新潟県三条市では2004年7月と2011年7月の2回、五十嵐川流域で大きな水害を経験した。11年の豪雨被害では、04年の2倍近い降雨量だったにもかかわらず、被害を小規模に抑え込むことができた。同市ではそれぞれの豪雨被害後の住民行動などについて比較調査を行っており、今後の対策を考えるうえで参考になりそうだ。

三条市長 國定 勇人氏
三条市長 國定 勇人氏
2006年11月より三条市長。現在3期目。新潟県見附市長、福井県福井市長、兵庫県豊岡市長と共に「水害サミット」発起人(写真:北山宏一)
[画像のクリックで拡大表示]

 今回は、2004年7月と2011年7月の2回、大きな水害を経験した自治体として、住民の皆さんがソフト対策の結果どのように考え、どのように行動したのかについて紹介していきたい。

 04年の豪雨では累計雨量491㎜を記録し、100年に1度と言われる大雨が降ったと言って大騒ぎになったが、それから7年後の11年は約累計雨量が倍の959mmに達するほどの勢いだった。雨量としては約2倍降っているが、04年の水害よりも被害面積も被災者の数も非常に少なく済んでいる(※)。

 この一番大きな要因は、7年間に約300軒の住民の皆さんに移転をしていただき、大規模な河川改修を行ったことにある。これで流下能力がある程度担保された。

 ハード対策を行った上で数々のソフト対策は打ってきた。群馬大学大学院・片田敏孝教授の研究室による実態調査で、住民の皆さんの行動の変化を読み解くことができる。まず、避難情報。04年の水害の時には、避難勧告を発令した事実を知っていた被災者は21.9%しかいなかった。ソフト対策を進めてきた結果、11年の水害の時には避難勧告・避難指示まで到達したが、それぞれの避難情報について93.3%の方が確認できている。

 また、私はどちらかというとテレビやラジオで情報を得ていると勝手に思い込んでいたのだが、屋外スピーカーの防災無線から最も多くの人が情報を入手していたということが明らかになった。

片田敏孝群馬大学大学院教授が中心となり市民アンケート調査を実施。2度目の水害時は、ほとんどの住民に避難情報が伝わった。防災無線(屋外スピーカー)から情報を得た人が多かった(資料:三条市)
片田敏孝群馬大学大学院教授が中心となり市民アンケート調査を実施。2度目の水害時は、ほとんどの住民に避難情報が伝わった。防災無線(屋外スピーカー)から情報を得た人が多かった(資料:三条市)
[画像のクリックで拡大表示]

 この調査結果は、我々が一方的に思い込みで考えていくのではなく、住民の皆さんがどういうルートで避難情報を入手しているのかを知る重要な情報ではないかと思っている。

※ 2度の豪雨による住家被害および人的被害は以下の通り。
2004年:全壊1・半壊5281・一部損壊1・床上浸水515・床下浸水1649・死者9人・重傷者1人・軽傷者79人
2011年:全壊10・半壊400・一部損壊0・床上浸水13・床下浸水 1523・死者1人・軽傷者 2人

豪雨災害対策を転換、水平避難から垂直避難へ

 では、避難情報を受けた上で、その後どのような行動に出たのか。11年の水害は、実は多くの方々が自宅にとどまった。津波は絶対水平避難しなければいけないわけだが、水害は河川直下以外は垂直避難の方が命が助かるケースは非常に高い。指定避難所に行くまでに少し低い窪地のようなところを通過しなければいけないとなった時に、本当にそれでも水平避難がいいのか。

 私たちは11年4月、全ての判断、避難行動の原則を水平避難から垂直避難に一大転換を図り、そのことを記した豪雨災害対応ガイドブックを全戸配布した。結果として、81.8%の方がガイドブックに目を通しており、その65.1%の方々がすぐに分かる場所に保管してあった。つまり、我々の場合は過去に水害を受けたということもあるにせよ、住民意識というのは我々が思っているよりもはるかに賢くて、はるかにしっかりと状況判断をしようと試みているということだ。そのことが、この調査結果から確認することができると思う。(談)