ワークショップで市民の意見を取り入れた公園づくり――。今どき珍しくもない話だと思うかもしれない。しかし、オープン予定の2021年まで、ワークショップで市民の意見を取り入れ続けながら完成させる公園、となると話は別だろう。富山県氷見市の「朝日山公園整備コミュニティデザイン業務」(※1)を受託し、そんな公園づくりに取り組む神戸大准教授の槻橋修氏に話を聞いた。

槻橋准教授。手前は公園の模型(写真:宮田 昌彦)
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槻橋准教授。手前は公園の模型(写真:宮田 昌彦)

――新朝日山公園(仮称)(※2)のオープン予定は2021年。ずいぶん先ですね。

 予算の枠組みもあってそうなっているんですが、原っぱを少しずつ改造していって完成させます。その結果として「この公園、見てよ」と自慢ができて、市外から来たお客さんからは「すてきだね、かっこいいね」と言ってもらえるような場所にしたいですね。住民参加をそんな成功体験に結び付けていくことが、僕らの仕事だと思っています。

 全体が完成するのはかなり先ですが、2~3年に一度はエリアごとに“オープン”を繰り返して盛り上げていきます。部分オープンという目標のために毎年ワークショップをやって、新しく活躍しそうな若い人が出てくれば、その人を盛り立てながら進めていこうと考えています。

 これからは、2020年の東京オリンピックに関連して文化イベントの企画が出てきたりもするでしょう。例えばそうした機会が訪れたときに、いつでも準備ができているようにしたいですね。何かをするとなったときには、すぐに「これをやりたい」「この公園を使ってやったら面白いんじゃないか」と皆が思い浮かべるようになっていたらいいなと思います。

※1 朝日山公園整備コミュニティデザイン業務

新朝日山公園(仮称)は、氷見高校の北西側に隣接する約7ヘクタールの場所に、社会資本総合整備計画として総事業費約13億円を掛けて新しく整備するもの。これまで、約9億円をかけて四阿や駐車場、園路などを整備してきた。

「朝日山公園整備コミュニティデザイン業務」では、地域の活性化と街の魅力づくりの中心として新朝日山公園(仮称)を位置付け、日常生活の公園に対するニーズにマッチした個性的な公園空間を創出するため、住民みずからが自分対のやりたい企画やイベントを公園で実施し、それに興味を持った住民が参加し、持続的に楽しめる公園にするためにコミュニティデザインを行う。2014年度はワークショップを9回実施、基本構想を取りまとめた。2015年度は、この基本構想方針案をもとに、3つに分けたエリアの使い方や、公園の運営について検討するともに、将来の拠点となる休憩所とトイレを整備する予定。フェイスブック「氷見の朝日山公園」で情報発信している。

●朝日山公園整備コミュニティデザイン業務 受託者
槻橋修(神戸大学院工学研究科 准教授) + 福岡考則(神戸大学院工学研究科 特命准教授) + 松田法子(京都府立大学大学院環境科学研究科 専任講師) + ティーハウス建築設計事務所 + Fd Landscape + 神戸大学槻橋研究室 / 京都府立大学松田研究室 (現時点での契約は2015年度末まで)

基本構想では、地形に合わせて公園を3つのゾーンに整理した(資料:氷見市)
基本構想では、地形に合わせて公園を3つのゾーンに整理した(資料:氷見市)
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3段階に分けて整備し、全体のオープンは2021年を予定(資料:氷見市)
3段階に分けて整備し、全体のオープンは2021年を予定(資料:氷見市)
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上の写真は市民報告会(2015年3月)の様子。向かって右端は本川裕治郎市長。右の画像はワークショップの案内チラシ。ハートマーク部分が新朝日山公園の場所。中心市街地や富山湾を一望できる丘の上に位置する。「フレンズ・オブ・朝日山」は活動母体の呼称(写真・資料:氷見市)
上の写真は市民報告会(2015年3月)の様子。向かって右端は本川裕治郎市長。右の画像はワークショップの案内チラシ。ハートマーク部分が新朝日山公園の場所。中心市街地や富山湾を一望できる丘の上に位置する。「フレンズ・オブ・朝日山」は活動母体の呼称(写真・資料:氷見市)
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※2 新朝日山公園(仮称) 氷見市には、従来から「朝日山公園」と名付けられた公園が別に存在するため、今回開発する公園を新朝日山公園と呼ぶ。本文中の「朝日山公園」「朝日山」はすべて、新朝日山公園(仮称)を指す。

