高崎市は「少子化」と「高齢化」を両面から支える仕組みを作った。「子育てSOS」と「介護SOS」の取り組みがそれだ。困ったときに電話一本で駆けつける介護と子育てのヘルプ事業だが、基本的な仕組みからネーミングまで、富岡賢治市長の発案によるものだ。制度が走り出し、毎年1000件を超える利用がある。このユニークなサービスで公民連携はどのように機能しているのか。制度の立ち上がりから現在までの経緯を発案者である市長自身に聞いた。

高崎市の富岡賢治市長(写真:吉成大輔)
高崎市の富岡賢治市長(写真:吉成大輔)

――最初に「介護SOSサービス」の概要を教えていただけますか?

 介護が必要な方に、24時間365日、電話1本で1時間以内にプロのヘルパーが駆け付けるサービスです。

 年齢を重ね、介護が必要になったとき、頼りになるのが介護保険制度による各種サービスです。介護認定を受ければ、誰もが利用できます。例えば、在宅介護であれば訪問ヘルパーや通いのデイサービスを利用しながら生活ができます。ただ、こうしたサービスは事前に決められた契約通りのサービスは提供されますが、突発的なオーダーには対処が難しいでしょう。

 一方で、介護保険サービスを使っていない高齢の方もいらっしゃいます。心身ともに健常で、要介護認定を受けていなくても、年齢を重ねればそれだけ生活の中の困りごとは増します。例えば転んで、病院で治療を受けたのだけど、家に帰ってからの家事がままならず、家族も仕事があって支援できない。そうした場合に利用していただきたいのが介護SOSサービスです。

介護SOSの案内。「24時間電話1本」が目立つように掲載されている(資料提供:高崎市)
介護SOSの案内。「24時間電話1本」が目立つように掲載されている(資料提供:高崎市)

――そのアイデアはどこから生まれたのでしょうか

 市民の集いなどに参加させてもらったおりに、よく話題になるのが介護のご苦労です。親の介護が大変だ。介護生活が始まったおかげで夫婦の仲まで悪くなった。どれも本当に切実な声なのです。そこで思い至ったのが、介護の困りごとに電話一本で即応できるシステムでした。

 自治体の首長は、市民の生活に敏感でないといけない。私はそのように考えています。市民の皆さんがどういった事に困っているのか、どういったものに感心があるのか、常にアンテナを張っておく。そうした意識を持って皆さんの声に耳を傾けていると、自治体が何をすべきなのかが見えてきます。

 そうした中で、数年前に高崎市の職員が母親の介護を理由に退職しました。これもきっかけのひとつです。

高崎市(たかさきし)
高崎市(たかさきし)
群馬県中央部、やや南西に位置する。人口37万2363人(2020年7月31日現在)と県内一多い。何度かの合併を経て2011年4月に中核市に移行。面積459.16km2。新幹線で東京から約50分、関越自動車道(練馬から)で約1時間。だるまの生産地としても名高い
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1時間250円で介護を支援、1泊2000円の宿泊サービスも提供

――具体的なサービスの内容を教えてください。

 介護SOSがスタートしたのは私が2期目に入った4年前の2016年の4月です。高崎市内にお住まいの、介護や見守りを必要としている高齢者の家族が対象です。そこには老老介護の高齢者世帯なども含まれます。

 先ほどもお伝えしましたが、24時間365日、電話1本いただければ、介護福祉士などプロのヘルパーが原則2人で依頼者の自宅に伺います。1時間あたり250円で介護のお手伝いをします*1

 こうした訪問サービス以外に、宿泊のお手伝いも行っています。日常生活に突発事項はつきものです。急に2、3日家を空けなければならなくなったが、老親のことが心配。そうした場合に利用できる1泊2食付きの宿泊サービスで、1泊が2000円です*2

*1 利用回数は1カ月5回まで。ヘルパーによる主な提供サービスは食事の準備・調理、見守り、入浴や排せつの介助、通院など外出の同行、掃除や洗濯、買い物、衣類やシーツの交換など洗濯など(通院などにおける車の手配はない)

*2 送迎付きは3000円。1カ月の利用は3回まで(1回の利用は2泊まで)。宿泊施設への入館時間は午前 8 時から午後 8 時まで。
介護SOSサービスの対応風景。シフトを組んで24時間電話対応を行う(写真提供:高崎市)
介護SOSサービスの対応風景。シフトを組んで24時間電話対応を行う(写真提供:高崎市)
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――事業としての予算規模はどのようになっているのですか?

