佐賀県では、ここ数年IT企業の集積が進んでいる。これには、トップである山口祥義知事自らがIT企業の誘致を積極化したいという意向を持つことが大きく関連している。山口知事は佐賀県をどのような方向に導きたいのか。

佐賀県知事の山口祥義氏(写真:菅敏一)

――IT企業を集積するために各種政策を実践されています。そのように最新技術を積極的に導入されようとする考えの根本的なものを教えていただけますか?

 近年、AI(人工知能)やIoT(インターネット・オブ・シングズ)、5Gなど、科学技術が急速に進展し、私たちの身近な暮らしにも変化をもたらしています。さらには、DX(デジタルトランスフォーメーション)も加速してきました。そうした流れの中で、私が考えているのは、“DX脳”です。

 “DX脳”とは、新しいサービスや新しいこと、新しい仕掛けをまず想像し、これを世の中にどのように組み入れていくか構想し、そして実際に創造していく力をこのように呼んでいます。

 例えば、通信手段では、固定電話から携帯電話が普及し、そして、今ではスマートフォンが主流となっているように、同じ用途のものが技術によって、形を変えて発展していくのがわかります。今の世の中で動いていることの中には、かつて、「こんなことが実現できるんだろうか」と、人々の想像力を超えたところにあったものも少なくないでしょう。

 このように、時代の先を見据え、新たなものや価値を創造する“DX脳”を持っている人材は、まだ、それほど多くはないと思います。だからこそ、私は、こうした今までの常識を超えた発想ができる人たちがアイデアを出したり、お互いが意見を言い合ったりできるような、まず場づくりを佐賀でやりたいと考えています。

――“DX脳”というと、具体的にはどんなことを発想できることなのでしょう。

 たとえば、コロナ禍の中で社会実験として佐賀県が実施した「SAGAナイトテラスチャレンジ」(関連記事)もそうかもしれません。コロナ禍にあって、商店街は人出が少なくなったり、時短営業したりするなど、大きな影響が生じていました。これまで県では、「道路には、お店を出してはいけない」ということを警察と一緒になって指導してきました。ところがコロナ禍では、店の中よりもむしろ店先で食事をした方が3密を避けられます。こうしたことから、これまでとはまったく違う発想をして、歩道や駐車場を活用し、飲食店がオープンテラスを運営する「SAGAナイトテラスチャレンジ」を実施することで、まちの活性化を図ったのです。

「SAGAナイトテラスチャレンジ」の様子(2020年5月)。秋には「モバイルオー ダーシステム」の実証実験も行った(写真提供:佐賀県)
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 こうした発想が出てくれば、県庁の職員の中でも「みんなでまちを盛り上げていこう」という機運が高まり、飲食店を誘うようになる。「やるんだったら、警察への許可は僕らがまとめて取るよ」などと、県庁内が横につながりながら、まちを盛り上げていったのです。

――“DX脳”を持った人が先鞭をつけてくれるというのが大事だというわけですね。

 イメージをつくってくれれば、あとのシステムにつなげる部分というのは、技術者などいろいろな人がやってくれると思います。問題は巨大な白い空間の中に、“DX脳”のある人が概念をつくれるかどうかにかかっているんじゃないかと僕は思っています。ただ、簡単には“DX脳”というのは育たない。だから、みんなでお互いに意見交換をしているうちに、アイデアが生まれ、その輪が広がっていく、そんな形にしたいと思っているんです。佐賀県はそういう場をいっぱいつくって、どんどんチャレンジしたいと考えています。

国内外のIT企業「サポーティングカンパニー」が県内企業と交流

――“DX脳”を、佐賀県で育てていくためには、大きく二つの方向性があると思います。一つは、県内の企業を育てること。もう一つは県外の企業を誘致すること。県内企業のレベルアップに関して佐賀県産業スマート化センターにはどのような効果を期待していますか。

 佐賀県産業スマート化センターは、2018年10月に開設しました。県内企業がAIやIoTといった先進技術を活用した新たなビジネス創出を促すのを支援することが最大の目的ですが、事業の趣旨に賛同いただける国内外のIT企業には「サポーティングカンパニー」として登録いただき、県内の企業と交流をしていただいています。

 サポーティングカンパニーは今では170社以上になっているのですが、そういった方々と交流する中でもまれているうちに、ある部分で“DX脳”が成長する人もいると思う。“DX脳”に関しては、「自分は持っていない」と思っている人が、もしかしたら持っているかもしれない。今までは、触発されていなかっただけかもしれないですから。

 世の中の革新的な変化というものに対して、佐賀県は新しい産業を生み出そうとしています。だから“DX脳”を持っている人と、それを最終的にビジネスに落とし込める人と、両者が合体することでイノベーションを起こしていきたい。佐賀県産業スマート化センターには、そのようなフィールドとしての役割も期待しています。

――一方で、県外企業の誘致も増えています。この成功の要因はどんなところにあるのでしょう?

