スペインの北部、大西洋に面したサンタンデール市(図1)で、欧州を代表するIoT(Internet of Things:モノのインターネット)ベースのスマートシティプロジェクト「Smart Santander」の構築が進んでいる。エネルギー分野の効率化に加えて、モビリティ分野など市民活動のさまざまな分野をIoTと融合させて、包括的なスマートシティとすることで、住民サービスを向上する。参加企業は、開発したIoTソリューションを他都市に横展開することでビジネス拡大を狙う。

図1 スペイン・サンタンデール市の全景。カンタブリア州の州都であり、大西洋に向けて開くサンタンデール湾に面して市街地がある。人口は約18万人(出所:Smart Santander)
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 「Smart Santander」の実施主体はサンタンデール市だが、技術面で主導しているのは、同市にあるカンタブリア(Cantabria)大学である。同大学Communications Engineering Department教授のLuis Munoz氏によると、サンタンデール市は2000年代後半にスペインを襲った経済危機に直面したことから、「観光産業に加えて、ICT(情報通信技術)産業を振興させるためにEU(欧州連合)の補助プログラムに応募した」と言う。

 その結果、EUのFP7(第7次研究枠組み計画)から600万ユーロの資金援助を受けた。サンタンデール市は、人口約18万人で、面積40km2の典型的な中堅都市。EUとしては、同市をIoTベースのスマートシティのモデルケースとすることで、他都市に横展開する狙いがある。EUからの補助金に加え、同市が属するカンタブリア州から50万ドル、さらに参加企業からの拠出により、総額867万ユーロの予算を得て、2013年までの3年計画で最初の基本プロジェクトが実施された。サンタンデール市は、EUの補助金に基づく実証プロジェクトが終了した2014年以降も、市民向けサービスを継続している。

オープンなIoTプラットフォームを構築

 「Smart Santander」の最も重要な目的は、「オープンなIoTプラットフォームによるデジタルハブを構築して、スマートシティに関わる多くの関係者が活用できる環境を作ること」(Munoz氏)。特に重視したのは、自治体やサービス企業が市民に対してさまざまなサービスを提供し、新しいビジネスモデルを創造することだという。

 実施にあたっては、カンタブリア大学のほか、スペインの大手通信事業者のTlefonica、仏Alcatel-Lucent、スウェーデンEricssonなど15の企業・組織が参加するコンソーシアムを結成した。また、セルビア・ベオグラード市、英国ギルフォード市、ドイツ・リューベック市の3市と提携して推進するスキームとして計画をスタートした。

 「Smart Santander」では当初、2013年中に1万2000個のセンサーを設置する計画だったが、実際の設置数は1万5500個に達した。設置したセンサーは、温度、湿度、CO、照度、電磁波などの環境モニタリグ用を中心に、スマートパーキングや騒音など多岐にわたる。センサーからの情報は、市当局が状況を把握して各種の対策を講じる手段とする共に、一部は市民や旅行者に提供される。

 各種センサーは、無線通信機器と組み合わせてセンサーノードを構成し、ボックス形状のパッケージに収納され、市街地を中心に街灯(図2)や、建物の外装(図3)に設置されたほか、バスやタクシーなどの移動体のルーフに搭載した。サンタンデール市が運営するバスには80個、タクシーには20個、公園などを走行するEV(電気自動車)に26個、合計126個の移動センサーを設置した。これよって、市街地だけでなく、効率的に市内広域をモニターできるようになったとしている。

図2 サンタンデール市に設置されたセンサーノードとゲートウエイ。左は、街灯に設置されたボックス状のセンサーノード(撮影:日経BP総研 クリーンテックラボ)
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図3 建物の外装に設置されたセンサー・ゲートウエイ。アンテナが4本立っている(撮影:日経BP総研 クリーンテックラボ)
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 各センサーが収集したデータを、中継器(リピーター)を介したマルチホップ通信によってゲートウエイに送る。総計24個のゲートウエイが設置され、1つのゲートウエイで20~40個のリピーターからのデータが集まる。ゲートウエイに集約されたデータは、通信インフラを介して、市当局が運営するIoTのプラットフォームサーバーに送られる。ここで分析されたのち、情報として見やすい形に加工され、各種市民向けサービスとして提供される。

