2016年に市制施行から100周年を迎えた広島県福山市。幅広い世代の市民が集まり、福山の未来づくりをともに考え協働する場として 「ふくやま未来づくり100人委員会」を発足。17年2月から1年間かけて議論を重ね、「30年後の福山の未来図」をこのほど完成させた。18年3月1日からはその図を大型パネルにして市庁舎1階に掲げ市民に公開する。枝広直幹市長に、取り組みの狙いと今後の展開について聞いた。

(写真:松田 弘)
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(写真:松田 弘)

――17年2月に「ふくやま未来づくり100人委員会」を立ち上げられました。まずはこのプロジェクトの概要を教えてください。

 広く市民が集まって、夢やアイデアを語り、自分たちなりの30年後の未来をイメージしてほしい。また、それを行政や民間団体などがしっかりと受け止めて、実現に向けて協力しながら取り組んでいきたい。その思いを込めて始めたのが、「ふくやま未来づくり100人委員会」です。高校生から90代まで、幅広い年齢層の市民の皆さんが集まってくれました。男性50人、女性50人です。新しい時代の官民協働のプロジェクトの一例になればと思っています。

 具体的には、1年間かけて「30年後の観光は」「駅前は」「福山城などの歴史は」「子育て環境は」など、テーマごとにグループに分かれて議論を重ね、市民の皆さんが思い描く30年後の福山を一枚の絵にまとめました。この絵は2月19日からは、福山市内の各支所や公民館、学校、図書館などの公共施設でご覧いただいています。また、3月1日からは市庁舎の1階に大型パネルにして掲げる予定です。

「30年後の福山の未来図」。左が表面、右が裏面。裏面には未来図を16ブロックに分け、各ブロックで描かれている未来についての解説を掲載(資料:福山市)
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「30年後の福山の未来図」。左が表面、右が裏面。裏面には未来図を16ブロックに分け、各ブロックで描かれている未来についての解説を掲載(資料:福山市)
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「30年後の福山の未来図」。左が表面、右が裏面。裏面には未来図を16ブロックに分け、各ブロックで描かれている未来についての解説を掲載(資料:福山市)

 実は、私は市長選挙に立候補した時から、「オール福山」で取り組みをしていきたいと考えていました。福山市では1950年頃からもう50~60年、「協働のまちづくり」に取り組んでいます。ただ、経済や社会環境も大きく変化していく中で、今は協働のまちづくりを新たな高みへと進化させるタイミングだと思っています。

――つまり、50~60年前に始まった協働のまちづくりが、今の時代にはマッチしなくなったということでしょうか。

 人口は減少し、高齢化が進んでいます。今までは、公の役割と地域の役割があり、一緒に地域づくりをしていきましょう、ということが成り立っていたのが、難しくなってきた。だからあり方を考え直さなければならない時にきていると思いました。というのも、今、私は車座トークを実施し、市民の声を聞いているのですが、市民の負担感が少し高まっているように感じたのです。

 さらに、「協働のまちづくり」という言葉を取り違えると、行政の仕事を地域にやってもらう、負担を分かち合う、もっと極端な言い方をすると地域に押し付けてしまう、ということになりはしないかという危惧も以前からありました。そうなると協働のまちづくりは続きません。

「協働」から「共創」のまちづくりへ

(写真:松田 弘)
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(写真:松田 弘)

――そこで発足した新たな協働の形が、「ふくやま未来づくり100人委員会」ですよね。今回非常に特徴的なのは、高校生からメンバーに入っており、集まっているメンバーは3世代にわたります。そこには、どんな思いが込められているのでしょうか。

 若い人にとっては、もしかしたら我々のような高齢者は少し煙たい存在になっているかもしれません。いまの時代、高齢者は、これまでの経験を若者に押し付けてはいけないと思うんです。これまでの成功体験が、将来にわたって通用するとは限りませんから。だから、我々の世代はむしろ、若い人たちが議論しやすい環境をつくり、時々アドバイスをする役目を担うべき。若い人たちには、臆せず自分の夢をしっかり地域づくりに生かすのだという責任をもってもらい、双方がうまく調和できればいいのです。

――1年間という短い期間でこれだけ大掛かりなビジョンを完成させました。現場は大変だったのではないですか。

 最初は2年くらいかけようという提案があったのですが、私は1年でお願いしました。絵を描いて終わりではなく、この後の展開こそが大事だからです。時間を掛けても描ききれないものは描き切れないと思いました。こういう議論の時は、第1回目に出てくる意見にエッセンスが詰まっているのではないかと考え、その直感を大切にしようという思いもありました。

――こうして市民がビジョンをつくっていくと、次の段階では市はそれに応えなければなりません。大変な責務ですね。

 それは当然のことです。昔は行政が施策をつくり、市民に示し、市が中心となって市政を運営していました。でも、これからの地方行政は、そうではいけないと思います。我々がすべてを知っているわけではありませんし、最適解を出せるほどの知恵も能力もありません。

――今後の展開はどうお考えですか。

 今回、30年後の未来図として出てきたいくつかの提案を、今後どう組み込んでいけるのか、議論していきます。そのうえで、市の施策に早速取り入れられるもの、数年後に回るもの、形を変えて取り上げるものに分類されるでしょう。透明性のある議論をして、できる限り多くの人が納得できるやり方につなげていきたいと思います。

