高齢化による運転免許返納で日常の足の確保が難しくなった地域では、自治体が中心となって様々な対策による支援が施されている。一方で、従来から公共交通サービスを提供してきた交通事業者にとっても、高齢化による利用者減少や運転者不足は大きな課題となっている。福岡県の糸島半島地区では、バスやタクシー事業を提供してきた昭和グループが中心となり、福岡県や福岡市、糸島市などとの連携によって地域の移動課題に挑むコンソーシアムが立ち上がった。

 福岡県北西部の玄界灘に突出した糸島半島は、東側は福岡市、西側は糸島市に分かれている(図1)。北部と西部に広がった海岸と南部に連なった山塊によって、四季を通して山登りやハイキング、海水浴を楽しむ人たちで賑わう人気スポットだ。

 半島のほぼ中央には、2005~2018年まで13年かけて移転を終了させた、単一キャンパスでは日本最大級の広さを持つ九州大学があり、近年は若年層の人口増加傾向も顕著になってきた。また、糸島半島エリアは、福岡市の中心部から車で約30分、福岡空港へも直通電車が利用できるアクセスの良さに加え、新鮮な海産物を味わったり様々なアクティビティも楽しめたりすることから、観光客だけでなく県内外からの移住者も急増。2021年7月末時点での人口は10万2920人で、前年同月より1000人ほど増えている。

(図1)海と山に囲まれた風光明媚な糸島半島(資料提供:SEEDホールディングス)
(図1)海と山に囲まれた風光明媚な糸島半島(資料提供:SEEDホールディングス)
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3つのエリアで交通課題を抱える糸島半島

(写真1)糸島市企画部地域振興課主幹の千代反田崇氏(写真:元田光一)
(写真1)糸島市企画部地域振興課主幹の千代反田崇氏(写真:元田光一)

 糸島半島の中央部と西部、その南側から南西の福岡県西端部の一帯を市域とする糸島市には、東西をJR九州の筑肥線が走り、沿線の旧前原市域を中心に近年ベッドタウン化が進んでいる。移住人気の影響で人口は緩やかに増加する一方で高齢化率は29.72%(2021年7月末現在)となり、世帯人員が減少し核家族化も進行している。人口は基本的に市役所がある筑前前原駅や福岡市に隣接する波多江駅、そして2019年に開業したばかりの糸島高校前駅といったJR線の駅周辺に集中しており、沿線南部の農地が広がる山側の住宅地区に関しては、特に高齢化による人口減少が進んでいる。

 こうした現状から、糸島市企画部地域振興課主幹の千代反田崇氏は、同市の交通課題について、「バス路線はすべてJRの駅に向かっているので、免許返納などで自家用車を持たない高齢者は、東西に移動する場合も一度JRの駅まで行って乗り換えるなど横の移動に苦労している。そのバスも本数が少ないので、不便を感じている」と話す(写真1)。

 また、北部の海沿いにある観光エリアに関しても、車以外の移動手段に乏しく、点在する観光地間の周遊性が低いという課題があり、九州大学がある研究都市エリアでも通勤通学の手段が乏しいという課題がある(図2)。

(図2)糸島半島で交通課題を抱える3つのエリア(資料提供:SEEDホールディングス)
(図2)糸島半島で交通課題を抱える3つのエリア(資料提供:SEEDホールディングス)
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 これらのエリアに向けて、効率的な輸送体系の確立や良好な交通環境の創造を目指し、複数の交通機関を連携させる「マルチモーダル」の構築に挑もうとしているのが、「よかまちみらいプロジェクト」だ。よかまちみらいプロジェクトは、九州北部でバス事業やタクシー事業を展開する昭和グループを中心とした地元企業によって2020年10月に結成されたコンソーシアムで、モビリティサービスを中心に提供し北部九州地域の魅力向上と活性化への貢献を目指している。

(図3)よかまちみらいプロジェクトに参加する企業・団体(2021年8月末時点資料提供:SEEDホールディングス)
(図3)よかまちみらいプロジェクトに参加する企業・団体(2021年8月末時点資料提供:SEEDホールディングス)
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 2021年8月現在、よかまちみらいプロジェクトの参加企業・団体は、主体企業が43社、エリアパートナー(よかまちみらいプロジェクトを支援する地域企業)企業が5社、プロジェクトパートナーが5団体となっている(図3)。

 また、よかまちみらいプロジェクトは国土交通省が公募した「日本版MaaS推進・支援事業(2020年度)」にも選定されており、その取り組みの第一弾として、「オンデマンドバス」「カーシェア」「パーソナル・モビリティ×ワーケーション」「電動レンタサイクル」「ルート検索・決済アプリ」といったモビリティサービスへの取り組みを2020年10月から順次開始している。糸島市をはじめ糸島医師会や糸島市商工会、糸島市観光協会、糸島漁業協同組合、糸島農業協同組合といった団体や九州大学などがプロジェクトパートナーとして参画している。