 2016年度に約4500万円でスタートして、20年度は約9000万円になっています。実際の訪問件数、つまりサービスを提供した件数は、16年度は531件、宿泊サービスについては44件でした。18年度、19年度は当初の2倍以上の利用者数で推移しており、それだけ市民の方々に浸透してきたのだと思っています。19年度のサービス提供件数は1260件、宿泊サービスについては100件となっています。

――現場の実務を行っているのはどういった会社なのですか?

 高崎市を中心に介護サービスを展開しているケアサプライシステムズ(文末のカコミ記事参照)にお願いしています。事業の内容を市内にあるいくつかの業者さんに説明し、運営が可能であるか検討していただきました。担当の職員との話し合いなどを通して、最終的にケアサプライズシステムズさんにお願いすることに決定しました。毎日数人のシフトを組んでいただき、市内のどにでも1時間以内に駆けつけられるように差配していただいています。

――実際に利用した方々はどんな感想を持っていますか?

 脳梗塞の後遺症がある奥さんがトイレで転倒し、困ってしまった旦那さんが介護SOSに電話をかけたところ、すぐに対応してくれたそうです。このことがきっかけで、ケアマネジャーなど介護保険サービスの関係者が連携し、室内にポータブルトイレを設置するなど、生活環境を改善することができたとのことです。

 また親戚の結婚式のために家族が泊まりで外出することになったのですが、見守りが必要な高齢家族がおり、ひとりにすることができない。そこで介護SOSを利用、無事結婚式に出席できた、という声も聞きました。この方は「息抜きにもなった」とおっしゃっていたそうです。

――介護SOSサービスの成功により、他の自治体からの視察も増えていると聞きます。しかし、同様の取り組みをスタートさせたという話は聞きません。どうして高崎市はこうしたサービスが可能だったのでしょうか?

 サービスを適切な企業にアウトソーシングできたことが大きな要因です。業務を委託したケアサプライシステムズは、市内全域をカバーして24時間対応できるだけの規模を持っています。この出会いが大きかった。例えば小規模の事業所をいくつか組み合わせてこうしたサービスを展開すると、どうしても動きが鈍くなってしまいます。その点、ある程度の規模で広域をカバーできる現在の体制はスピード感と質の均一性を保つという意味で理想的なのです。他の地域で実現していないのは、こうしたパートナーさんを確保するのが難しいからかもしれません。

保険外サービスだからこそ、かゆいところに手が届く

――介護SOSは介護保険サービスとは別枠です。介護保険を使う場合、受けることができるサービスとそうでないものの区別が複雑で、素人には見えにくい部分もあり、現場が混乱することもあると聞きます。介護SOSは「困りごと」であればとにかく対応してくれるのが、利用者にとって使い勝手のよいサービスだといえそうです。

 一人暮らしの高齢者が救急搬送されたときの話です。介護SOSのスタッフが、入院のために必要なものを準備してくれたうえに、入院中の洗濯物などにも対応してくれ大いに助かった、と言っていただけました、こうした困りごとを介護保険サービスの枠組みで対応するのは難しいでしょう。一人暮らし高齢者が急増する現在の日本にあって、ニーズを先取りした仕組みといえます。

 また、思わぬ効果もありました。それは、真の需要の掘り起こしができているということです。高齢者のなかには、介護保険の世話にはなりたくない、要介護認定なんかされたくない、と思っていらっしゃる方も多い。

 それでも日々の困りごとは発生します。そんなときに電話一本でヘルパーさんが駆けつけるのが介護SOSです。価格も安いのでこれなら利用してみようと思っていただける。そしてヘルパーさんと接するうちに、「介護認定を受けて、正式に福祉の世話になってみようかな」と思ってくれる方も出てきているのです。

核家族化が進む子育て世代を支援する「子育てSOS」

――次は「子育てSOS」に関する仕組みを教えてください

 介護SOSが市民の方々に広く受け入れていただけるようになり、こうしたサービスが有効であることがわかりました。それと並行して子育ての面でも同じように、日々の困りごとを解決できる仕組みがあれば、と考えるようになったのです。

 そこで昨年の4月に誕生したのが子育てSOSです。高崎市に住む子育て中の夫婦や、妊娠期の母親などを対象にしています。朝の8時から夜の8時まで、やはり電話1本で家事や子育ての経験があるヘルパーが駆けつけます。こちらは高崎市の社会福祉協議会が現場の実務を担当しています。

 かつて、大家族が当たり前だった日本も、すっかり核家族化が進みました。現在ではシングルで子育てをしている例も少なくない。若い夫婦やお母さんは子育てを手伝ってくれる人が周りにいないのです。

