「Beyond Health」2021年3月15日付の記事より

当選からわずか1年、新型コロナウイルス蔓延という国難に直面した山梨県の長崎幸太郎知事。県独自の休業要請個別解除方式や“やまなしグリーン・ゾーン認証制度”など、全国から注目される様々な施策を矢継ぎ早に打ち出す。「やることが『賽の河原の石積み』にならないように」を肝に銘じ、日々の対策に奔走する知事に、独占インタビューを敢行した。

山梨県知事の長崎幸太郎氏。県庁の屋上ヘリポートより富士山をバックに(写真:吉成 大輔、以下同)
山梨県知事の長崎幸太郎氏。県庁の屋上ヘリポートより富士山をバックに(写真:吉成 大輔、以下同)
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当選1年目の国難

 1期目は地ならし、本当に力を発揮するのは2期目から。以前ある県知事をインタビューしたときにそんな話を聞いた。衆議院議員を3期勤めた後の2019年、山梨県知事に当選した長崎幸太郎氏は、地ならしなどする間もない就任1年目にして新型コロナウイルス蔓延という国難に遭遇した。

 「新型コロナについてはもちろん想定外のことでしたが、ある意味、やらなければならないことを前倒しで始めることができたということもある」(長崎氏、以下「」内は全て長崎氏)

 長崎知事本人はそう語る。

 新型コロナウイルスが猛威を振るう今のこの世界は、もちろん想定外ではあるが、同様の危機を私たちは過去に何度も経験している。例えば2009年、世界的に大流行した新型インフルエンザ(当時)は全世界で28万人以上の犠牲者を出したと、米疾病対策センター(CDC)は推定している。このときも政府は「新型インフルエンザ等対策特別措置法」を発出し、事態の終息を図った。

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 「新型インフルエンザ等が発生したら国や都道府県において対策本部を設置とか、医療等の提供体制を確保するため 臨時の医療施設の設置など、当時のインフルエンザ特措法にはいろいろと有効なことが書かれています。我が県でも当然そのような態勢になっているとばかり思っていたのですが──」

 ところが実際は、過去の教訓が全く生かされていなかったのだという。

 「まさに言葉通り『白紙に絵を描く』という状態で、全ての仕組みを作らなければなりませんでした。医療に関して言うと、ほとんど病床の準備がゼロ。感染対策に関する物資の備蓄もなかった。そんなゼロ状態からいろいろと知見を積み上げていった。そうするしかなかったのです。たぶん新型インフルエンザのときも同じような状態だったと思う。つまり、いったん積み上げたものを喉元を過ぎた時点で崩してしまった。まるで賽の河原の石積みです。これではだめだと感じました」

独自の山梨方式

 しかし白地だからこそ思い切った方法に打って出ることができたのかもしれない。山梨県は2020年の4月から、改正新型インフルエンザ等特別措置法に基づく形で、いわゆる接待を伴うバーやスナックなどの遊興店や劇場といった8種類の業態・施設に法的罰則のない休業協力を要請した。

 ただ罰則がないとはいえ、県からの休業要請である。このご時世、従わなければ世間の仕打ちは冷たい。

 そこで長崎知事のとった方法は明確で画期的だった。

 「もちろん国の方針ですので、最初の緊急事態宣言が発出されたときには山梨県でも休業要請を出したのですが、それを解除することに関しては県独自の方法を取らせていただきました。どういうことかというと、県が示した基準『感染拡大予防ガイドライン』を満たしてくれたお店に関しては、個別に休業要請を解除していったのです」

 具体的なガイドラインの内容は、30分に1回の換気や入場者の制限、人と人との間隔を最低1メートル確保するなど「3密」対策、客やスタッフのマスク着用や定期的な手指消毒、入場者の入り口での体調確認──など合計17項目だ。

 「県のスタッフもそうですが、業界団体の手も借りて各店舗の事情や対策方法を聞き取り、本当に基準をクリアしているのかを『見える化』していきました。さらに県の示した基準をクリアするためにかかるお金の助成も行いました」

見える化の効果

 見えない敵と、終わりのない闘いを続けている今、生活する我々としてはとにかく目に見える形で効果を実感したい。もちろん当局は日々各地の感染状況を発表はしている。しかしその数字から果たしてどれだけの人が行動変容の効果を感じることができているだろうか。

