秋田県南部に位置し、豊富な水資源と豊かな自然に恵まれた美郷町は2004年千畑町、六郷町、仙南村の2町1村が合併して誕生した町。2020年東京五輪・パラリンピックでタイのバトミントン・ナショナルチームが事前合宿をするほか、アウトドア用品のモンベル(大阪市)と包括提携を締結、県内初の直営店を誘致した。旧仙南村長を経て、合併以来町長を務める松田知己(まつた・ともみ)町長にスポーツを活用した町おこしについて聞いた。

美郷町・松田知己町長(写真:淡路敏昭)
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――バトミントンが盛んですね

もともと旧仙南村は相撲熱が高く、国体の秋田県代表選手を多数輩出するほか、大相撲力士も誕生するなど相撲が「村技」と言われていました。また、旧六郷町はバスケットや自転車競技が、千畑町は駅伝などランニングが盛んで、スポーツ全般に関心が高い地域でした。

 合併3年後の2007年秋田わか杉国体で、美郷町の美郷総合体育館リリオスがバトミントンの会場になりました。秋田県はバトミントン世界選手権女子ダブルスで2連覇を達成した永原和可那選手、松本麻佑選手が所属する北都銀行が実業団トップクラスの強豪チームで、全国から有力選手が集まるなど注目を集めています。 そういった土台があったのですが、秋田国体で各都道府県の代表選手470人が今でいう民泊のようなスタイルで町内の民家に宿泊しました。その結果、さらにバトミントンは町民に身近な競技になりました。今ではスポーツ少年団でもバトミントンが一番の人気です。

――タイとの交流もバトミントンがきっかけですか?

 タイと美郷町の交流は北都銀行のバトミントン部がタイ・バトミントン協会と交流があったことが縁で、2015年4月にタイのジュニアナショナルチームが美郷町で合宿をしたことから始まりました。練習場、宿泊場として、国体会場となった美郷総合体育館リリオス、廃校を整備して宿泊施設とした宿泊交流館ワクアスを提供しました。体育館はバトミントンの国体会場として建設されたこともあり、天井も高く、壁の色もバトミントンのシャトルが見やすいのです。

美郷町でのタイ代表チームの合宿時に実施されたクリニックでは、代表選手たちが地元の中学生を指導した(提供:美郷町)
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 この合宿で美郷町の環境がタイのバトミントン関係者に高く評価され、同年8月にタイ・バトミントン協会と秋田県、美郷町、秋田県バトミントン協会の4者による相互の交流キャンプに関する基本合意書を締結しました。2016年にタイ・バドミントン代表チームのホストタウンとして登録を受けました。

 2017年9月にはタイナショナルチームが美郷町で5日間の合宿を実施、この合宿ではタイ代表チームと北都銀行バトミントン部の選手たちが美郷中学バトミントン部のクリニックも実施。中学生たちは世界のバトミントンを体験することができました。

美郷町ではバドミントンが子供たちにも一番人気のスポーツだ(提供:美郷町)
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 2018年にも二度目のナショナルチームの合宿が行われました。合宿直後のダイハツ・ヨネックスジャパンオープンでは、男子シングルスでタイのコシット選手が準優勝しました。ついこの前、私たちの美郷町で合宿していたコシット選手と日本代表の桃田賢斗選手が戦う決勝戦。日本人としては桃田選手を応援したい。でも、ついこの前、あそこの体育館で練習していて、歓迎レセプションにも来てくれたコシット選手にも勝ってほしい。複雑な気持ちを持ちつつ楽しい大会でした。そういった思いをまた来年の東京五輪で体験できることを期待しています。

――町民にとっても東京五輪が思い出深いものになりますね

 バドミントンの事前合宿は、一つのきっかけ 通過点だと思っています。できるだけ多くの町民に東京五輪・パラリンピックに関わってほしいと思っています。関わりを感じている人が多くなればなるほど、東京五輪が町民の心の中のレガシーになります。形があるものではないですが、タイのバドミントン代表チームを通じて東京五輪に関わったことがレガシーになる。レガシーを持つことが次に向かうステップボードになると思うのです。

 なぜそういうこと意識するかというと、美郷町が合併して誕生した町だということがあります。合併前の旧〇〇村、〇〇町に対する思いはもちろん大切ですが、それとは別に「美郷町」という枠組みに対する「思い」を持ってほしいのです。

 思いを持つためには語ることができる何かをもつことが必要です。その一つが東京五輪の事前合宿地であり、ホストタウンになったということ。それがより語れるものとして、自分たちが五輪にこう関わったという記憶がつながってくる

美郷町(みさとちょう)
秋田県南東部に位置し、2004年11月1日に千畑町(せんはたまち)、六郷町(ろくごうまち)、仙南村が合併して成立。秋田県の平成の大合併第1号。水の町として名高く美郷町六郷として「水の郷百選」に選定されている。人口1万9466人(2019年8月31日現在)
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――タイとの交流はほかにも進めていますね

タイ王国ファンクラブ会報「プーアンマガジン」(提供:美郷町)
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 昨年7月にタイ王国ファンクラブ「プーアン」も設立しました。会報「プーアンマガジン」を発行するほか、秋田市で開催されたバトミントンの国際大会を応援したり、合宿の運営をサポートしたりしています。

