの間を相乗りタクシーで送迎する「ラストワンマイル型デマンドサービス」の2つのサービスが、2月28日まで提供された。サービスの予約で利用されるMaaSアプリ「Hitachi City MaaS Project」(写真1)は、ナビタイムジャパンの経路検索技術と交通データを活用。茨城県内の既存の鉄道をはじめ、バスやBRT、タクシーと徒歩を組み合わせた、目的地までの一元的な経路検索を可能にする。

(写真1)Hitachi City MaaS Projectのアプリ画面(画像提供:日立市新モビリティ協議会)
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 通勤型デマンドサービスは、日立グループの社員だけを対象とした、朝夕1便ずつ運行するデマンドバスだ(写真2)。朝は勝田・東海エリアを出発して大みか事業所など日立製作所の事業所を経由して日立研究所まで運行し、夕方はその逆のルートを運行する。ルート上には、200~500m間隔で配置されたオンデマンドバス停が30カ所ほど設置されており、利用者はアプリから、乗降を希望するバス停を指定して予約する。片道500円の料金は、アプリのオンライン決済で支払われる。

(写真2)通勤型デマンドサービスで使用される観光バスタイプの車両(画像提供:みちのりホールディングス)
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 車内ではWiFiや充電用の電源が利用可能なうえ、リクライニング付きのシートで飲み物が1本プレゼントされる。

 ラストワンマイル型デマンドサービスは、茨城交通のバス停「大沼BRT」を利用する住民を対象に運行するラストワンマイル型のサービスだ(写真3)。利用者がアプリから予約すると無料タクシーがバス停と自宅の間を送迎してくれ、予約が複数入れば相乗りで運行する。

(写真3)ラストワンマイル型デマンドサービスで使用されている無料のタクシー車両(左)。ドライバーはタブレット端末で予約状況などを確認しながら運行している(写真:元田光一)
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 MaaS実証実験の背景にある、日立市の交通の現状を概観しておこう。

 日立製作所創業の地として、今でも企業城下町としての色合いを強く残す日立市は、茨城県で県庁所在地の水戸市とつくば市に次いで3番目に人口の多い都市である。一時期は水戸市の人口を上回り県内一の人口を誇っていた頃もあるが、近年は日立グループの再編などによって人口が減少。最盛期には21万人を数えていた人口も、2019年4月1日時点の住民基本台帳人口は約18万人になっている。

 日立市の人口の半数近くは、日立製作所の従業員である。そのため、通勤は市内での移動に集中している。鉄道利用者を見てみると、2011年の東日本大震災による一時的な減少を除いて比較的安定して推移している。日立駅の周辺に大規模な生産工場が作られ、1つの工場に約2000人の従業員がJRで通っているためだ。ただし、鉄道駅の利用者は朝夕だけ多く、昼間は少ない。

 一方で、路線バスの利用者は急激に減ってきており、2002年と2017年の比較では約84%減となっている。一番の原因は、通勤利用者が公共交通から自家用車にシフトしたことだ。日立グループの再編によって従業員が減り、工場側もグラウンドとして使っていた福利厚生施設を駐車場にするなど積極的に駐車場を作ってきた。

 地方都市では車に依存した生活スタイルが全国的な傾向となっており、車での移動を前提に様々なサービス施設が作られている。日立市の自動車登録台数は1989年の7万3754台から2017年には12万4000台となり、特に軽自動車だけを見ると1869台から3万8502台と20倍ほど増えている。このように、運転しやすくて買いやすい軽自動車が普及し、1人1台自家用車を保有するようになったことも、日立市で路線バスの利用者が減っている大きな要因と見られている。

 そのため、市内の幹線道路は渋滞が蔓延。朝夕の時間帯は自動車通勤だとなかなか工場までたどり着けず、バスも定時運行が難しい。また、住宅地では車が運転できない高齢者が、移動したくても公共交通が廃止されて利用できないなど交通弱者が生まれている。

BRTで市内の南北を結ぶ地域交通網を整備

 日立市ではこうした課題の解決を目指し、「日立市地域公共交通網形成計画」を2016年に策定した(図1)。計画は当初2020年までだったが、2018年には2023年まで延長されることが決まった。

