民間の自主的な“マンパワー”を公共事業に活用

――その好循環ができる前の、つまり、若い移住者を受け入れる以前の「住民の意識」は、どうやって変えたのでしょうか。

 2004年11月、高橋前町長の急逝で選挙が行われました。そのときの私のキャッチフレーズは「下諏訪力の創造」でした。観光にしろ、産業振興にしろ、下諏訪には潜在的な“力”がある。その地域の宝を活かすのは住民です。行政がやってしまったら「つくってくれて、ありがとう」で終わる。住民のパワーアップにはなりません。「民公協働のまちづくり」に関わった住民の“マンパワー”が、結果的に町をつくる“力”になるんです。

――なぜ、「公民協働」ではなく、「民公協働」なのですか。

 「民」が主体なので「公民」ではなく「民公」。ずっとそういう考え方です。

 最初に始めたのが「下諏訪力創造チャレンジ事業支援金」です。下諏訪のまちづくりや活性化に役立つ事業を募集して、エントリーした人は、審査会でプレゼンします。審査員である町民の代表が「社会性の高い公益の事業や活動」という観点から採用すべきかをチェックして、最終的な決断は私が下します。

 たまに趣味の域を出ないような事業や結果の見えない取り組みの応募もありますが、2007年度の第2回以降も、毎年、エントリーされた事業のおよそ9割、7から10ほどの事業が採用されています。支援金は、1つの支援事業に対して上限100万円で、3年は継続できるので、最高300万円まで出しています。

――2006年度の第1回の「下諏訪力創造チャレンジ事業支援金」には、「御手洗川をきれいにする会」というわかりやすいものから「男女の垣根を越えて、分かり合える社会を考える」という抽象的なテーマのものまで、13の支援事業が採択されています。

 この事業で国や県からの補助金は取れないですから、町の財源から500万円を予算化しています。大切なのは「500万円で何を生み出すか」です。実際、始めてみると、2012年度の下諏訪力創造チャレンジ事業で選ばれた「鎌倉街道(富部地区)の整備及び史跡案内板設置」など「行政で進めようとしても何千万円もかかって、到底できない」という社会性の高い事業が、年間上限100万円でできるようになりました。

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2012年度の下諏訪力創造チャレンジ事業「鎌倉街道(富部地区)の整備及び史跡案内板設置」では、周辺住民が主体となって、鎌倉街道の約420mの部分を平らにしてウッドチップを敷き、ベンチや看板を設置して、ハイキング・コースとして整備した。その際、地権者から土地を寄付してもらう交渉も住民が行った(写真提供:下諏訪町)