「介護SOS」に続いて「子育てSOS」も需要が増えていると富岡市長は言う(写真:吉成大輔)
「介護SOS」に続いて「子育てSOS」も需要が増えていると富岡市長は言う(写真:吉成大輔)

――子育てSOSのサービスの評判はいかがですか。

 子育てSOSがスタートして約1年半になりますが、多くは掃除や洗濯、お料理などのご依頼です。

 仕事と子育てに追われてどうしようもなくなったお母さんから電話がかかってくることもあるようで、中には「お掃除を他人にお願いするなんて、私はダメな母親です」って泣き出すお母さんもいらっしゃるそうです。

 そんなとき、現場のヘルパーさんは「そんなことないですよ」っていいながら作業を手伝います。そのうちにぽつりぽつりと愚痴を語り始める。作業の代行や補助だけでなく、そうしたやり取りが息抜きになっているという面もあるようです。

富岡 賢治(とみおか けんじ)
高崎市長
富岡 賢治(とみおか けんじ) 1946年8月生まれ。1969年東京大学法学部卒業後に文部省入省。外務省在フランス日本国大使館一等書記官、国立教育研究所長などを経て、2003年より群馬県立女子大学学長に就任。退任後、11年5月から現職。

<解説>介護SOSサービスを支えるケアサプライシステムズの運用体制

 24時間365日、電話1本で支援に駆け付ける介護SOSサービス。利用者には非常に便利である一方、サービスを提供する側にとって、人を常に待機させる必要があるなど体制整備は容易ではない。ケアサプライシステムズはどのように事業を回しているのだろうか。

 高崎市島野町に本社を構えるケアサプライシステムズは、高崎市を中心に、有料老人ホーム、デイサービス、認知症対応型グループホーム、訪問介護など、56の事業所を展開している。

 介護SOSでは、高崎市に在住の65歳以上のお年寄りを対象に、原則は既存に介護保険サービスを使っていない方々のお手伝いをする。

 ただ、「介護保険サービスを受けている方でも、そのサービス内では対応しきれない困りごとも発生します」と訪問介護・居宅事業部課長の中嶋友紀氏は語る。実際には、介護保険サービスを受けている人からの問い合わせもあるという。「電話をいただければまずはよく困りごとの内容を聞き取る。そして実際に訪問して対応します」(中嶋氏)。

 では、実際にはどういった相談事が多いのか。「ベッドから落ちてしまったとか、転倒したなどの場合、家族が慌ててしまうことがあります。ご自身でベッドや椅子に戻ることができればいいのですが、老老介護などでそれができないこともあります。かといって救急車を呼ぶほどでもない」(中嶋氏)。このようなときに介護SOSが便利だという。

 電話一本で、しかも1時間以内に駆けつける。このスピード感はどう実現しているのか。現場でケアにあたるのは、県内13カ所に拠点がある同社の「訪問介護ステーションわかば」のスタッフのうち約50人だ。「そのうち5〜6人が日々稼働するという仕組み。事前に出勤可能な日を申告してもらい、毎日のシフトを組みます。転倒など、緊急性の高い場合は近い場所で待機している方を優先的に回すこともあります」(中嶋氏)。

ケアサプライシステムズ訪問介護・居宅事業部の中嶋友紀課長(写真:末並俊司)
ケアサプライシステムズ訪問介護・居宅事業部の中嶋友紀課長(写真:末並俊司)

 携わる全員が介護スタッフなので、現場での対応は慣れたもの。「ただ、初めて訪問するお宅も多いので、お互いの安全安心を担保するため、原則2人一組で伺うように工夫しています」(中嶋氏)

 介護SOSは既に4年以上が経過したサービスだ。富岡市長の話にもあったように、スタート当初は相談の件数も少なかったが、認知度も上がってきた「最近ではお家の電話の近くにこのサービスの電話番号を貼り付けてくれるご家庭も増えているようです」(中嶋氏)。

 介護SOSは食事の準備や見守りなどの訪問サービスで、利用者の負担は1時間につき250円だ。宿泊サービスは1泊2食付きで2000円だ。不足分を市が事業者側に補助金という形で支払うシステムだ。内訳は午前8時から午後6時までの訪問サービスについてが2870円、それ以外が3960円。宿泊については1泊4000円だ。

 安心して子育てができる。安心して年をとれる。言葉でいうのは簡単だが、制度や仕組みは不完全だ。少子高齢化の諸問題はこの「安心」が担保できないからこそ起こっているものがほとんどだ。高崎市の取り組みの試みは、ひとつの方向性を示しているように見える。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/433746/082100053/