駐車の空き情報を収集・表示、街灯のスマート化とLED化で60%省エネ

 サンタンデール市が同プロジェクトによって、最初に提供した市民向けサービスがモビリティ関連である。中でも、多くの市民が市街地の駐車スペース探しに時間をとられていたことから、スマートパーキングソリューションをいちはやく導入した。資金を提供したEUも、駐車スペースを探すのに自動車を無駄に走らせ、CO2を排出していることを問題視していたことから、喫緊の課題だった。

 そこで、市街地の400カ所の路側駐車スペースの路面に自動車の有無を検知する磁気センサーを埋め込み、路上に設けた情報パネルで駐車スペースの情報を表示するサービスを提供することにした。磁気センサーからのデータは近くの建物に設置された中継器を通して、ゲートウエイ経由で収集され、情報パネルの情報を5分おきに更新する。同パネルの情報は上下2列あり、上部は近くの駐車ゾーン全体、下部はこれから向かう道路における駐車スペースの有無を表示し、ドライバーに対する利便性を図っている(図4)。モビリティ関連ではこのほかに、公共交通機関のバスの運行情報などをスマートフォンなど向けに提供しており、利用者はバスの待ち時間を事前にチェックできる。

図4 サンタンデールの市街地の路側駐車スペースに導入されたスマートパーキングシステム。磁気センサーを路面に埋め込み、駐車の有無の情報を収集し、路上に設けた情報パネルでドライバー向けに表示する。パネルの上段は駐車ゾーン全体の、下段はこれから向かう道路の空き情報を示す(撮影:日経BP総研 クリーンテックラボ)
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 サンタンデール市は、モビリティ関連情報のサービスに続いて、環境センサー情報の活用やスマートストリートライティング、公園などにおける植物への散水サービスなど、順次各種サービスの導入を進めた。

 CO2削減の観点から有効だったのは、スマートストリートライティングの導入だったという。一般的に欧州の都市ではエネルギー消費量の40%は街灯であるとみられることから、EUも重視しているサービスである。同市が管理する公園などの街灯に歩行者を検知するセンサーノードを設置し、通行時だけ街灯の光量を上げ、不在時には光量を下げる制御を行っている(図5)。こうしたスマート化によって、約30%の省エネ効果があることが確認されたという。

図5 街灯に歩行者を検知するセンサーノードを設置(撮影:日経BP総研 クリーンテックラボ)
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 さらにサンタンデール市は2017年から、街灯の光源を従来のナトリウムランプからLED照明に順次置き換えており、スマート化とLED化の両方を合わせると、「約60%の省エネ効果がある」(Munoz氏)としている。

 公園ではまた、芝生など植物の管理のために、土の湿度や温度をモニタリングし、適正な水分を補給するスマート散水サービスを実施することなどを通じて、市民に対する快適性の確保と作業の効率化を通じたコスト削減を両立させている。

EMFや騒音のモニタリングで「安心」を提供、救急車の優先通行の運用も

 環境モニタリングの取り組みでユニークなのは、温度、湿度、照度、COなどのほか、騒音やEMF(Eelectro Magnetic Field:電磁界)までモニタリングしている点だ。特に、「EMFまでモニターしているスマートシティプロジェクトは珍しいのではないか」とMunoz氏は言う。

 EMFが健康に害を及ぼすかどうかは科学的には完全には解明されていない。だが、どの程度のEMFが発生しているのかについて情報を公開することで、市民に安心を提供できると見ている。Munoz氏によると、EMFを検知する特殊なセンサーを約40個導入したが、センサーネットワークのコンセプトは他のセンサーと同じく「オープンなIoTプラットフォームによるデジタルハブ」である。