無償から有償へ移行したオンデマンドバス実証

(写真2)糸島市で運行されるオンデマンドバス「よかまちみらい号」(写真:元田光一)
(写真2)糸島市で運行されるオンデマンドバス「よかまちみらい号」(写真:元田光一)
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(写真3)公民館に設置されたオンデマンドバスのバス停。コミュニティバスの約3倍の場所に配置されたバス停は、既存のバス停以外にも公民館をはじめ、ごみ置き場、公園、市の施設、個人の住宅などにも設置されている(写真:元田光一)
(写真3)公民館に設置されたオンデマンドバスのバス停。コミュニティバスの約3倍の場所に配置されたバス停は、既存のバス停以外にも公民館をはじめ、ごみ置き場、公園、市の施設、個人の住宅などにも設置されている(写真:元田光一)
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 糸島半島南部では従来から昭和バスによってコミュニティバスが運行されている。2020年度の利用者数は27万7164人。型コロナウイルス感染症拡大の影響もあり、2019年度の43万5000人から大きく減少した。ただし、コミュニティバスは新型コロナ禍の影響を受ける以前から毎年赤字が続いていたのが実情だ。路線数は多いが便数が少なく、年々利用者が減っている状況だったのだ。

 糸島市による地域住民への交通事情アンケートの結果でも、「バスの便数が少なくバス停まで遠い」「年齢的に免許返納を考えているが、マイカーのない生活は不便である」といった意見があり、糸島市としても解決策を模索していた。

 そこで、よかまちみらいプロジェクトでは高齢者や移動困難者に利便性の高い移動手段を提供するために、昭和グループの昭和自動車が運行主体となったオンデマンドバス「よかまちみらい号」の運行を2021年3月から開始した。

 車両には8人乗りのトヨタ・ハイエースを使用、運行システムはアイシン精機が提供するデマンド型交通サービス「チョイソコ」を採用している(写真2)。糸島コミユニティバス曽根線において、当初2カ月間は平日の9~16時まで無償実証を行った。5月からは利用料金200円での有償実証が始まっている。バス停の数は85カ所と、コミュニティバスの約3倍設置している(写真3)。

 利用者の推移は無償期間の3~4月で合計358件の乗車があり、有償化後は5~6月で合計245件となっている(図4)。利用者の声としては、「自宅近くまで来てくれるのが非常にありがたい(70代女性)」「病院に行くのに余裕ができた(80代夫婦)」「スマホでの予約もできるようになったので楽(30代女性)」「免許証を返納しようか迷っていたが、このバスがあるなら安心(70代女性)」といったサービス導入を歓迎する意見がある。一方で、「会員登録のやり方が良くわからなかった(60代男性)」「予約するのが面倒くさい(70代女性)」「予約の電話代が高いのが気になるので安くしてほしい(70代男性)」「スマホアプリの使い方が難しい(70代女性)」などとサービス改善に向けた意見も出ている。

(図4)オンデマンドバスの乗車実績(資料提供:SEEDホールディングス)
(図4)オンデマンドバスの乗車実績(資料提供:SEEDホールディングス)
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(写真4)昭和自動車 自動車事業本部乗合事業部課長代理の白津重範氏(写真:元田光一)
(写真4)昭和自動車 自動車事業本部乗合事業部課長代理の白津重範氏(写真:元田光一)
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 オンデマンドバスの運行費用に関しては、2021年3~9月までの実証期間はトヨタ・モビリティ基金の助成金が活用され、2021年10月から計画されている本格運行では国などの補助金が活用される予定だ。そのほかに、オンデマンドバスのサポートと広告展開に特化した「エリアスポンサー」を獲得している。昭和自動車 自動車事業本部乗合事業部課長代理の白津重範氏によると、「最初はエリアスポンサーを獲得できるか不安だったが、地域に貢献したいと考えている企業も結構多く、目標の月額50万円に対して現時点で20万円台まで獲得している。業種については今のところ不動産業が多いが、理容院なども入ってきている」と手応えを感じている(写真4)。

トヨタシェアを利用したカーシェアサービス

 昭和グループは2019年にトヨタ自動車からディーラーの福岡トヨペットの全株式を取得しており、トヨタレンタリースなどの関連会社もある。よかまちみらいプロジェクトでも、気軽に乗れる地域の足を拡充し、地域交通の利便性向上への貢献を目的に、トヨタ販売店やレンタリース店で提供されるカーシェアサービス「TOYOTA SHARE」の仕組みを活用した小型電気自動車「C⁺pod」のカーシェアを始めた。TOYOTA SHAREは全国で展開されているサービスで、スマートフォンのアプリで登録すれば全国でカーシェアサービスを利用できる。

