前回は、東日本大震災以降4年間にわたる、キリンのCSVの取り組みのうち、「キリン絆プロジェクト」第一ステージの事例を中心に紹介した。その事業群は今、第二ステージとして、さらなる広がりを見せ始めた。今回は、岩手県遠野市のホップを使用した「一番搾り とれたてホップ生ビール」の開発を契機に発展した遠野市における多彩なプロジェクトと、シャトー・メルシャンのブドウ畑を通じたCSVの実践を紹介したい。

ホップ収穫祭、パドロン、そして農業トレセンへ

 被災地の復旧を優先したの第一ステージを経て、キリンが打ち出した「キリン絆プロジェクト」第二ステージのテーマは、「生産から食卓までの支援」である。そこでは、「農作物・水産物の地域ブランド再生・育成支援」「6次産業化の推進・販路開拓支援」「将来にわたる担い手・リーダー育成支援」という3つの目標が掲げられている。その実際を、順を追って説明していこう。

遠野のホップ畑。ホップ棚の高さは5m以上にもなり、収穫はリフトに乗ってつるごと手作業で刈取る重労働。ご多聞に漏れず、生産者の高齢化と後継者不足が課題(写真;キリン)
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ホップ収穫祭。収穫農家だけではなく、市民が一緒に参加し楽しめるお祭りにすることで、ビール文化の醸成、企業ブランドの強化、地元の活性につながっている(写真:キリン)
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パドロン。スペインパドロン地方原産の青トウガラシで、日本ではほとんど生産されていなかった。さっと油で揚げて塩を振るシンプルなビールのつまみは、キリンシティの人気メニューになった(写真:キリン
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 岩手県遠野市は、キリンが50年にわたり、「ビールの魂」とも言えるホップの栽培を委託してきた地域である。遠野市とキリンは、このホップという共有資産を入口に、新たな取り組みを開始した。両者の共通の課題は、遠野産ホップの生産に関わる、生産者の高齢化、栽培技術の伝承、ホップに替わる農作物の検討である。これらの課題解決に向けて、市とキリンは、遠野地域を「ホップの里」から「ビールの里」へと進化させる、3つのシンボルプロジェクトを始動させたのだ。

 第一は、「市民参加のホップ収穫祭」である。2015年、ホップと農作物収穫の最盛期である8月22日・23日に、遠野市民が遠野の恵みをお祝いするお祭り「遠野ホップ収穫祭2015」が開催された。

 イベントで提供されるのは、ビールのつまみとなる地元の畜産品、遠野のじゃがいも、市がブランド野菜として生産に注力している青トウガラシの一種「パドロン」などの地場食材。手にするビールはもちろん、遠野産ホップを使用した「一番搾り とれたてホップ生ビール」である。ビール文化の醸成と企業ブランドの強化、そしてホップを活用した地域活性化という、一石三鳥を目指したイベントである。さらには、これを契機に、ホップに並ぶ第二の地域産品としてパドロンをブランド化する「遠野パドロンプロジェクト」も立ち上がった。

 第二は、こうしたイベントと連携して行われる、ホップの収穫体験を兼ねた「ビアツーリズム」である。行政や市の観光事業者、東京・丸の内地区の3つのまちづくり団体が主催する「丸の内朝大学」などと連携し、東京からのツアー客の確保と、農業経営者との交流を図っている。

 そこには、ホップ調達の維持に向けた、ホップ栽培の担い手確保という戦略も含まれている。そして、キリンのクラフトビールの拠点である、代官山「スプリングバレーヴリュワリー」では、その年に収穫されたホップで作ったクラフトビールを解禁するお祭り「フレッシュホップフェスト」を開催。遠野市でも同時開催が行われた。

 そして第三は、ホップ畑を起点として、産地と域内外のシェフをつなぐ「シェフズツアー」の仕組み化である。

 特筆したいのは、将来にわたる農業の担い手・リーダーを育成するための「東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト」への支援である。東北大学などが参画する「農業経営者リーダーズネットワーク」、丸の内朝大学が手掛ける「復興プロデューサーカリキュラム」の相互連携を支援することで、新しい農業のカタチを模索し、生産地と消費地を太いパイプで結ぶ新たなビジネスモデルの創出を図ろうとしているのである。

「東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト」活動報告会後の記念撮影。地元の農業経営者による「農業経営者リーダーズネットワーク」と、本気で東北の農業復興を手伝いたいという東京・丸の内朝大学の「復興プロデューサーカリキュラム」参加者が、新しい農業のカタチを模索し熱い議論を交わした(写真:キリン)
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メルシャンのブドウ畑を通じたCSVの実践

長野県塩尻市の田園風景。この土地を借り受け、ブドウ畑を作る。遊休農地を減らし、地元に新しい産業を生む(写真:キリン) キリンならではのスケールの大きなCSV活動。
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 こうしたキリンのCSV活動は、震災被災地だけで展開されているわけではない。例えば長野では、シャトー・メルシャンのブドウ畑を通じて行っているCSVの取り組みがある。

 日本初の民間ワイン会社の流れをくむキリングループのメルシャンは、これまでも地域とともに原料の品質向上をはじめ、自社の発展だけではなく、日本ワイン全体の市場拡大に取り組んできた。

 その象徴が、「椀子(マリコ)ヴィンヤード」である。メルシャンは2003年、長野県上田市の陣場台地にある遊休農地に、「椀子ヴィンヤード」を開園。地元行政や地権者の協力を得て、農地環境を整えながら栽培を続けること7年、2010年には椀子ヴィンヤード産のファーストヴィンテージとなるワインを発売し、その後4年連続で国産ワインコンクールの金賞に輝き続けている。

 そんなメルシャンは、日本ワインの普及と長期的成長を目指し、長野県塩尻市片丘地区において、自社管理畑を拡大するため、2015年7月より農地を賃借することを発表した。離農を検討されている契約農家の農地を借り受け、自社管理畑として農地を維持する取り組みを開始したのだ。

 ブドウ畑は、成園を迎えるまでに最低7年かかる。今回拡大する畑のワインは、「シャトー・メルシャン」ブランドとして、10年後のファーストヴィンテージ発売を目標として掲げ、日本ワインのさらなる普及を目指そうというものだ。メルシャンでは、山梨・長野・福島・秋田の契約栽培農家へのワインの品質や個性を追求する技術指導も行っている。こうした取組みには、同ブランドを通じて、ワイン用ブドウ栽培が地域産業の発展に寄与すること、遊休農地の減少を図ること、そして離農・高齢化による担い手不足を解消しようという、シャトー・メルシャンのCSV哲学が込められている。

 キリンは今年12月、全国9工場ごとに味の違いや個性を楽しめる「地元うまれの一番搾り」も発売した。今年収穫したパドロンは好評のうちに終売となってしまったらしいが、キリンシティで各地の一番搾りを飲み比べ、シャトー・メルシャン東京ゲストバルで日本のヴィンテージワインを堪能しながら、キリンが描くCSVの未来を、眼と舌で味わっていただきたいと思う。

一般社団法人CSV開発機構
高齢化対応・地域の活性化などの社会課題、気候変動などの環境問題をはじめ、様々な社会・環境課題を抱える現代社会において、企業がCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)やISO26000の理念を踏まえつつ、本来の事業展開力を活かした新しいビジネスモデルによって、より良い社会、持続可能な未来を創造していこうというCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)を事業化することを目的とする団体。公式サイトはhttp://csv-jp.org/理事長は赤池学・ユニバーサルデザイン総合研究所代表取締役所長(プロフィール)。
<訂正>重複していたパラグラフを削除しました。(2015年12月18日19時50分)

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