文部科学省が進める「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」の拠点の1つである名古屋大学COIでは、「高齢者が元気になるモビリティ社会」の実現に取り組んでいる。その実現に向け、実用化や事業化を目指す製品・サービスの最新情報を紹介するシンポジウム「モビリティ革命から始まる地域イノベーション」(2019年3月14日)が、都内で開催された。実証実験に取り組む研究者や自治体、支援する省庁関係者などを交えた議論の様子を紹介する。

 「地域イノベーションにおけるゆっくり自動運転」では、モビリティブレンド(前回記事)を実践する手段の1つとして、低速度で人や社会と協調する自動運転技術「ゆっくり自動運転」に関する実証の様子と、自動運転を導入する際の道路交通法などの法整備の現状などについて報告された。

2021年を目標に「ゆっくり自動運転」を社会実装

 名古屋大学COIでは、2017年末から愛知県豊田市の足助地区で、1人乗りの小型電気自動車「ゆっくりコムス」を使った公道での実証実験を始めた。その後、春日井市の高蔵寺ニュータウンでも、ゴルフカートを改造したゆっくりカートによる実証実験などを行ってきた。高蔵寺ニュータウンでは、⼤型スーパーや専門店、スポーツ施設がある「モビリティセンター」と中規模スーパーや地域包括支援センターなどがある「モビリティスポット」との移動や、モビリティスポット周辺に住む高齢者の住居との移動で、「ゆっくり自動運転」を利用してもらった。

 現状では地域交流センターから商業施設に行く場合に坂道が多く、バス停まで坂道を270m歩き、バスに19分乗って移動する。将来、ここに「ゆっくり自動運転車」を導入すれば、陸橋を50m歩き、あとは自動運転車に7分乗るだけで目的の商業施設に到着できる(図1)

(図1)春日井市におけるゆっくり自動運転の導入例(資料:名古屋大学)
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 自動運転車をゆっくり(時速20km以下)走行すると、どんなメリットがあるのか。名古屋大学 未来社会創造機構 特任准教授の赤木康宏氏は次の3つを挙げた。「1つめは安全性が確保できること。低速ならば様々な状況において速やかに停止でき、事故が避けられる可能性が高くなる。2つめは万が一事故が起きても、被害者のダメージ少なくてすむ。3つめが経済性である。高速で走るならば、長い距離が見えるセンサーや、即座に反応できる高性能なコンピュータが必要になる。低速なら安全性を確保する能力を少し下げて、コストを抑えられる」(赤木氏)。

 ただし、「ゆっくり自動運転」をレベル4の無人走行で導入するにあたっては、いくつか課題があるという。例えば、「無人走行には非常に高い安全性が求められるが、自動運転車がどれだけ周囲の状況を正しく判断できるのか」「万が一事故やトラブルが起きた時、乗っている利用者はどうすればいいのか」「そもそも自動運転車はどういう運転ができて、何ができないのか」といったことについて明確にする必要があると赤木氏は指摘する。「その裏付けとなるのが法整備であり、正しく法律に則った設計になっているのかを確認する必要がある。この点については、日本をはじめ各国で検討されている最中である」(赤木氏)。

 自動運転車のシステム設計に関しては、人間の機能を機械に置き換えていくプロセスを経なければならない。自動車自身に交通ルールを理解させ、周囲の状況を判断して今走っていいのか止まるべきなのかを判断させる。例えば、横断歩道の手前では、歩行者がいるのかどうかを検出して、法律上止まる必要があるかどうかを判断する。人間の言葉で言うのは簡単だが、プログラム言語を使ってシステムを動かし機械を操縦するというプロセスは簡単ではない。

 こうしたシステム設計の課題に関して赤木氏は、「機械が仕様書を自ら理解してプログラムを実行することで、システム開発の負担を減らす仕組みを作っている」と話し、自動運転車実現のもう1つの課題であるコスト面についても、「当初、センサーの価格は2000万円を超えていたが、今では100万円程度で購入できている」と現状を報告した。

