「Beyond Health」2021年3月19日付の記事より

2019年、山梨県知事に就任した長崎幸太郎氏。翌年には新型コロナウイルスの蔓延を受け、様々な施策を打ち出し問題解決に尽力してきた(関連記事:首都圏直結の山梨県がなぜコロナ封じ込みに成功したのか)。しかし、長崎氏の実現したいこと、実現せねばならないことはこれだけではもちろんない。大きく掲げるのが、高齢者福祉についての問題だ。長崎氏は「介護待機者ゼロ」のスローガンを打ち立てた。背景にある思いを聞いた。

山梨県知事の長崎幸太郎氏。山梨県庁にある旧知事室にて(写真:吉成 大輔、以下同)
山梨県知事の長崎幸太郎氏。山梨県庁にある旧知事室にて(写真:吉成 大輔、以下同)
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介護待機者ゼロ

 長崎幸太郎氏は、2019年に山梨県知事選に当選した。前職は山梨第2区から選出の衆議院議員だ。選挙は総力戦だ。家族も一丸となって戦う。前年の18年の後半から、本戦に向けて急ピッチで準備が始まっていた。そんなとき、東京に住む父親が倒れた──。

 「2018年の11月。ちょうど選挙対策本部を立ち上げた時期でした。もともとガンを患っていた父が、急激に体力を落として自宅で倒れ、緊急入院になってしまったのです。病気もあるので、入院さえしておけばまずは安心だったのですが、年が明けたころに本人が『自宅で過ごしたい』と訴え始めた」(長崎氏、以下「」内は全て長崎氏)

 もちろん重病ではあるが、倒れた当時に比べれば症状は安定していた。病院側も「本人の希望もあるから」ということで、退院を認めたのだった。

 「ところが私は選挙で大忙しです。妻もこちらにかかりきり。私には兄弟がありませんから、東京の家には病気を抱えた父と母の2人しかいないという状況です。幸い母がしっかりしているのでなんとかなるかと思っていたのですが、やっぱり難しかった……

 ある日の深夜、トイレに行きたくなった父親が病気で弱った体をベッドの上にどうにか起こして立ち上がり、トイレに向かったのです。ところが、途中で転んでしまった。しかし耳が遠い母はそれに気づかない。父は自宅の廊下に倒れたまま朝まで過ごさなければならなかったのです」

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 長崎氏の父親は夜中に眠っている妻を起こすのはしのびないと考え、ひとりでトイレまで行こうとしたのだろう。加齢や病気で体力が低下すると、ベッドの上に体を起こして立ち上がることはできても、歩行がうまくいかず、転倒するのはよくあることだ。さらに、長崎氏の父親はそこで力尽き、床に横臥の状態から起き上がることができなかった。

 こうした事態が起こらないよう、特別養護老人ホーム(以下特養)などの介護施設では、夜中にも一定数のスタッフが配置されており、見回りを欠かさない。

在宅介護の限界

 「老親を自宅で介護したいという思いはもちろん尊い。これをないがしろにしてはいけません。ただ、やはり限界はあります。そんなときに受け入れ態勢が整っていなければ、介護を担う家族に無理を強いることになります。少なくとも山梨県ではそういう状態をなくしたいと考えています」

 そこで打ち出したのが「介護待機者ゼロ」の実現だ。

 「もちろん、私自身の実体験からくる危機感もありますが、山梨県は他県に比べて介護に関する潜在的な問題を抱えてもいるのです。そのひとつが高齢化率です」

 内閣府の「令和2年版高齢社会白書」によると、2019年の山梨県の高齢化率は30.8%。全国平均(28.4%)よりやや高く、都道府県の順位で見ると24番目、ちょうど真ん中あたりだ。ところがそこから高齢化は急激に進み、日本の高齢者人口がピークに近づく2040年には、同県の高齢化率は高いほうから4番目、41.4%となる見込みだ

* 現在公表されている「日本の将来推計人口」によると高齢者人口がピークとなるのは2042年。都道府県別の統計(日本の地域別将来推計人口)は5年刻みであり、それによると本県のピークは2040年。なお、高齢化率については現在2065年まで推計されており、最も高いのは2065年の38.4%。

 「担当部署の調査では、現在県内で特別養護老人ホーム(特養)に申し込んでいる方のうち、入所の必要性が高い方が約1800人いらっしゃいます。これを少しでも減らすことを目標に、様々な取り組みを始めています。」

介護の問題だけではすまされない

 「介護待機は地域の活力、ビジネスにも影響がでます。例えば老親の介護を施設にお願いして自分は仕事を続けたいと考えていても、待機が長引けば仕事を辞めなければならないかもしれません。いわゆる介護離職の問題ですが、介護待機ゼロが実現すればこの問題も自ずと解決に向かうと考えています」

 では実際、どのような方法で待機者を減らそうとしているのか。

 「1800人待っているのだから、その分の箱物を増やせばいい──という単純な話ではありません。確かに今後も高齢化は進みますが、ピークは2040年頃で、そこからは緩やかに高齢者は減っていきます。そうなると箱物だけが残ることになる」

 長崎氏は元財務官僚らしい視点でそう語る。

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 「まずは既存の施設の有効利用です。現在、山梨県下には116軒の特養があります。全ての定員をあわせると約5000人。その約96%が稼働中です。要するに空きがないということ。ただ、施設に併設されたショートステイがある。これを利用することを考えています」

 ショートステイとは、在宅介護の負担を減らすために1泊2日や2泊3など短い期間を設定して施設を利用する介護保険サービスだ。多くの特養がそのための居室を持っている。基本的な設備は一般の居室と変わらない。これを利用することで、その分の待機者を減らすことができる。

 「ただ、ショートステイも大切な介護サービスのひとつなので、バランスを考えながら進めていくことになると思います」

実現にはお金がかかる

 高齢者施設は特養だけではない。民間企業などが運営する介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅もある。このような施設も有効に利用していこうと模索中だ。

 「私は介護現場の隅々まで理解しているわけではありません。介護待機者ゼロに関しては、担当の部署に任せて進めていくことになろうかと思います。そのために知事である私がやるべきことは、お金の算段だと思っています」

 長崎氏は介護待機者ゼロを実現するためには年間約6億円の追加経費が必要と試算している。そして「高額ではありますが、実現できない数字ではない」と言い切る。

 「私も政治家になる前は、財務省で長く仕事をしていたのでわかるのですが、例えば厚労省に『6億必要だから出してくれ』といくら訴えても、『それじゃ山梨県だけには特別に支出しましょう』なんてことにはなりません。では何をすればいいのか。答えは簡単です。自分たちで生み出すわけです」

 長崎氏は現在、不動産など、県有資産の高度活用・収益力の向上を積極的に行い、その収入増加分などから資金の捻出を計画している。

 「介護の分野にかかるランニングコストの追加分は6億円。確保したお金を基金として積み立て、そこから経費を捻出します。設置する基金は『やまなし教育環境・介護基盤整備基金』とし、基金に積み立てたお金は、介護とともに教育にも当てることとしている。山梨県では1クラス25人の少人数教育を推進していく計画です。今年の4月から県内の小学校1年生に導入し、令和4年度から2年生にも。財源のめどがつけば、これを順次広げていくことになります」

 2回に渡ってお伝えした山梨県知事長崎幸太郎氏のインタビュー。就任直後からコロナ問題に尽力する姿が注目されるが、それ以外の施策についても独自の切り口があった。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/433746/032200058/