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 緊急事態宣言下、時短要請を受けている飲食店からは「どこまで我慢すればいいのか、何をどう制限すればいいのかよくわからない」などの声を聞く。しかし山梨県では少し様子が違う。県の示したガイドラインを遵守しさえすれば、休業しなくていい。極めてわかりやすく、納得感のある方法だ。

 「2020年の最初の緊急事態宣言では、これを守らずに営業するパチンコ屋さんが糾弾されました。でも、山梨県下ではそうしたことは起こりませんでした」

やまなしグリーン・ゾーン認証制度

 「県下のパチンコ屋さんはすごかったですよ。まさに一糸乱れぬという言葉で表せるくらい。山梨県にある59店舗が業界をあげて感染拡大防止ガイドラインの遵守に協力してくれました。おかげで20年の5月12日から全て営業を再開。そこから現在に至るまで、山梨県下ではパチンコ屋さんでのクラスターはこれまで一件も出ていません」

 山梨県では現在、感染拡大防止の新たな方策として「やまなしグリーン・ゾーン認証制度」の普及に取り組んでいる。

 「休業要請というのは全ての業態にお願いしたわけではありません。普通の飲食店や宿泊施設などについては要請の対象ではありませんでした。ですが、やはり不安視する方はいらっしゃいます。そのような不安を少しでも取り除くために打ち出したのが『やまなしグリーン・ゾーン認証制度』です」

 この制度は、県下の「宿泊業」「飲食業」「ワイナリー」「酒蔵」を対象とし、それぞれ30~50のチェック項目をクリアすれば県から感染症対策のお墨付きを受けることができるもの。認証に当たっては、県のスタッフや委託業者が現地まで行って事業者側の相談に乗りながら、申請の手続きを行う。人と人の接触を減らすために必要な物品購入や設備整備を支援する助成金の仕組みも用意されている。

 「例えば東京都にも『レインボーステッカー』という同じような仕組みがありますが、これは施設側の宣言のみです。一方山梨県は責任をもって現地調査を行いますので、『安心』の度合いが違います。現在、県下の92%以上の対象施設が認証済または申請中です」

 認証を受けた施設には山梨県がステッカーを交付する。利用者はこれを手がかりに店を選ぶことができる。

やまなしグリーン・ゾーン認証制度」において認証を受けた施設に交付されるステッカー(提供:山梨県)
やまなしグリーン・ゾーン認証制度」において認証を受けた施設に交付されるステッカー(提供:山梨県)
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賽の河原の石積み

 「何より良かったのは、こうした仕組みを用意したおかげで、行政とビジネス業界が密接に連絡を取り合える関係になったことです。面会、電話、メールなど様々な方法で日々質問や相談が寄せられます。それに丁寧に応えていく態勢ができてきている。これが今後の県の運営に大きな力となると考えています」

 これらの施策が功を奏したのか、山梨県は人口10万人あたりの感染者数が岩手県、鳥取県、秋田県に続いて4番目に少ない(21年2月1日現在)。首都圏に直結の地域でありながら、感染拡大の封じ込めに成功しているといえる。

 「2020年の春以降、大小多くの対策を打ってきました。今強く思うのは、これらが『賽の河原の石積み』になってはならないということ」

長崎幸太郎(ながさき・こうたろう)
長崎幸太郎(ながさき・こうたろう)
1968年生まれ。52歳。大蔵・財務官僚から05年に衆議院議員選に山梨2区より出馬し当選。自民党の政策補佐などを歴任後の19年に山梨県知事に当選
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 三途の川にある賽の河原には、たくさんの石が転がっている。しかし、いくら積んでも鬼がやってきて崩してしまう。

 「09年の新型インフルエンザ等対策特別措置法は、少なくとも山梨県では賽の河原の石積みになっていました。鬼はコロナだけではないでしょう。これから先、どんな鬼がやってきても壊せない石組みを作る。それが今の私に課された役目だと考えています」

 後半では「介護待機者ゼロ」を目指す山梨県の施策について聞く。介護待機者ゼロ──その思いの裏には知事自身の苦い体験があった。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/433746/032200057/