 「自動運転システムの設計はまだまだ開発途上であり、その上で様々な安全保障や法整備が進められている。私たちは現状で可能となる安全な利用法を模索し、『ゆっくり自動運転』の2021年の社会実装を目指している」(赤木氏)。

日本初、対馬で自動運転車にナンバープレート

 続いて、現在、法律をはじめ、技術、保険、地方創生といった4部門が結集し、長崎県対馬市や静岡県伊豆市、香川県小豆島などで自動運転の社会実装化に挑戦している。明治大学 専門職大学院法務研究科 専任教授で、同大学の自動運転社会総合研究所長を務める中山幸二氏から、それらの取り組みの現状が紹介された。

 明治大学自動運転社会総合研究所は、自動運転社会に向けた複合的な課題に対して、技術から社会、経済、地域に関する横断的な研究を通じて解決策や改善策を探るために2018年3月に設立した学際的な研究組織だ(図2)。

(図2)地方創生への寄与を目指す明治大学自動運転社会総合研究所(資料:明治大学)
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 対馬は国内の離島として3番目の面積を持ち、約3万1000人が住んでいる。韓国などを中心に、年間40万人近い観光客が訪れる観光都市となっているが、高齢化や人口減少、学校の統廃合が進んでいる。また、島内唯一の公共交通機関であるバス事業における人材不足や、林業振興や漂着ゴミ回収などの環境対策が課題になっている。それらの解決策の1つとして、自動運転が期待されている。

 明治大学と対馬市と連携協定を結び、自動運転の実証実験を開始する予定である。車両は仏NAVYAの自動運転シャトルバス「ARMA」を使用し、「ハンドルもブレーキもない自動運転車にナンバープレートを付けて走らせるのは、日本で初めてとなる」(中山氏)という。

 かつての別荘地が人口減少で過疎化している伊豆市でも、自治体と協同で自動運転の実証実験を行う準備を進めており、小豆島においては明治大学のほかに香川大学と群馬大学を合わせた3大学連合で自動運転の実証実験を行う。

 明治大学自動運転社会総合研究所では、4部門以外にも派生プロジェクトとして医療AI部門や実装化部門が活動を始めている。医療AI部門は東邦大学と協同研究を行い、実装化部門では社会実装化研究会を立ち上げた。社会実装化研究会では、サプライヤーやメーカー、保険事業者、弁護士などが集まった「自動運転の社会受容性に関する研究ユニット」が、毎月1回開催されている。

 中山氏は名古屋大学COIの取り組みに対して、「高齢者が元気になるモビリティ社会の実現というのは、われわれが目指しているテーマと同じである。高齢者だけでなく、子供も元気になる。また、高齢者と大学生などが交流する場を作ることがわれわれの目的である」と述べた。

保安要員が必要になるかどうかは今後の検討課題

 セッションの締めくくりとして、名古屋大学 未来社会創造機構 客員教授の中川瑠華氏がモデレータとなり、「ゆっくり自動運転」など限定地域における無人移動サービスを社会実装する場合の課題について、登壇者によるディスカッションが行われた(写真)。

(写真)パネルディスカッション「限定地域における無人移動サービスを社会実装する場合の課題」の様子(写真:元田光一)
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 限定地域での無人移動サービスについては、2018年4月に政府が決定した「自動運転に係る制度整備大綱」で、当面は実証実験の枠組みを事業化の際にも利用するという方針が示されている。例えば、自動車の技術に関する道路運送車両法関係に関しては、一部の保安基準を適用しない基準緩和制度が使われる。道路交通法関係では、遠隔型自動運転走行システムの公道実証実験のためのガイドラインが設けられ、所轄警察署長による道路使用許可を活用していくことになっている。

 中川氏は、こうした実証実験の枠組みを事業化に利用した際の問題点に触れ、道路運送車両法関係では名古屋大学COIの実証実験においても問題が生じたことがあると話す。「適用する必要のない保安基準の洗い出しと、統一基準の策定が必要と考えている」(中川氏)。

