“借金返済”だけでは閉塞感、文化によるまちづくりを掲げる

――こうした事業では官民が連携しています。区長は行政と民間それぞれが果たすべき役割をどう捉えていますか。

 同じターミナル駅である渋谷や新宿に比べ、池袋周辺の開発は遅れを取っていました。渋谷や新宿は企業が主体となった開発で、行政は前面に出ていません。

 一方、池袋駅周辺地域では細かい権利者が多いため、区がリードして引っ張ることが大切です。15年7月、池袋駅周辺地域に対して都市再生特別措置法に基づく「都市再生緊急整備地域」「特定都市再生緊急整備地域」の指定を受けるなど、ここ数年でまちづくりの条件はほぼ整いました。

――先進的な枠組みを活用しながら公民連携の取り組みを実践する。その発想の源はどこにあるのでしょうか。

 区長に就任した1999年当時、豊島区は872億円もの借金を抱えるひどい財政状況でした。区民1人当たり33万6000円です。その後10年間は財政再建に力を注ぎ、出張所や児童館の廃止、小中学校の統合など多くの施設をそぎ落としました。おかげで現在は借金を4分の1に圧縮し、預金が借金を上回るまでになりました。

 ただし、こうした取り組みは区民にとっても行政にとっても夢がなく、閉塞感が漂ってしまう。そこで文化によるまちづくりを掲げました。とはいえ、行政がすべての施策にお金を出せるわけでもありません。民間の力をいかに借りて進めるかという発想は必然だったのです。

 その最たる事例が、15年に移転した新庁舎です。ここでの開発手法も、お金がないところから生まれたものでした。

――新庁舎は、地上49階建ての再開発ビル「としまエコミューゼタウン」の低層部(地下2階~地上1階の一部、3階~10階)に入っています。市街地再開発組合に参加して、民間マンションとの複合施設を建設したのですね。

新庁舎の入る「としまエコミューゼタウン」。池袋駅東口からグリーン大通りを南東に歩いて8分ほどの位置にある(写真:浅田美浩)
新庁舎の入る「としまエコミューゼタウン」。池袋駅東口からグリーン大通りを南東に歩いて8分ほどの位置にある(写真:浅田美浩)
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 池袋駅東口から数百メートルの距離に位置する旧区庁舎は、東京23区でも一番古く、老朽化が進んでいました。執務スペースが手狭で民間オフィスなど7カ所に庁舎機能が分散していたため非効率でもあった。前区長は当初、同じ敷地内で庁舎と公会堂を建て替える計画を立てていましたが、約190億円用意していた庁舎基金のほとんどは使われてしまっていた。新たな税金を投入せずに、どのように事業を進めるかは大きな課題でした。

 区庁舎は夜になると閉じてしまうため、まちにとっていわば迷惑施設でもあります。併設する公会堂も利用時間が限定されている。駅に近く賑わいが求められる場所で建て替えても地域の発展にはつながらない。そう考えた私は、既存の実施計画を返上し、再開発の計画へと舵を切りました。

 検討の末に候補として残ったのが、旧庁舎から600mほど南下した現在地。日出小学校と児童館の跡地です。JR池袋駅からは徒歩9分と少し遠いけれど、木造が密集する周辺地域のまちづくりの先導役になればいいと考えました。

 当初、区が所有する跡地を権利床に換算すると1万741m2でした。新庁舎に必要な2万5573m2の床面積を確保するため、再開発組合から約1万5000m2の保留床を買いました。保留床の購入に要した136億円は、旧庁舎跡地(ハレザ池袋)に設定した定期借地権の地代を充当しました。地代は191億円になったため、差し引きのプラスは50億円以上。メディアには、豊島区の錬金術と言われました。

新庁舎の入る「としまエコミューゼタウン」の開発スキーム。街並み再生地区に指定された地域内で、地域貢献メニュー(壁面位置の調整や空地など)を取り入れた地区計画をかけることにより300%から800%への容積率割り増しを得た(南池袋2丁目A地区地区計画)。総延べ面積9万4681m2のうち、区が取得したのは2万5573m2。区有地との権利変換により、1万741m2分の床を取得。不足する1万4832m2ほかを約136億円で購入した。これは旧本庁舎まわりの敷地の地代から支払った(資料:豊島区の資料をもとに日経アーキテクチュアが作成)
新庁舎の入る「としまエコミューゼタウン」の開発スキーム。街並み再生地区に指定された地域内で、地域貢献メニュー(壁面位置の調整や空地など)を取り入れた地区計画をかけることにより300%から800%への容積率割り増しを得た(南池袋2丁目A地区地区計画)。総延べ面積9万4681m2のうち、区が取得したのは2万5573m2。区有地との権利変換により、1万741m2分の床を取得。不足する1万4832m2ほかを約136億円で購入した。これは旧本庁舎まわりの敷地の地代から支払った(資料:豊島区の資料をもとに日経アーキテクチュアが作成)
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