 騒音のモニタリングについては、市街地を中心に音響センサーを約60個設置して、ノイズの発生状況をマップ上で分析している。24時間体制で、5分間隔でほぼリアルタイムに測定しており、夜間などに大きな騒音が発生した場合には、警察に連絡することがあり、防犯の意味もある。

 廃棄物を収集するトラックがどの程度の騒音を発生するかもモニターして、収集時間やルートを最適化している。音響センサーと信号システムを連動させて、救急車の音を検知したら、優先的に青信号にする運用も実施している。

住民参加型の情報収集、ARの提供も開始

 サンタンデール市は、2013年にEUの補助金に基づく実証プロジェクトが終了して以降も既存のセンサーネットワークを活用し、新たにセンサーを導入して適用サービスの拡大を進めている。

 例えば、住民用の廃棄物コンテナのうち、紙、ガラス、金属などの非有機物向けコンテナ(図6)にセンサーを設置し、廃棄物量をモニターして、満杯になったコンテナだけを収集するシステムを採用した。非有機物廃棄物を対象としたのは、腐敗などの問題がないためという。設置センサー数は1200で、廃棄物収集の省力化と省エネ化が可能になった。このほか、サンタンデール市は上下水道のモニタリング・管理にも同センサーネットワークを活用しているという。

図6 廃棄物コンテナ。中央の青色コンテナが非有機物向けでセンサーを設置(撮影:日経BP総研 クリーンテックラボ)
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 同市の住民が保有するスマートフォンにアプリケーションをインストールし、そこからの情報を収集することでプロジェクトに参加してもらうと共に、さまざまな情報を提供していることも、「Smart Santander」の特長である。

 同アプリケーションを導入した住民は約1万人にのぼるという。これにより、温度や加速度などの基本情報のほか、交通渋滞や道路の穴などの不具合、廃棄物などの情報を送ることで、市の担当者の対応がスムーズになる効果がある。

 スマートフォンのアプリケーションを通じて、観光地や店、公共交通機関など同市の2700カ所の情報をAR(Augmented Reality:拡張現実)の仕組みを使って、提供している(図7)。各店舗はQRコードを発行しており、それを使うことで商品情報やそこから購入することも可能だ。住民だけなく、旅行者もアプリケーションをインストールすれば利用可能で、観光産業の振興にもつながっている。

図7 市民や旅行者向が持つスマートフォン向けのアプリケーションによって、各種情報をARによって提供。店頭に張り出しているQRコードを読み込むことで、店の様子や製品情報が閲覧でき、店舗が休みでも購入手続きが可能(撮影:日経BP総研 クリーンテックラボ)
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ブロックチェーン活用のスマートコントラクトも実現へ

 「Smart Santander」は、多様なセンサーからの複数のデータを活用して、さまざまなサービスを提供していることから、分野横断のデータ利活用を可能にしたオープンソースのIoTプラットフォーム「FIWARE」を採用した。「FIWARE」は、EUの次世代インターネット官民連携プログラムである「FI-PPP」が開発したIoT基盤ソフトウエアで、普及の中心メンバーであるTelefonicaとNECが「Smart Santander」に参加し、協力している。Munoz氏が特に強調したのが、「FIWAREを使うことで、さまざまなサービス提供者のデータを統合するマーケットプレースを構築できる」点である。

 実際、2016年11月には、デジタルサービスビジネスを推進する業界団体のTM Forumと「FIWARE」の業界団体である FIWARE Foundationは共同で、スマートシティ向けのAPI(Application Programming Interfaces)を開発すると発表した。Munoz氏によると、「Smart Santander」でも、このAPIを使ったマーケットプレースの検討を2018年10月からスタートさせた。同時に、「ブロックチェーンを使ってセキュアな取引を行う「スマートコントラクト」の検討も進めている」(Munoz氏)という。

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