Smart Nation Singaporeのウェブサイト

 シンガポールのLee Hsien Loong首相は2014年8月、スマートシティ構想「Smart Nation Singapore」を発表した。IoT(Internet of Things:モノのインターネット)やAI(人工知能)などの新技術を活用して、モビリティから住環境、ヘルスケアサービス、スマートハウス、エネルギー、環境保護、公的サービスといった市民生活にかかわるあらゆるサービスを対象とする広範なプロジェクトである。

 2015年4月には同プロジェクトを管轄する政府組織として、Smart Nation Program Officeを新設し、関係する政府機関が参加して支援する、国を挙げたプロジェクトである。モビリティ分野では、交通省(Ministry of Transport)、LTA(Land Transport Authority:陸上交通局)、PTC(Public Transport Council:公共交通協議会)などの政府機関や各種公共交通機関、空港、港湾部門の組織などが参加している。

オンデマンド型自動運転シャトルバスの運行を開始

 シンガポールは都市国家で土地に限界があり、土地の12%が道路や交通インフラに使われている。人口の増加と共に100万台以上の乗り物が国内に導入され、渋滞や環境負荷の増大が問題になっており、政府はモビリティシステムの効率化に力を入れている。シンガポール全土で、自動運転車や複数の交通機関を連携させるマルチモーダルを可能にするアプリケーションなど、さまざまな新モビリティの実証を実施。国全体を実験場にすることで、海外インフラ輸出につなげる狙いもある。

図1 Smartオンデマンド型のシャトルバスサービス「Beeline」(出所:LTA)

 その一つが、LTAが2015年8月に、ワンノース地区などで運行を始めたオンデマンド型のシャトルバスサービス「Beeline」である(図1)。利用者は、スマートフォンのアプリケーションを使って、地図上で運用地域内にある目的地のバス停までの座席を乗車の1カ月前から5分前まで予約できる。運賃はタクシーよりも安価に設定されている。

 アプリケーションの地図上で、バスの運行状況をチェックすることも可能だ。運用を始めて以来、23路線で、月間3800以上のリクエストを受け付けた。確実に座席を確保できる点が好評なことから、運行地域の拡大とバス運用会社のサービスの拡充を計画している。

 LTAの狙いは、住宅地から駅までのラストワンマイルの交通手段や、工業団地など公共交通の輸送網から外れた地域で公共交通を補完することで、自家用車の利用を減らして、交通渋滞と環境負荷を低減することである。

Grabがオンデマンド・バスシャトルサービスをスタート

 LTAは、「Beeline」のプラットフォームを使って、バス運用会社が独自のアプリケーションを開発してサービスを展開することで、ビジネスモデルとして定着させることも狙っている。

 例えば、ライドヘイリング(ライドシェアリング)・サービス大手のシンガポールGrabは、「Beeline」を活用したオンデマンド・バスシャトルサービス「GrabShuttle」を2018年3月から開始した。定員13人(図2)、23人、40人乗りのバスを用意し、顧客は専用のアプリケーションをダウンロードするだけで、簡単に運用地域内のルートを事前予約できる。

図2 「GrabShuttle」向けの13人乗りバス。利用者はスマートフォンのアプリケーションで乗車の1カ月前から5分前まで座席を予約できる(出所:Grab)
[画像のクリックで拡大表示]

 運賃はルートによって異なるが、3.5~5シンガポールドル(約280~400円)の間で固定されており、予約時に金額が明示されて、クレジットカードで支払う。Grabはこのサービスを当初、主に通勤・通学客が多い15ルートでスタートした。しかし、2カ月後の4月下旬には32ルートに倍増し、今後は顧客のニーズを見ながらさらにルートを拡充する計画という。