   教育面での交流も進めています。タイ・ノンタブリー県と美郷町教育委員会が教育交流協定を締結、ノンタブリー県のアニュラチャ・プラシット校と美郷中学校の生徒が相互に訪問するプログラムを開始しました。こうした取り組みを通じて、美郷のことがタイの子どもたち、その保護者や教師にも伝わり、理解が広がると考えています。将来は大人の交流にもつなげ、さらに国際交流を深めたい。

――アウトドア用品のモンベルの直営店も誘致しました

 藩政時代から地域の方が水源涵養林として守り育ててきた七滝山はこの地の豊かで美しい水資源の源です。以前は七滝土地改良区が管理していましたが、広域合併によって町が取得、管理することになりました。

 その山をどのように活用するか、アウトドアに詳しい方などにも話を聞きながら活用の方法を模索していました。2013年4月に地域振興を目的とした連携協定を締結した日本航空の社員に美郷カレッジ生涯学習講座に来ていただいた際に、モンベルの辰野勇会長兼CEOを紹介していただきました。

 モンベルとは美郷町の地域資源を観光資源としてどのように活用し、体験型・滞在型観光を実現するかなどについて意見交換を重ねてきました。2019年1月に同社とアウトドア活動の促進によって、町内地域の活性化および町民生活の質の向上に寄与することを目的に包括連携協定と、災害時の防災協定を締結しました。

2019年1月にモンベルと包括連携協定を締結。右は同社の辰野勇会長兼CEO(提供:美郷町)
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 2020年4月以降、美郷町金沢の道の駅「雁(かり)の里せんなん」の駐車場に秋田県初の直営店「モンベルあきた美郷町店」が出店予定です。敷地は960㎡。総事業費は2億円以上で、美郷町が上限1億円を補助します。

――1億円とは思い切った決断です

 補助率が2分の1で上限が1億円です。投資が1億円出るようなら1億円ですが、下回るようなら1億円以下になることもあります。財源は一般財源ではなく、国の制度「過疎対策事業債」を活用するので、町の実質的な負担は3割、約 3000 万円です。

 モンベルという会社、ブランドが持つ訴求力は大きい。県内はもちろん、他県の方もモンベルに行けば、アウトドアの様々な情報を得たり、不足の部分を補ったりできると考えて店にやってきたりします。決して秋田県だけをエリアとした店ではないと考えている。

 そこが私どもとしては有利な財源いえども、上限1億円を投下する副次効果があります。建物はモンベルの所有で、黙っていても固定資産税などは入り、町の支出は一定の年数でペイするわけですが、それだけでなく直営店があるという訴求力が地域に人を呼び、その人たちが別のところで経済効果をもたらしてくれると見込んでの誘致です。

――モンペルのほかにも様々な企業と提携しています

 さきほども少し話に出ましたが、日本航空とは地域振興を目的とした連携協定を締結しています。ヨネックスとは昨年12月、スポーツを通じた町民の健康増進や町の活性化を目的とした包括提携協定を結びました。スポーツ振興、子どもたちの育成、健康増進・ヘルスケアの推進など5つの項目で提携します。本年度はヨネックス契約選手によるランニング教室やウオーキング教室を開催し、バドミントン部も美郷町で合宿する予定です。ヨネックス契約選手の大坂なおみ選手のサインが入ったラケットバッグを寄贈していただき、総合体育館リリオスに展示しています。

 また、この地では江戸時代から生薬の一種である甘草が栽培されていました。「龍角散」の原型を作った藤井玄淵、玄信父子は美郷町六郷地区の出身。そんな縁もあり、2013年2月に株式会社龍角散と地域活性化包括連携協定を締結し、地域住民の健康づくりや町の活性化に取り組んでいます。

(写真:淡路敏昭)
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 健康づくり充実事業として、今年から健康ポイント事業を始めました。健康診査や人間ドック等の受診者や町内で開催する運動教室、講演会等への参加者にポイントを付与し、一定のポイントが貯まると、龍角散などから提供された協賛品がもらえるというものです。

 町長として、町民が美郷町について第三者と話をするときに「私の町はこういう町、こういうことをやっている町だよ」ということが自然に出てくる。「語ることができる」町にしたいのです。人口2万人という小さな町ではありますが、日本を代表する企業と提携して、様々な取り組みをしているのはそのためです。

 バドミントンの事前合宿という東京五輪のレガシー作りもそうですが、語れる「コト」を持つことで、美郷町という枠組みの新しい町に対する思いが深まり、広がります。住民が「うちの町にはなにもない」と思ってしまう。そういう町にはしたくないのです。

 これができると、いろんな町の取組みに参加しよう、地域作りに参加しよう、手伝えることがあったらやろうという気持ちになると思います。思いを持つこと、愛郷心を持つことはとても大切です。物事を見たり、聞いたりしたときに、それをどういう感覚で受け止めるか。心のよりどころが持っている 持ってないで違う気がします。スポーツや様々な取り組みを通じて、思いを持つ、語れる町を作っていきたいのです。

松田 知己(まつた ともみ)
秋田県 美郷町長
1963年秋田県仙南村(現・美郷町)生まれ。1986年東北大学農学部卒業後、秋田県庁入庁。1996年仙南村助役に就任。2000年仙南村長に就任。2004年11月合併により誕生した美郷町長に。現在に至る

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