小さな成功体験を積み重ねる

――公園の「ヒルサイド」エリアで直径20mの「コスモスのリング」をみんなでつくるなど、ワークショップでは現地(公園)での体験を重視しています。

 コスモスの種をまいたとき、60人くらい人が来たので、みんなでリングのまわりで手をつないで写真撮影しました。そうすると、まだ種をまいただけとはいえ、参加したみんなの一体感が生まれてきます。一つの小さな成功体験といえます。

 このコスモスは9月から10月ごろに咲くのですが、そのころに公園の隣にある氷見高校の文化祭があるんです。そこでアートイベントを仕掛けて、来たお客さんをコスモスのリングにも連れてい行きたいね、という話もしてます。秋の文化祭の当日にちょうど咲いているとは限らないんですが、本当にその文化祭のときにきれいな花を咲かせていたら、やっぱりそれも一つの成功体験ですよね。

コスモスリングに種をまく参加者(左写真)と公園内の位置(右図)。図中の「ワイルドフラワーチャレンジ」部分には多年草のハーブを植える(写真・資料:氷見市)
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コスモスリングに種をまく参加者(左写真)と公園内の位置(右図)。図中の「ワイルドフラワーチャレンジ」部分には多年草のハーブを植える(写真・資料:氷見市)
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コスモスリングに種をまく参加者(左写真)と公園内の位置(右図)。図中の「ワイルドフラワーチャレンジ」部分には多年草のハーブを植える(写真・資料:氷見市)

――小さくても成功体験を重ねていけば、公園にコミットすることへのポジティブな意識が高まりそうです。

 そうですね。それだけでなく、「花を植えて育てることにどれだけの手間が掛かかるのか」といったことも体感として分かります。すると、体感に基づいて自分たちがカバーできる範囲を決めていくことによって、公園の形や景色が決まっていくということも分かります。つまり、公園はみんなでつくるものだという前提に立ったときに、この公園の“政策”を決めていく過程が体感として分かるようになるわけです。こうした経験を通じて、結果的に氷見の住民の人たちのまちづくりへの参加のしかたも変わってくるのではないかと思います。

「使う人」を「つくる人」に変える

――自分たちでできること/できないことが分かると、コスト意識も高まりますね。

 例えば公園の管理費が年間で2000万円掛かるとします。その2000万円という費用は、この公園で飲食施設を運営したり、イベントを開催したりして賄えるかというと、ちょっと怪しい。だけど、収入を増やす、あるいは支出を減らして実質1500万円に、あるいは1000万円にしていくために、みんながコミットしていくことが重要です。

公園でイベントを企画・実行するような市民を発掘する場としても機能すれば、と語る槻橋氏(写真:宮田 昌彦)
公園でイベントを企画・実行するような市民を発掘する場としても機能すれば、と語る槻橋氏(写真:宮田 昌彦)

 結局、「使う人」を「つくる人」にどれだけ変えられるかということじゃないかと思っています。

 僕らは建築の専門家ですけど、実は建築にしてもまちづくりにしても、使う人を建築家にしてしまった方がうまくいくんじゃないかとも思っています。もちろん、公園のどこに何をつくったらいいのかといったことは、専門家じゃないといきなりは分かりません。そこで今は、ディスカッションで出てきた自由な意見を、具体的な原案に落とし込むところの手さばきなどを、一緒に体験してもらいながら進めるような形を取っています。

 自分たちでできないことは専門家に任せるにしても、任せていることをちゃんと自分たちでマネージしていること、理解していることが「自分たちがつくること」なんだということを体験してもらうと、いろいろなことが回り始めるんじゃないかなと思っています。