自動運転車の公道走行試験を2015年から実施

 LTAは、市民の交通面での利便性をさらに向上するために、既存車両によるオンデマンド型モビリティシステムの拡充を進める。それと並行して、自動運転車でより利便性が高く、ヒューマンエラーによる交通事故をなくす最適なモビリティシステムの導入を研究機関や自動運転車開発メーカーなどと共同で検討している。

 LTAの計画では、2017年からドライバーが乗車した形で自動運転車の公道走行試験を行っており、2019~2020年にはドライバーレスのテストに移行し、2022年には自動運転車を使ったオンデマンドのタクシーなどのモビリティサービスを本格的に商用化したい考えだ。

 LTAが最初にワンノース地区で自動運転車の公道走行試験の許可を出したのが2015年7月で、その対象はA*STAR(Agency for Science, Technology and Research:シンガポール科学技術研究庁)である。A*STAR傘下の研究所であるI2R(Institute for Infocomm Research)が開発した、GNSS(Global Navigation Satellite System:全球衛星測位システム)、IMU(Inertial Measurement Unit:慣性計測装置)、3次元ライダー(LiDAR)、認識・走行計画用ソフトウエア、ナビゲーションシステムなど組み込んだ車両が公道での走行試験を開始した。今後、企業との連携を強化して実用化を目指すとしている。

図3 NUSとSMARTが開発した自動運転車の公道走行風景。ノースワン地区で走行テストを実施(出所:LTA)

 LTAはまた、NUS(National University of Singapore:シンガポール国立大学)とSMART(Singapore-MIT Alliance for Research & Technology Centre:シンガポール-MIT研究技術連合)が開発した自動運転車に対しても、公道走行試験の許可を与え、2015年9月からノースワン地区で走行テストを開始した(図3)。

 LTAは2017年11月には、NTU(Nanyang Technological University:ナンヤン工科大学)と シンガポール政府系の開発企業であるJTC(Jurong Town Corporation)と共同で、自動運転の開発や普及を目的に、3600万ドルを拠出して、開発センターであるCETRAN(The Centre of Excellence for Testing and Research of Autonomous Vehicles)を設立した。シンガポール政府はCETRANの実証成果を生かして、2020年から市内の3ルートで自動運転バスを運行する計画を持っており、プロジェクトの一環として仏Navyaの「Autonom Shuttle」を導入し、NTUのキャンパスで走行テストをスタートさせている。

キャンパスに自動走行システムをMaaSとして導入

 NTUは、自動運転の開発拠点としての存在感を高めており、2018年4月に、同国の公共交通運営会社のSMRTおよびオランダの自動運転開発企業である2getthereとの3者共同で、自動運転システムを導入するプロジェクトを進めることで合意し、MOU(覚書)に署名した、と発表した。

 導入を計画している自動運転システムは、2getthereが開発した「GRT(Group Rapid Transit)」である。座席は8人分、計24人乗りで、磁気ペレットからなる軌道上を自動走行するタイプで、最高時速は40㎞である。2017年11月にNTUキャンパス内の350mのルートで実証走行が行われており(図4)、MOUを受けて2018年から本格導入を進め、2019年までにNTUキャンパス全体に拡大する計画である。毎日200~300人の乗客にサービスを提供する予定という。

図4 NTUキャンパス内に試験導入された2getthereが開発した自動走行システム「GRT(Group Rapid Transit)」(出所:NTU)

 前述したようにNTUはNavyaの「Autonom Shuttle」の走行テストも始めており、複数の自動運転車両を並走させる。複数の車両を使うことで利用者の利便性がどう上がるのかを検証すると共に、比較検討して最適な自動運転システムを評価する意味もあるとみられる。GRTはさらに、同国西部のジュロン地区で建設された環境配慮型の工業団地「CleanTech Park」でも走行させる計画という。また3者は、AI(人工知能)やセンサーデータを融合させるセンサーフュージョン向けのアルゴリズムや、フリート走行管理システムについても共同開発する。

