難波エリアからも関西国際空港からも電車で20分の位置にある泉大津市は、健康増進の選択肢を幅広く増やすことを目指す「アビリティタウン構想」を推進している。市民一人ひとりの「能力」「技量」「才能」を広く「健康」と捉え、それを伸ばすによってシビックプライドと都市ブランドの醸成を図ろうというものだ。代表的な事業として、足指に着目した健康増進施策「あしゆびプロジェクト」などがある。南出賢一市長に、この構想に基づくまちづくりの展望について聞いた。

南出賢一市長。背景の北斎の複製画は同市の特産品である毛布でつくられたもの(写真:赤坂 麻実)

――泉大津市で取り組んでいるアビリティタウン構想とはどのようなものですか。

 人間が本来持っている能力を最大化することを目的に、街全体で実証事業などに取り組んでいくというものです。ここでいう「能力」とは、身体機能や認知機能、能力、技量、才能、免疫機能などを意味します。ですから、健康増進だけではなく、人材育成や能力開発などのテーマも包含します。

アビリティタウン構想の概念図。市民会館跡地などに拠点を開発し、市民の身体機能や認知機能など様々な「能力」を伸ばしていく(資料:泉大津市)
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 代表的な事業に「あしゆびプロジェクト」があります。足の指に着目し、正しい姿勢や重心の保ち方などを身に着けることで身体機能の回復を図ろうという取り組みです。実際、取り組んだ高齢者の健康状態を改善したり、要介護状態へ移行するスピードを鈍化させたりという効果も現われています。この実証実験の場になるような広場や公園の開発なども合わせて進めているところです。

 泉大津市では人口が2005年をピークに減少傾向で推移しており、同時に高齢化も進行しています。少子高齢化によって社会保障に限界が来る未来は、残念ながら避けられません。ならば、医療費や介護費を節減する観点でみても、市民一人ひとりが自身の健康を自ら「整える」ことが重要になってくる。歩く時間が長い人ほど、生涯にかかる医療費が安い傾向も明らかになっています。そこで、市民の能力を引き出すことを行政課題と捉えて取り組むことにしたのです。人間の機能に特化し、執着と執念を持って、官民連携、市民共創型で取り組んでいます。

 人口減少や少子高齢化は泉大津市に限らず、日本全国共通の課題です。この課題の解決策を本市が全国に先駆けて見出し、日本中へ、また世界へと発信していくつもりです。

市民7万5000人の足の計測データを取り、健康ビッグデータ活用を

――アビリティタウン構想を官民連携、市民共創型で進めるということですが、この「あしゆびプロジェクト」は、どのように民間と連携していますか?

毛布の縁を使ってつくる「モフ草履」。1足1500円で販売されている。毛布は泉大津市に古くから伝わる産業だ(写真:赤坂 麻実)
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 トレーニングやケアの方法を、医師やトレーナーや民間企業などを巻き込みながら実証しています。また、鼻緒のついた履物を一人一足持つことを提唱しています。鼻緒のついた履物を履くと、自然と足指が鍛えられるためです。その履物に泉大津の伝統的な産業である毛布作りの素材や技術を応用しています。市内の⽑布メーカーで余った毛布の縁(へり)から市民が履物をつくり、販売します。

 4、5歳児に対しては足袋型シューズを事業者から無償提供してもらって、実証実験を行いました。その園で足指や体幹を鍛える遊びなども取り入れて1年以上、実験を続けたところ、子供たちの走力や跳躍力が大きく伸びました。それに、インフルエンザも、市内で大流行したにもかかわらず、その園では4人ほどが罹患したものの、そこまでで蔓延がぴたりと止みました。筋肉を使うところに血液が集まるので、末端まで血流がしっかり循環するようになり、深部体温が上がって、免疫力も高まるのではないかと推測できます。

――高齢者向けの取り組みはありますか。

 高齢者の転倒や骨折は、指が地面から浮いていて、感覚機能が働かないことによって起きることが少なくありません。そして、その骨折が要介護状態へ推移する主要因にもなるわけです。

 専門家による手技と、本人の1日数分程度のトレーニングを通じて足の問題を解消することが、健康の維持・増進につながっています。このことを広めるため、実証実験を行ったり、その動画を公開したりして周知に努めています。介護予防の市民サークルで、足指をケアする体操を取り入れてくれているところもあります。

「泉大津市は、南海本線で関西国際空港に約20分でアクセスでき、高速道路ICや国際港湾も有しており、すべての交通インフラのハブになっている。この立地を生かして街づくりをしていきたい」と南出市長(写真:赤坂 麻実)

――今後はどのように展開していこうとお考えですか。

 「あしゆびプロジェクト」によって「健康の維持。増進につながった」という事実は認められるのですが、科学的なエビデンスはまだまだ不足しています。実はその点に、自治体が関与する意味もあると思っています。

 仮説はありますし、それは筋が通っているように私には思えます。(体の状態などが)よくなった事実もある。しかし、科学的根拠は不足している。こうしたときに、行政が実証フィールドを提供すれば、信頼性も担保され、世に出るべき技術が出て行けるのではないか。新しい技術が出てくれば、市民の健康増進への取り組みの選択肢も増やせます。