 「C⁺pod」は幅1.3m、長さ2.5m、高さ1.6mという2人乗りのコンパクトカー(写真5)で、まだ市販はされていない。2021年3月から無償実験を開始、TOYOTA SHAREの入会金は無料で月会費は無料キャンペーン中。地域住民限定の「C⁺pod」の無償実証は9月末まで継続しており、10月からは有償実証となる。

(写真5)カーシェアリングサービスで使用される2人乗りの電気自動車「C⁺pod」(写真:元田光一)
(写真5)カーシェアリングサービスで使用される2人乗りの電気自動車「C⁺pod」(写真:元田光一)
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 糸島半島で3カ所だったカーシェアステーションも2021年8月には12カ所となった。このうちの3カ所には「C⁺pod」のみが置かれ、2021年5月の地域会員数と「C⁺pod」の稼働率(1日あたりの稼働時間/24時間)の実績を見ると、高齢化エリアの曽根公民館ステーションが31人で4.0%、高齢化+観光エリアの加布里コミュニティセンターステーションが16人で11.3%、観光が主体の糸島市商工会館ステーションが77人で20.2%となっている。糸島市商工会館ステーションと他のステーションとの稼働率の違いは、マイカー保有率の高さとスマホの操作が苦手な高齢者の方が多いことが関係しているようだが、いずれにせよ課題はスマホを使った予約や決済、車のキーとしての利用がスマホに不慣れな高齢者には馴染みにくいことだ。

 TOYOTA SHAREの普及状況を福岡県全体で見ると2021年5月末時点で会員数は全国2位となり、糸島半島での稼働率は約18%と全国平均の約6%を大きく上回っている(図5)。今回、C⁺podが使用された理由について、よかまちみらいプロジェクトの事務局を務めるSEEDホールディングス モビリティ事業推進室課長の大賀崇氏(写真6)は、「高齢者が多いので扱いやすい小さな車にした。地域のセカンドカーとして、自家用車が使えない時にも積極的に利用してもらいたい」と話す。

(図5)福岡県でのTOYOTA SHAREの普及状況(2021年5月末時点)(資料提供:SEEDホールディングス)
(図5)福岡県でのTOYOTA SHAREの普及状況(2021年5月末時点)(資料提供:SEEDホールディングス)
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(写真6)SEEDホールディングス モビリティ事業推進室課長の大賀崇氏
(写真6)SEEDホールディングス モビリティ事業推進室課長の大賀崇氏
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観光客向けのモビリティサービスも提供

 こうした地元住民向けのモビリティサービスの他にも、よかまちみらいプロジェクトでは糸島半島への観光客の誘致や、九州大学学生や職員の移動を支援するモビリティサービスも提供している。2020年12月からトヨタレンタリース福岡伊都店に設置された電動アシスト付レンタサイクル「よかチャリ」は、利用者の8割が10代や20代で、県外からの観光客の利用が6割を超えている。今後は筑前前原駅近くのトヨタレンリース福岡前原店でも、糸島市観光協会やよかまちみらいプロジェクトのコンソーシアム企業と連携し、観光ルートや飲食店情報などを案内しながらサービスを実施する予定だ。

 県外からの観光客の移動を支援するために、鉄道やバス、タクシー、カーシェア、レンタカー、レンタサイクルといった多様な交通手段によるルートを提示する、マルチモーダルモビリティサービス「my route」も2021年2月から提供を開始。また、トヨタのパーソナル・モビリティ「i-ROAD」を活用した、ワーケーションツーリズムの受容性および事業性の検証なども行った(写真7)。

(写真7)トヨタのパーソナル・モビリティ「i-ROAD」(出所:トヨタ自動車)
(写真7)トヨタのパーソナル・モビリティ「i-ROAD」(出所:トヨタ自動車)
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 現時点で糸島市に移住してくる若い世代は車での移動が中心になるが、今後さまざまな世代を受け入れていくためにも、モビリティの課題解決は積極的に進めていく必要があるだろう。これまで公共交通サービスを提供してきた昭和自動車としても、ドライバー不足の課題を解決していかなければならない。「今までバス事業は、網の目ように細かいエリアまで網羅していた。今後はそういうスタイルではなく、市内中心部まではバスで誘導してもそこから先はいろいろなモビリティに繋げていくMaaS事業を積極的に進めることが重要になってくる」(白津氏)と強調する。

 MaaSをどのようにして地域活性化に結び付けるか。地域住民のみならず、増える観光客の移動も支援するよかまちみらいプロジェクトの取り組みを見守りたい。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/052500076/092100030/