 NTUによると、GRTの導入は、同大学がSMARTおよび工業団地運営会社のJTC Corporationと共同で進めている複数の交通手段を最適に活用するMaaS(Mobility as a Service)プロジェクトの一環である。キャンパス内に導入されたシャトルバスや自転車、電動スクーターなどを、「Jalan-jalan」というスマートフォン向けアプリケーションで最適な手段とルートを検索、予約できる。すでに、2017年11月からNTUとCleanTech Parkで運用が始まっており、電動スクーターの予約だけで、2018年4月までに6万7000回を数えたという。ここに、GRTや自動運転シャトルバスが加わることでさらに利便性を高めようとしている。

 「Jalan-jalan」を開発したのは、SMRTの資金提供により2018年2月に設立されたスタートアップのMobilityXだ。同社はこのプロジェクトの成果を生かして、シンガポールや東南アジアでMaaS事業を展開していく計画である。同年10月には豊田通商が第三者割当増資による出資をし、MaaS事業の共同開発と海外展開に関するMOUを結んだ。

 シンガポールは、同国内の既存交通システムであるMRT(Mass Rapid Transit)やバスなどの公共交通機関に加えて、「Beeline」などのオンデマンド型シャトルバス、自動運転バス、さらには自転車や電動スクーターなど多様な交通手段をMaaSによって、統合的にサービス提供できる構想を持っており、NTUの成果やMobilityXの活動がその有力候補になる可能性が高い。

米nuTonomyに民間企業として初の自動運転車の公道走行試験を許可

図5 nuTonomyの自動運転車の公道走行試験の様子(出所:nuTonomy)
図6 Grabのスマートフォン向けアプリケーション画面例。ワンノース地区から目的地を入力すると、自動運転車がマップ上に表示され、自動運転で迎えに来てくれる(出所:nuTonomy)

 LTAが民間企業としては初めて自動運転車の公道走行許可を与えたのが、米国の自動運転車開発ベンチャーであるnuTonomyである。同社は2016年4月にノースワン地区での公道走行許可を得て、同年8月から走行試験を開始した(図5)。nuTonomyは、2016年9月に東南アジア諸国でライドヘイリング・サービスを手がけているシンガポールGrabと提携し、Grabの配車アプリケーションを使って(図6)、自動運転車を使った同サービスの実証をスタートした。

 nuTonomyは2017年10月、米国の大手自動車部品メーカーであるAptiv(旧Delphi)によって4億5000万ドルで買収された。Aptivは、2018年8月にLTAから自動運転車の公道走行試験許可を受けて、検討を進めてきたが、nuTonomyの買収によって、両社の自動運転車の開発スタッフが結集して合計200人となり、シンガポールにおける実証事業も規模が拡大することになる。

公共交通機関や輸送トラックの自動運転化も推進

 LTAは、公共交通機関の自動運転化も重要なテーマとしており、2017年4月にシンガポールのエンジニアリング会社であるST Kineticsと共同で、電動バスの自動運転プロジェクトを推進していくと発表した。LTAが2015年に発行したRFI(Request for Information)に対して、ST Kineticsが落札したもの。

 ST Kineticsが提案している自動運転バスのコンセプトは、40人乗りでGNSSや各種センサー・レーダーシステムによって、200m先までの他の車両や歩行者を検出・認識し、運行計画を立て、レベル4の自動運転を可能にする。車車間通信や車・インフラ間通信機能を備えて、他の自動運転バスやインフラとシームレスに協調しながら運行する。1時間に30㎜の降雨でも自動走行できるように開発していくとしている。2020年までの3年間に、NTUやジュロン島などで走行試験を行い、将来的にはオンデマンド型のバスサービスを市民に提供していく考えだ。

 LTAは、自動運転トラックの開発にも取り組んでおり、2017年9月からジュロン島で、自動運転トラックの走行試験を始めた。当面は6~8㎞の固定ルートを走行するが、将来的には公道での走行試験も行う予定という。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/080200047/031500036/