* 肩書きは取材時のもの。現在の酒井氏の肩書は丹波篠山市長

2019年5月1日、「平成」から「令和」へと改元されるタイミングで、兵庫県の「篠山市」が「丹波篠山市」に市名変更される。なぜ、市町村合併もないのに改名する必要があったのか。その賛否を問うために住民投票を行い、さらに1億円規模のコストをかけてまで「丹波篠山市」に変更したかった理由とは何か。篠山市の酒井隆明市長に話を聞いた。

篠山市の酒井隆明市長(写真:水野浩志)

――2018年11月、人口およそ42000人の兵庫県篠山市で、「篠山市」から「丹波篠山市」への市名変更の是非を問う篠山市長の出直し選挙と住民投票が同時に行われました。結果、酒井市長が市名変更反対派の対抗馬に1万票以上の差をつけて当選し、住民投票も賛成票が過半数をとって、5月1日に「篠山市」から「丹波篠山市」へ改名することが決まりました。そもそも、市町村が合併したわけでもないのに、なぜ「篠山市」から「丹波篠山市」に市名を変更することになったのですか。

 自治体の名前は篠山市ですが、もともと、ここは丹波篠山なんです。歴史上、「丹波」の国の中の「篠山」ですから、私たちは「丹波篠山」という名前を使ってきました。

 1999年、篠山町・今田町・丹南町・西紀町の4つの町の合併が行われ、一番大きな「篠山町」の名前をそのまま市の名前にした。「『丹波篠山』にしなくても『丹波』といえば『篠山』やんかえ」ということで「わざわざつけんでもよい」というのが、ほとんどの方の意見でした。

――「篠山市」になってから20年後、わざわざ「丹波篠山市」に市名変更することになったのですか。

 大きなきっかけは2004年、お隣りに市町村合併で丹波市ができたことです。もともと(合併した6町が)「氷上郡」だったので、どう考えても「氷上市」になると思っていた。私らもそう思っていましたし、当の市民の方も圧倒的にみんな「氷上市」だと思っていたんですが、合併をリードされた方々が「やっぱり『氷上』という名前では通用しない」と思ったようです。「氷上」だと、どこにあるか分からない。だから「丹波」という名前にした。

篠山市の位置。2004年に隣接して丹波市が誕生したことで「丹波篠山」という名称を強く意識するようになった(農林水産省の資料を一部加工)

――お隣りに「丹波市」ができると、篠山市にとって何が問題になるのですか。

 向こうは、「丹波市では」とか「丹波市の何々」とは言っていない。みんな「丹波の」と「市」をつけない。一番典型的なのは「丹波の黒豆」ですね。(全国的にも名の知れた名産品の)「丹波の黒豆」は、圧倒的に私のところなんです。生産量も、作付面積も、向こうの5倍です。ところが、向こうは「丹波の黒豆」ということで売っている。そうしたら、知らない人は「あ、丹波の黒豆は丹波市のものか」と思ってしまう。

 それ以外にも、たくさんあります。丹波焼き、丹波茶……これらが、みんな丹波市のものだと誤解されることが増えてきた。これでは、みんな持っていかれてしまいます。

――長い歳月で築き上げてきた「丹波篠山」ブランドの「丹波」のイメージが混乱して、篠山市の名産品の売り上げに影響し始めた、と。

 一番大きいのが、長年築かれてきた「丹波篠山」というブランドがなくなっていくことです。ずっと「丹波篠山産」という表示を使っていたのですが、兵庫県の方から「『丹波篠山』というのがどこを指すのか曖昧になってきたので、『丹波篠山産』という産地表示を差し控えるように」という指導がきました。「『丹波篠山』って言うたら『篠山』のこととちゃうやろ。丹波市と一緒になってきとるんでしょ?」と。

 では、どうしたらよいのかと尋ねたら「『篠山市産』と表示してくれ」と。でも、「篠山市産」では売れません。

――経済的な問題のほかにも、何か不具合はあったのですか。

 やっぱり“誇り”ですね。丹波はうちが本家のつもりですから。

 テレビで「丹波の黒豆の収穫が始まりました」と言っているから、うちのことだと思って見てみると、丹羽市が映っている。テレビや雑誌で「丹波・篠山」と出したら「丹波の篠山」じゃなくて「丹波と篠山」になる。典型的なのはNHKの兵庫県ローカルの天気予報。7時前のみんなが見る天気予報で「丹波・篠山」と書いて「丹波・篠山の明日の天気は……」っていうんです。

 「(丹波篠山は)丹波市と篠山市」という混乱が広がるにつれて、うちこそ「丹波篠山」とした方がよいという考えが出てきた。今回の改名の一番のきっかけになったのが、2017年2月、丹波ささやま農業協同組合、篠山市商工会、丹波篠山観光協会から「市の名前を『丹波篠山市』にしてくれ」という要望が出てきたことでした。

――その要望を受け取ったとき、酒井市長はどう思われましたか。

 私自身も「これは変えた方がいい」という気はずっとしていましたので、この要望を受けて、議論を始めよう、と。