 一方、道路交通法関係では実証実験に関するガイドラインで、有人サービスの場合は運転免許証を持っている人が必要で、常に監視を行い必要な場合は操作を行う必要があると書かれている。この点については、「事業化に転用した場合も車両保安員に運転免許証が必要で、常時監視義務や操作履行義務も負うのであれば、タクシーやバスと変わらないし、事業として合理性があるのかが問題になってくる」(中川氏)。

 この意見に対して警察庁 交通局 交通企画課 理事官の渋谷秀悦氏は、「常時監視義務や緊急時の操作履行義務については、今後技術が進んでいけば自動運転が担っていくことが見込まれている。そうなった時に、本当に保安要員が必要になるかどうかは今後の検討課題になる」と話す。

 赤木氏は「ゆっくり自動運転」の導入に関して触れ、現時点でのロードマップとしては、当初は監視員が乗車した状態でサービスを開始することを想定していると言う。「利用する人も、自動運転は初めてなので、特に高齢者などは人間によるコミュニケーションが必要になる。技術的にも、安全性確保のためには長い実験時間が必要なので、サービスイン当初は監視員を置くことが必要」(赤木氏)。

 一方で中山氏は、地域における自動運転のニーズを考えると運転手不足は深刻であり、5年後には多くの路線バスが運行できなくなるといった課題を提起。レベル4の自動運転は遠隔操作型ではなく、遠隔監視型での無人移動サービスの社会実装を進めていくことが必要とする。

 「遠隔操作型は、遠隔操作者がドライバーになるため当然運転免許証が必要である。一方、遠隔監視型はシステムが常に周辺を監視しており、いざとなったら自動的に止まらせる。遠隔監視者は、なにか異常があった場合だけ確認するような運用方法である。人と自動車の対応を、1対1から1対nに移行しない限り、日本の人口減少、高齢化、運転者不足には対応できない」(中山氏)という。

自動運転の実現に向けた警察庁の取り組み

 政府は2020~2025年頃までに、高速道路におけるレベル3での自動運転やトラックの隊列走行や、限定地域でのレベル4の無人自動運転サービスの実現を想定した交通ルールの検討を行っている。これを受け、警察庁では調査検討委員会を設置し、2つのワーキンググループを通して議論を進めている。

 ワーキンググループの1つ「道路交通法のあり方に関する検討」では、現時点の道路交通法に対して、自動運転を想定したルールのあり方を考える。一方の「新技術・新サービスに関する検討」では、「トラックの隊列走行を実現した場合の影響」や「レベル4の無人自動運転サービスが導入された場合の影響」という2つのテーマで検討が進められている。

 現時点では、レベル3の実現に向けた道路交通法の改正試案が策定されており、これについて警察庁の渋谷氏は、「警察庁は、自動運行装置の定義などに関する規定の整備、自動運行装置を使用する運転車の義務に関する規定の整備、作業状態記録装置による記録等に関する規定の整備といった内容で道路交通法を改正しようとしている」と言う。

 警察庁では、自動運転システムの実用化に向けた研究開発も行っている。その1つが、「クラウドを活用した信号情報の提供」である。「信号情報を電波でも受信し、自動運転で活用したいという声がある。現状でも道路側から直接移動車と通信を行うVtoI(Vehicle to Infrastructure)での情報提供が行われているが、他の通信手段やモバイル通信を使って信号情報が受信できるようにして欲しいという要望がある」(渋谷氏)。

 そこで信号情報をサーバーに送り、その情報を5Gもターゲットに入れた無線通信で送信するために、クラウド活用技術の研究開発を2018年度から開始している。2019年度は仮想システム上での情報提供手段の検討や、モデルシステムの仕様検討が行われている。

 警察庁では、通常車両と自動運転車両の混在交通下における交通安全の確保に向けた、VtoX情報の活用の検討も進んでいる。2018年度からは、混在交通が車の流れにどう影響を与えるのかをプローブ情報(走行履歴や挙動履歴といったデータ)などを使って分析した、交通安全に関わる管制業務についても検討がスタートした。

 東京臨海地域における実証実験では、お台場の信号機から700MHz帯の電波を使い、車両に対して直接信号情報を送る工事を2019年度に実施する。2019年10月から2022年度末まで、信号情報を受け取って自動運転車が走行する実験を行う予定である。

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