人口2万人のまちに100人の防災士、チャレンジ事業で急増

――ほかにも、住民の意識を変えるような実例はありますか。

 2015年度から3年かけて進めている下諏訪力創造チャレンジ事業「安全・安心なまちづくりを目指して、防災士資格取得に挑戦」があります。防災士は、防災に関する知識と実践力を身につけ、災害に備えてのスキルを磨くことで、地域や職場の防災リーダーになります。登録料5000円は自己負担ですが、この資格をとるための受講料23000円、教材費4000円、受験料3000円、総計で1人当たり30000円補助しています。3年間の同事業で86人、さらに、意義ある活動として2018年度の補助金で18人の防災士が生まれ、自主的な資格取得者と合わせると、2018年10月1日現在、この2万人の町に118人の防災士が民間のリーダーとなり、地域の防災に貢献しています。

 災害が起きてしまったら、苦労するのは避難所の運営です。役場の職員が運営の主体に関わると、避難所で生活している人たちは行政に頼りきってしまう。しかし、民間に防災意識の高いリーダー的な存在がいて「こんなことは自分たちでやろうよ」と声をかけたところは、阪神淡路大震災のときも、東日本大震災のときも、民間と行政がすごくいい関係のなかで避難所生活が運営されたという事例が残っています。そういった役割を、防災士の資格を取得した人たちが担ってくれるはずです。

[画像のクリックで拡大表示]

――防災活動の“自分ごと”化や自主的な参加の促進は、ほかの自治体でも大きな課題となっています。なぜ、下諏訪町では、災害時に住民側のリーダーとなる防災士を自主的に80人も増やすことができたのでしょうか。

 成功した理由は、キーパーソンがいたからです。この事業をエントリーした人が、まず自分の仲間に声をかけて、10人取ろう、20人取ろうということで、だんだん増やしていった。そのうち、そこから枝葉が出て、「じゃあ、俺も取るか」「俺も取るよ」となってくる。人間関係ですよ。

――下諏訪力創造チャレンジ事業は、意識の高いキーパーソンをまちづくりの舞台に引っ張り出してくるための仕掛けといえそうですね。

 「自分も関わって町をつくっていこう」という意識を持つ人は、どこの町にも潜在的にいるはずです。そういう人たちをどうやって見つけ出し、住民主体のまちづくりに自主的に取り組んでもらうかが、重要です。

 住民の自主性がないと、何も始まりません。防災意識もそうだったように、住民の健康意識の向上についても、たとえ行政が指導しても、住民自身に健康を維持する意識がない限り、運動もしないし、食生活や生活習慣を変えることもないんです。

行政は結果を急がず我慢することも大切

――今も続く下諏訪力創造チャレンジ事業のほかにも、住民の自主性を促す取り組みはありますか。

 職員には「我慢しなさい」と言っています。行政は、結果を急ごうとするから、いろんな契約をつくって、スケジュールを含めて、カッチリとやって行きたがる。しかし、民間のみなさんを中に入れて事業を進めようとすれば、そのペースは絶対に緩やかになる。職員が優秀であればあるほど、つい自分でやり出してしまう。そうではなく、あくまでも住民の自主性を重んじて、民間の人たちが動きだすまで我慢する。

――焦らず、じっくり取り組むことが大切なのですね。

 今までの地方再生の取り組みでは、駅前再開発などでハコモノをつくった。結果を急ごうとするからで、結局、あっちこっち、みんな、つぶれています。大切なのは「モノ」ではなく「コト」や「ヒト」です。コトやヒトをつくるには、時間が必要です。それをちゃんと理解して、次の時代の方向性を見出さなければならない。「ゆっくりとこの下諏訪の町をつくっていきましょう」という発想です。

――最後に、今後、若者が移住したくなるまちづくりで取り組むことは何か、改めてお聞かせください。

 “住民の意識”を醸成することでしょうか。私が「民公協働のまちづくり」とうたったのは「町をつくっていくのが自分たちなんですよ」という意識を持ってもらうためです。生活環境であれ、経済活動であれ、移住してきた若い人たちも含めて、住民が主体となる意識がないといけない。住民満足度100%の町は、住民が自分たちでつくり出すものです。これからのまちづくりでも、そこを意識してもらえると嬉しいです。

青木 悟(あおき さとる)
下諏訪町長
青木 悟(あおき さとる) 1954年5月15日生まれ。1977年3月、明治大学政治経済学部卒業後、1977年4月、シロトリ写真館に入社。1989年3月に退社し、1989年4月、写真店を起業。下諏訪青年会議所理事長、下諏訪商連副理事長、下諏訪商工会議所青年部監事などを歴任し、同年12月、下諏訪町長に就任。現在、4期目。