 優遇制度などももちろん用意していますが、ユニークなのは企業誘致パーマネントスタッフ制度を独自で設けていることでしょう。この制度は、佐賀県の企業誘致を担当していた職員が、たとえ他の部署に異動になったとしても、誘致企業に対しては引き続きフォローアップ業務を担当させていただく制度です。

――その制度のどのようなところを評価されているのでしょうか。

 県外から来ていただいた企業の方にとって、信頼できる地元の人物が傍にいることはとても大事なことだと思います。行政はセクション主義なので、異動後に担当を外れるのは仕方がない。ただこれまで話をしてきた担当がそこで変わってしまうと、お互いにまた信用を築くところから始めなくてはならないじゃないですか。

 企業誘致パーマネントスタッフ制度は、「ずっとずっと佐賀県は友達でいる」ということを形にした制度だと考えています。水先案内人をずっと一人の人間が担うとも言えます。県外の企業の方が、新しく何かしたいということがあるとすれば、そのときは誘致の際に信頼を得たパーマネントスタッフが、様々なことをアドバイスして、ビジネスの拡張のお手伝いをします。

――佐賀県をこれからもっと活性化させていくためには、さらに多くのIT企業に進出して来てほしいというお気持ちはありますか。

 とてもあります。佐賀県は、ゲームやアニメとコラボレーションしたプロジェクトに取り組んでいて、若者の支持がとても高い県なんです。だからIT系企業とも親和性が高い。実際に、最近ではそういった企業が多く進出していますし、今後も様々な施策をうって進出につなげたい。

 元々、佐賀県は新しいものづくりが得意です。幕末には藩主自らがオランダ船に乗り込み、試行錯誤を重ねて国内初の反射炉や鉄製大砲を製造したり、日本初の実用蒸気船を建造したりしました。佐賀県が明治維新の中で重要な役割を担っているのは、あまり知られていませんが、こうした先進技術を取り入れる気風は今でもあると思っています。だから、この佐賀から新しい技術革新をやっていこうという方針で、かじを切っています。

組織改革で庁内の横串を通す

――それらを実践するために、行政の体制を変更してきたことはありますか。あるいはこれから、何か考えていることはありますか。

 組織としては2020年度から新たに産業労働部には県内でのDX推進やスタートアップを支援するDXスタートアップ推進室を設置し、総務部には県庁の業務を中心にAIなどの最先端技術の活用を推進するデジタルイノベーション室をつくりました。いずれも他の部署との交流がしやすい横串が刺せる組織です。ただ、これで終わりではなく、今後の状況次第で臨機応変に組織は変えていこうと思っています。組織を固定してしまうこと自体が、“DX脳”ではないと思います。

(写真:菅敏一)
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 私は官民は一緒になって幸せを求めるものだと思っています。ですが、「行政がちゃんと耳を傾けてくれない」とか対立構造になりがちです。でも、そんなことであっていいはずがない。佐賀の企業や県民と佐賀県庁は一緒になって、いろいろ議論しながらやっていくことが必要で、そのためには組織は変えていく。コロナとDXを契機として、新しい世界が生まれてくると思っています。

――そもそもDXが必要だと思われるのは、なぜなのでしょう?

 同じ仕事をずっと続けていることに対してリスクが生まれています。同じような業態がいきなり消えてしまう可能性が今はあるわけですから。そういったリスクに対して、行政としては自分たちの地域がしっかり対処できるように支援しなくてはならない。

 例えば、航空業界も大変厳しい状況で、(佐賀空港に路線を持つ)盟友の全日空さんをはじめ大変心配です。今は「SAGĀNA Project」(サッガーナプロジェクト、ANAと佐賀県が連携して様々な企画でANAを応援していくプロジェクト)を実施しています。

 また、今は厳しい状況ですから、今までどおりにしかやれない企業も多くありますが、そういう企業についてもしっかりと支援し、新しい世界に誘ってあげたいなと思っています。今までは当たり前のようにあった業界があっという間に変わっていく時代。もちろん、進化もします。ひょっとすると、その中では淘汰があるかもしれない。けれども我々はみんな佐賀県の仲間だし、挑戦する人は応援するし、なかなかチャレンジできない人もできるだけ一緒になってDXの仲間の中に入ってもらう。今までの大量護送船団ではなくて、別の船団が作れたらいいなと思います。

――その船団にはやはりAIやIoT、5Gといった技術が当然必要になってくるので、そこは育てなきゃいけないということでしょうか?

 新しい世界にはデジタル化してつながっていくことが必要で、基礎的な技術がないと入ってはいけない。今でこそインターネットの普及によって、どのような場所で暮らしていても、海外からでも、いろいろな商品がすぐに届くけれども、昔は、そんなこと考えられなかったですよね。“DX脳”を持った人間がいて考えたわけです。ただ一人の“DX脳”だけでは実現するのは難しく、様々なデジタル技術によってそれは成し遂げられてきたのだと思います。

山口 祥義(やまぐち よしのり)
佐賀県知事
1965年生まれ。89年東京大学法学部卒業、同年、自治省(現総務省)入省。内閣安全保障・危機管理室参事官補、総務省過疎対策室長などを歴任。東大院総合文化研究科客員教授、JTB総研、ラグビーワールドカップ(RWC)2019組織委など民間でも活躍。2015年1月、佐賀県知事に就任(現在2期目)。

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