――現在のところ、この未来図には民間企業があまり入ってきていません。この先どのように関わっていきますか。

 今回は組織単位ではなく、市民として意見を出していただきました。出てきた提案を受け止めるのが行政なのか、団体なのか、それにふさわしいノウハウを持っている企業なのか。それによって担い手としての企業の関わりが出てくる可能性はあると考えています。行政や団体、企業がしっかり受け止め、この絵を大切に現実のものにしていく一歩にしていきたいと思います。

――このプロジェクトで最も難しかったのは、どんな点でしょうか。

 最初のうちは、現場に任せたものの、正直、どこに向かっていくのかという不安はありました。でも、それは民意なんですね。市民の率直な思いです。だから、それを歪曲することがあってはいけない。そこが最も肝心なところだと思ったので、完全に任せて私は参加者の一人として見守ってきました。

――このプロジェクトは、福山市にとってどんなステップになるでしょうか。

 一つは、自分たちの将来をしっかり今の世代が責任を持つ、そんな市民であり社会であってほしいと思います。それと、この絵に描かれた30年後の福山は温かくて、平和で、絆を感じる。そして、豊かな自然に包まれている。そうした思いは、しっかり守っていきたいと思いました。

 今回のプロジェクトを通して、非常に市民の皆さんの地元愛の強さを感じました。地域性は何にも代えがたいものだと思います。福山市は今でこそ人口47万人の都市ですが、合併を繰り返して大きくなってきた街です。それぞれ違った地域性を持った人が集まっており、まだ融合しきれていない部分はあると思います。こうした絵を描くことによって一つにまとまっていけたら素晴らしいですね。

――今回の取り組みは、日本の地方行政にとってどんな役割を果たすことになるのでしょうか。

 人口47万人の都市で、市民の皆さんに議論してもらい、未来図を描くというアプローチは珍しいものだと思います。よく「都民ファースト」や「アメリカファースト」などといいますが、それをもっと率直に実施した手法ではないでしょうか。「お手本になる」というような大それたことは考えてはいませんが、自治体としての大きなチャレンジとして見ていただけると嬉しいです。今後の展開を大切にしていかなければという緊張感にもつながりますね。

 今後は協働から一歩進み、「共創」というステップに進みたい。行政が発想し、役割分担として市民が参加するのがこれまでの協働のまちづくりです。今度は、もしかしたら市民が発想して行政とのコラボを実現する、そして行政が用意したフィールドに市民が参加するだけでなく、クリエーティブな活動をする。これがまさに共創だと考えています。

地方行政の垣根が低くなっていく

――昨年11月、福山市は兼業・副業限定で市の戦略顧問を募集しました(関連記事)。これはある意味、究極の官民連携だと思います。公務員と民間との垣根が低ければ低いほど地方行政は円滑に進むのではないでしょうか。

 私もそう思います。これまでとは違う新たな分担を考えていきたいと思っています。今回は395人の応募がありました。これだけ多くの人が応募してくださったのは、一つは民間の大きな組織で働いている人が、自己実現の場を探しているからであることは間違いないでしょう。行政という非常に未知の分野が手を挙げたことに対し、どんな可能性が出てくるんだろう、自分の能力がどう開花するのだろうという期待感があるのかもしれません。それは、我々にとってもありがたい動機です。

 もう一つは、兼業・副業というやり方が、非常にトライしやすいスキームだったのではないかと思っています。

――市職員と市民の垣根が下がってきたとき、市の職員には何が求められるのでしょうか。

 行政不要論に行きつくのか、あるいは職員にとってもスキルアップのチャンスになっていくのか、受け止め方次第でしょうね。外の意見をどんどん取り入れながら、今までとは違った発想を持って働いてほしい。例えば、福祉の取り組みにしても、ただ市民を守るだけでいいのか、自立した納税者にしたいと思うのかで、事業の内容がまったく違ってきます。

――今後、市政の垣根はもっと下がっていくでしょうか。

 私はそう思います。市民と接する立場の我々が垣根を高くしていたのでは、市民のニーズを汲み取れるわけがありません。市民と同じ目線に立ち、現場に出向き、市民とひざ詰めで話して、困っていることを我がごととして政策に反映させる。これは自治体にしかできないことです。だから、垣根をもっと低くするのが理想でしょう。

枝広 直幹(えだひろ・なおき) 
福山市長
枝広 直幹(えだひろ・なおき)  1955年福山市生まれ。80年3月、一橋大学経済学部卒業。同年4月、大蔵省(現・財務省)入省。主計局主計官(国土交通省・環境省担当)、内閣審議官(地域活性化統合事務局長代理)、近畿財務局長などを歴任。2014年6月に財務省退官。製鋼原料商社のナベショー(大阪市)社長を経て、16年9月より現職。(写真:松田 弘)

■訂正履歴
初出時、本文で「協創」とありましたが正しくは「共創」でした。お詫び申し上げます。記事は修正済みです。 [2018/3/2 9:20]

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