(図1)日立市地域公共交通網形成計画(出所:日立市)
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 日立市は太平洋沿いを鉄道が走り、縦軸にはその鉄道と並行して走る国道などの幹線道路がある。計画の基本方針として海側の市街地幹線エリアについては、JR常磐線や新交通「ひたちBRT(Bus Rapid Transit)」(写真4)、幹線バス、一般タクシーといった公共交通機関を充実させて、市民全般を対象とした高頻度運行を行っている。

(写真4)ひたちBRTの車両(写真:元田光一)
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 ひたちBRTは、2005年4月1日に廃線となった日立電鉄線の跡地を、バス専用道路として活用する交通システム(写真5)。2013年3月に、第1期区間として道の駅「おさかなセンター」から大甕(おおみか)駅までが開通。第2期区間となる大甕駅から常陸多賀駅までは、2019年4月から本格運行を開始している。さらに、第3期区間として日立駅までの運行を計画している。

(写真5)左はひたちBRTが運行するバス専用道路。右上がバス停。右下写真のようにバス専用道路は一般道と並行して走る区間もある(写真:元田光一)
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 ひたちBRT運行のポイントは、朝夕と日中で時間帯別に組まれたダイヤ構成にある。朝夕は居住地から駅に向かうのでJRとの接続に配慮したダイヤを構成し、日中はスーパーなどに買い物に出かける高齢者がメインで利用するので、そのアクセスを考慮したダイヤが構成されている(表2)。

(表2)ひたちBRTの運行概要
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MaaS導入に先行し、乗り合いタクシーなどラストワンマイル対策も

 日立市では、MaaS導入に先行して既に様々なラストワンマイル対策を進めている。

 同市の内陸部には、日立製作所の工場に勤務する従業員の社宅として、昭和50年代に13の団地が作られている。世代交代が行われなかったことから、現在これらの団地に残っているのはほとんどが2人、もしくは1人暮らしの高齢者である。以前はここから通勤する人も多かったが、今では住民の外出目的のほとんどがスーパーでの買い物か通院になっている。こういった地域に対しては、公共交通シップ事業として「地域住民」「交通事業者」「日立市」の3者がパートナー協定を結び、いくつかのラストワンマイル対策を進めている(図2)。

(図2)日立市の公共交通パートナーシップ事業(出所:日立市)
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 また、団地地区よりもさらに内陸に入った過疎化が進む地域では、郊外型公共交通導入エリアとして10年ほど前から乗り合いタクシーが運行されている。乗り合いタクシーも長く続けていると、導入前には想定できなかった様々な課題が見えてきた。

 例えば、病院や買い物の移動については、他人と一緒には乗りたくないという声があるという。日立市都市建設部都市政策課長の長山靖氏(写真6)は、「自分の病気が、見ず知らずの他人に知られてしまう可能性がある。また、買い物で利用する際も、バスのように広ければ気にならないが、乗用車だと買い物したものが見られてしまうのが嫌だという声もあった」と説明する。

 ほかにも、乗り合いタクシーの利用は事前に予約が必要だが、同市都市政策副参事兼地域交通係長の小林利行氏(写真7)は、「病院などの利用では、往路はいいが、復路は診察終了時間が分からないので予約がしにくいという声もあった」と話す。

(写真6)日立市都市建設部都市政策課長の長山靖氏
(写真7)日立市都市政策副参事兼地域交通係長の小林利行氏
(写真8)茨城大学研究・産学連携機構准教授の酒井宗寿氏
(写真:3枚とも元田光一)

 今回のMaaS実証実験に関しても、実際に運用してみると様々な課題が見えてきそうだ。今後の日立市の取り組みの中で想定される、心理面の課題や法的な課題、知的財産権の問題などについては、日立市新モビリティ協議会の中で茨城大学が検証する。

 茨城大学研究・産学連携機構准教授の酒井宗寿氏(写真8)は、「MaaSの仕組みが実際に社会に導入される際には、知的財産権の侵害や独占禁止法に抵触しないかなども考慮しなければならない。狭い空間で他人同士が乗り合わせる不安に対して、心理学的な面からどう解決策を導けるのかについても、学内の様々な識者が協力していろいろとソリューションを提供していたい」と実証実験で検証すべき内容を説明する。

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