米国西海岸に位置するオレゴン州ポートランド市は、全米で「もっとも住んでみたい街」として知られ、米国における街づくりの模範的存在である。積極的な市民参加によるまちづくり(関連記事)に加え、資金調達の工夫(関連記事)や、交通機関のスマート化(関連記事)など、先進的な都市計画でも知られる。

 そして、同市の人気を支えるもう一つの重要な側面が、スタートアップを育成し、起業家を集める環境が整っていることである。

環境技術関連スタートアップを支援

 中でもスタートアップを育成するインキュベーターやアクセラレーターが充実していることがポートランド市の特長だ。ポートランド州立大学の調べでは、同市には35のビジネスインキュベーター/アクセラレーターがあり、オフィススペースや設計・製造などのエンジニアリング環境の提供、投資家とのマッチングなど多様なサービスを提供している。

図1 VertueLabが資金提供するChargewayが開発したEV充電ステーション向けの情報を提供するスマホ向けアプリ画面。中央が日産自動車「リーフ2019年型」に適した充電ステーションをマップに示した画面。右はタイマー機能、左は旅行計画をサポートする画面(出所:Chargeway)
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 一例として、環境技術などに特化してスタートアップを支援しているVertueLab(旧Oregon BEST)の取り組みを見ていこう。

 VertueLabは2019年1月、7社のスタートアップに対して、合計150万ドルの資金を提供する、と発表した。その1社が、EV(電気自動車)ユーザー向けに充電ステーションを探索できるスマートフォン向けアプリケーションの開発メーカーである米Chrgewayである。

 同社はCEOのMatt Teske氏が2016年に設立したスタートアップであり、どの企業・機関が設置した充電ステーションであっても中立の立場で検索できるアプリケーションを開発した。「ガソリンスタンドを探すように、充電ステーションを探しやすく工夫を加えた」という。

 Teske氏によると、EVによって適した充電プラグや充電速度が異なるため、EVユーザーは所有するEVに対応できる充電ステーションを探すのに苦労していたという。そのため、同社のアプリケーションでは、充電タイプを赤(Tesla)、緑(J1772/CCS Combo)、青(CHAdeMO)に色分けして示し、充電速度レベルを1~7の数字で示して視認性を上げている。例えば、GMのEV「Chevrolet Bolt」の2019年モデルは、緑色でレベル4までの充電ステーションに適用していることが容易に分かるという。

 同社はまた、タイマー機能を装備して充電する時間帯を知らせたり、選択した充電ステーションにおける充電時間を知ることができる。さらに、選択した充電ステーションで満充電にすることによって、どの場所までドライブできるかについての旅行計画を立てる機能も開発した(図1)。同社は、VertueLabから7万5000ドルの資金を得たことで、さらに使いやすいソフトウエアを開発する計画である。

 VertueLabは、エネルギー関連ベンチャーも積極的に支援しており、水道管に設置して発電する機器を開発した米Inpipe Energyに10万ドルの資金を提供した。Inpipe Energyは、ポートランド市出身のGregg Semler氏が、再エネ事業などに17年間携わった後に、2016年に創立したスタートアップである。

 同氏は、水道管を流れる水流をエネルギーに変換する「マイクロ水力発電」のアイデアを思いつき、オレゴン州立大学で6人のチームでプロトタイプの実験・実証を行った後、同社を立ち上げた。

図2 Inpipe Energyが開発したタービン付きの水道管。既存水道管と置き換えることによって、水流を活用した「マイクロ水力発電」を可能にする(出所:Inpipe Energy)
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 同社のアイデアは、家庭などの需要家に給水する水道管の幹線にタービンを設置して発電するというものだ(図2)。既存の水道管をタービン内蔵の水道管に置き換えることによって、「無駄に捨てていたエネルギーを回収することで、低コストでクリーンなエネルギーを得ることができる」という。

 Gregg Semler氏は、Inpipe Energyの前身である米Lucid Energyの時代に、ポートランド市の水道当局のPWB(Portland Water Bureau)と共同で、市内の水道管の4カ所にタービンを設置して発電し、同市所有の電力会社であるPGE(Portland General Electric)に20年間のPPA(電力購買契約)を結んで電力を供給する実証プロジェクトを2015年から実施して、実績を積んできた。これらの成果が評価されたことから、Inpipe Energyを新たに立ち上げ、VertueLabからの資金援助も得られたことから、商品化の検討を本格化させる。

「マイクロモビリティ」向けデータサービス事業を市が支援

図3 ポートランド市にあるRide Report本社が入っているビル。元は学校のビルだった(撮影:日経BP 総合研究所 クリーンテックラボ)
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 さらに、ポートランド市の当局も積極的にスタートアップを支援している。