 また、「自分はこれをどうしてもやりたい」という人もだんだんと出てきたりもします。今回も高校生が「僕がデザインした建物が建つならぜひやりたい」と言うので、「そんな簡単には建たないよ」と返しつつ、「じゃあ何かスケッチを描いて持ってきて」と言っているところです。

公共空間に、個人の“小さな占有”を埋め込む

――槻橋さんは、これまでもワークショップを伴うプロジェクトを進めてきました。例えば、「失われた街」模型復元プロジェクト(※3)などは、今回の公園づくりとつながってくる部分はありますか。

 僕の中ではつながっています。東日本大震災の津波で街がなくなってしまったとき、何か手伝うにせよ、支援する、関わる、見守るにせよ、かつてそこがどんな街だったかを認識しなくてはいけないと思ったんです。僕ら(建築の専門家)は、模型をつくるとちょっとは認識できるようになる部分もあるので、1/500の模型をつくりました。

※3  「失われた街」模型復元プロジェクト
※3  「失われた街」模型復元プロジェクト
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1/500の白い街の模型を実際に現地に運び、現地の人々に見てもらい、呼び起こされたかつての記憶を聞き取り、着色したり、細部と追加していったりするなどして模型に表現していく。模型を作り上げていくことで、地域に育まれてきた街並みや環境、人々の暮らしの中で紡がれてきた記憶を保存・継承していくことを目指す( 画像は「失われた街」模型復元プロジェクトのウェブサイトより)

 といっても、実際には、なかなか簡単にはつくれない。というのは、航空写真や地図だけである程度まではつくれるんですけど、実際に街の模型を持ってその街に住んでいた人に見てもらうと、いろいろな要素が欠けていることが分かったからです。

 「ここに桜並木があって、いつもお花見のシーズンに散歩していたんだ」とか、「ここの駅前にお地蔵さんがあって、このお地蔵さんは30年前に商店街の誰かが言い出してつくったもので、毎年その場所で盆踊りをやっていたんだ」とか、そういったことが初めて分かるわけです。そうやって模型ができあがっていきました。街にはすごく重要な記憶の場所があって、それが人々の経験や体験を形づくっているんです。

 復興して新しくできる街は、震災前とは全然違う街になりますが、この街がここにあったということが、こうして大勢の人の証言で、模型としてリアルに色づいて残っていきます。もちろん嫌なこともあったでしょうけど、ここで語られるのは大体よい思い出ばかりです。そんなよい思い出を集めたら、素晴らしい風景があったわけです。

 1/500のスケールで街の模型をつくっていくと、「私の土地」といった土地の所有権の話ではなくて、街並みであるとか、そういったところからみんなが大事だったものが見えてきます。だから「皆さんが街のデザイナーであり、建築家なんですよ」ということを「失われた街」では伝えたいなと思っています。そのことと、今、朝日山公園でやってることは、ベーシックな部分は僕の中では一緒です。

 やっぱりハードだけではだめだし、ソフトだけでもだめなんです。朝日山の場合は、氷見市の市街地や富山湾を一望できるという地形と景色という強みがあります。一方で、公園という場所の共有を時間的に細かくみていくと、小さな占有の集まりになるという部分があると思うんですね。

――例えば誰かが公園でコスモスの種をまいたりといったことも、個人による「小さな占有」というとらえ方でいいでしょうか。

 そうです。「私がここに種をまいたんだ」というのは、“小さな占有”ですよね。この小さな占有が、住民参加の大きな公共空間のエンジンになっていく。そのためのマネージ方法があるのだろうと思って、いろいろとチャレンジしているところです。

 この場所を舞台にして、ワークショップに参加した人たちも、行政の人たちも、僕らも、みんなもう他人じゃないわけです。みんなでどんなコモンズ(誰の所有にも属さない共有地)をここに生み出せるか。つまり、「“お上”が全部管理費を出して、あとはルール内で使ってください」という公園ではない場所を目指したいと思っています。

槻橋修(つきはし・おさむ)
神戸大学大学院 准教授
1968年富山県生まれ。91年京都大学工学部建築学科卒業。98年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程単位取得後退学。2002年ティーハウス建築設計事務所設立。東北工業大学工学部建築学科講師を経て2009年より現職。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/073000008/073100005/