 今後は、「泉大津版リビングラボ構想」を掲げ、市民7万5000人の足の計測データを取り、市外の方の計測データも含めて、ビッグデータとしての活用を促していきたいと考えています。(東洋医学的なあしゆびプロジェクトに)デジタルサイエンスを組み合わせて、より説得力ある研究開発を推進し、効果的な施策を打ち出そうという考え方です。まずは、2020年3月に完成した南海本線の高架下にある市営広場の「MONTO PARK」に、無料で足の計測が可能な場所を設けます。

高架下広場や新図書館、ヘルシーパークなどハードも充実図る

――MONTO PARKは、連続立体交差事業に伴って、南海電気鉄道が泉大津市に無償貸与した土地を活用して進めているプロジェクトですね。

 設計・施工も南海電鉄に委託しました。パークとはいうものの、公園法に基づく都市公園ではなく広場ですね。この広場に隣接して、コンテナ型の移動建築が並ぶエリア「OZU ROOF」も整備されていて、こちらは南海電鉄の事業ですが、イベントなどでMONTO PARKと一体的に使うことも想定しています。

 MONTO PARKは約1100m2の広さがあり、大型遊具を設置して、一部に人工芝を敷きました。子供たちが天候に左右されず体を使って遊べるようになっています。キッチンカーを置くスペースもあるので、マルシェやパブリックビューイングなど、市民や企業がさまざまなイベントに活用してくれることも期待しています。

平日午後のMONTO PARKの様子。子供たちがよじ登ったり、駆け回ったりして遊んでいる(写真:日経BP)
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――市長はこの高架下施設にどのような効果を期待していますか?

 泉大津駅付近の高架下を、ここに来ればアビリティが引き出せる、社会課題が解決する、そういったノウハウの集まる場所にしたいと思っています。そのような機能を南海本線沿線の便利な場所につくって、市民を巻き込んでいく。技術を実証できれば、泉大津の市民のためだけにとどまらず、日本全国、世界にも共通する課題の解決モデルを生み出せます。

 OZU ROOF側には、増設や撤去が比較的容易なコンテナ型の移動建築を5棟設置しています。このうち3つを使って、足の計測や靴のフィッティングを手掛けるドリーム・ジーピー(大阪市浪速区)が「MyFoot station 泉大津店」を開設します。足形を無料で計測でき、専門家のアドバイスが受けられたり、足にまつわるものが買えたりする店舗になる予定です。膝や腰が痛い人も、例えば自分の足形に合ったインソールを靴に入れると、痛みが軽減されて歩きやすくなるし、(⾼校⽣の)スポーツ障害なども減らせる可能性があります。

 MONTO PARKに敷いた人工芝は、市内の毛布メーカーが製作したものです。市内の就学前の施設3園にも同様の芝を敷きましたが、子供たちがはだしで遊びまわったり寝ころんだりしていました。今後、泉大津の(健康増進などの)事業モデルが他の都市で展開されるときに、ドリーム社や地元企業の技術も採用される可能性がある。そうした“経世済民”のあり方が広まることにも期待しています。

――構想の拠点になるような場所は、MONTO PARK以外にも計画されていますか?

 泉大津駅から海側へ6分ぐらい歩いた場所に、4haほどの広さの「ヘルシーパーク」を整備する構想があり、設計プロポーザルを進めています。アビリティタウン構想の中心となる市民会館跡地の一角に置く施設となります。やはりここにもコンテナ型の移動建築を設置して、さまざまなテクノロジー企業やスタートアップなどを誘致する考えです(関連記事)。

ヘルシーパークのイメージ(資料:泉大津市)
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 2021年7月には図書館を泉大津駅前の商業施設「アルザ泉大津」に移転開設します。新図書館は「未来型の図書館」を目指します。広さは約3500m2。ただ静かに読書や学習をするだけでなく、あらゆる人が集まってイノベーションが起きるような「ワイガヤ空間」にしたいと思っています。

 既存の商工会議所の1階にはロボット技術の企業が入居しましたし、OZU ROOFにもまだ企業誘致の余地はあります。南海本線の高架下もMONTO PARK北側から松ノ浜駅側まで800メートルほどが未利用になっているので、南海電鉄がどのように活用していくのか楽しみです。街全体を新しい技術のショールームにしていきたいですね。

 研究の成果は、2025年の大阪万博でお披露目したいと考えています。万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。これまでは世界的な潮流として西洋式の科学技術をもって社会課題の解決を探っていたように思いますが、これからは東洋文明と西洋文明の融合が重要だと私は考えます。われわれ人間も自然界の一部だという前提に立って考えたほうが、本質的な課題解決ができると思うからです。

 関連産業を振興する地域クラスター作りを目的として、「アビリティ実証都市研究会」を設置し、2019年1月にキックオフセミナーを開催しましたが、同イベントや第2回セミナーを、日本全国各地や外国大使館などから大勢の方にご視察いただきました。

 ハードウエア(場所)の受け皿を作り、実証実験の数を増やして、トライ・アンド・エラーしながら進めていく。万博が開催される頃には、「万博会場よりこっち(泉大津のヘルシーパークなど)の方が面白いぞ」と言ってもらえる状態まで持っていきたいですね。

南出 賢一(みなみで けんいち)
泉大津市長
南出 賢一(みなみで けんいち) 1979年12月生まれ。2002年3月、関西学院大学商学部卒業、同年4月、ニチロ入社。2004年4月同社退社。2005年9月、有限会社南出製粉所入社(2017年1月退社)。2007年4月より3期、泉大津市議会員を務める。2016年12月泉大津市長初当選、2017年1月より現職。

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