 市による支援の成果の一つが、米Ride Report(図3)が立ち上げた自転車や立ち乗りタイプの電動キックスケーターといった「マイクロモビリティ」向けのデータサービス事業だ。市の交通当局であるPBOT(Portland Bureau of Transportation)が支援・提携している。

 Ride Reportの創業者でCEOのWilliam Henderson氏は、ポートランド市の出身で、米Appleでスマートフォン「iPhone」の開発チームに5年間在籍していたソフトウエアエンジニアである。2015年にポートランド市に戻り、Apple時代に培ってきたAI(人工知能)やマシンラーニングなどのソフトウエア技術を生かして、同社を立ち上げた。オフィスは、学校の廃校を利用して市から安く借り受け、教室を改造して使っている(図4)。

図4 オフィス内部の様子。教室を改造してオフィススペースをつくっている(撮影:日経BP 総合研究所 クリーンテックラボ)
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 Henderson氏はポートランド市との話し合いの中で、同市が特にスマートシティやスマートモビリティ関連のイノベーションを推進、支援していることを知った。そこで、同氏はこれまでの知識を生かし、「マイクロモビリティ向けのソフトウエアを開発することにした」(Henderson氏)という。

 Henderson氏が開発したソフトウエアは、AIを活用し、低消費電力のセンサーからの情報を基に自転車や電動キックスケーターの動きを「1億マイル(約16億km)の距離にわたって自動的に追跡できるものだ」(同氏)という。

 これにより、利用者向けに最適な走行ルートを検索し、乗車履歴を精緻に記録できるサービスを提供できるようになった。加えて、利用者のビッグデータを分析する機能を自治体に提供して、自転車レーンの整備や都市設計の最適化を支援することを可能にした。

 商用化に当たっては、交通当局のPBOTと提携して進めた。市民向けに、試作アプリケーションを提供し、使い勝手についての意見をもらって改善を続けた。さらに、データ分析によって同市の自転車レーンの改善につなげるプロジェクトを経て、実用化に漕ぎつけたという。

スマートフォン上のアプリで走行状況を確認

図5 ポートランド市の利用者向けアプリケーションのスマートフォン上の画面の例。地図上に混雑状況などを色分けで示した「ストレスマップ」。緑がスムーズなレーン、赤色が混雑していて通行が困難なレーンを示す(出所:Ride Report)
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 マイクロモビリティの利用者は、Ride Reportのサイトからアプリケーションをスマートフォンにダウンロードすることによって、様々なサービスを受けられると共に、その乗車記録が同社のサーバーを介して、自治体の管理者に集約される。

 利用者向けサービスとしては例えば、スマートフォンの画面上に道路の混雑状況や障害を示す「ストレスマップ」を表示する(図5)。

 スムーズに走行できる道は緑色で、混雑している道路は赤で示すなど視認性を上げている。利用者はこれを見て最適なルートを選択できる。

 利用者はまた、乗車後の履歴を記録し、画面上で簡単に確認できる。乗車した時間帯と、どこからどこまで移動したのかの位置情報が詳細なデータとして記録される。雨の中や坂道の移動、連続乗車などの挑戦的な行為に対して、「トロフィー」を贈与する仕組みも提供しており、利用者がトロフィーを集めることで、乗車のインセンティブを高める工夫も盛り込んでいる。

GPSの位置データから乗車履歴を収集

 Ride Reportのビジネスモデルは、利用者向けには無料でアプリケーションを提供し、自治体向けにデータ分析サービスをSaaS(Software as a Service)として提供することである。SaaSでは、利用者の乗車履歴の情報を集めて分析し、自治体の交通管理部門の担当者向けに提供する。

 Henderson氏によると、集約している情報は、同社のアプリケーションをインストールした利用者のスマートフォンのGPSからの位置データのほか、同社がAPI(Application Programming Interface)を提供しているサードパーティーからのデータも含まれ、近年その比率は増えているという。

 自治体向けの分析データの基本は、利用者向けにも提供している「ストレスマップ」で、利用者などからの情報を基に渋滞や障害など通行上のストレスの程度を分類(レーティング)して色分けして示す。交通管理担当者は、管轄地域全体のストレスマップをリアルタイムや過去に遡って監視・検討できる(図6)。

図6 ポートランド市向けのストレスマップの例。緑色がスムーズな路線、オレンジ色、赤色の路線は混雑や事故で支障があることを表している(出所:Ride Report)
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 交通量の多寡を赤色の濃淡で示す「ヒートマップ」として表示することもできる。自治体の交通当局の担当者は、こうしたストレスマップやヒートマップを検討、分析して、自転車レーンや道路の整備、設計に役立てている。

 同社のビジネスは順調で、ポートランド市に続き、ニューヨーク市(ニューヨーク州)、オースティン市(テキサス州)、アトランタ市(ジョージア州)、オークランド市(カリフォルニア州)など米国の人口密度が高い都市を中心に、15都市にSaaS事業を展開している。

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