各地の自治体と実証事業などをする際に心がけていることは。

江口 我々が得意とするのはコミュニケーションとIT活用であり、行政のプロではありません。だから自治体に「こういうことをしましょう」と働きかけることはしません。「一緒にできることはありませんか」と声をかけ、職員の皆さんとのやり取りやヒアリングを通して、LINEでできることを見つけていくという流れです。2017年に長野県が始めたLINEによるいじめ・自殺防止相談の受け付けも、当初は観光分野の全く違う話から始まったものです。

 千葉県市川市が3月に始めたAIチャットボットによる住民票申請の受け付け注2)も、市職員との相談の中から生まれたアイデアです。各役所には、とんがって優秀で生き生きとした若手がいるものです。

注2)AIチャットボットによる住民票申請の受け付け
住民は市川市のLINE公式アカウントとのメッセージのやり取りで住民票の写しを申請し、郵送で受け取る。手数料・送料はLINE Payで決済する。市側の対応メッセージはAIチャットボットが担当するため、24時間の受け付けが可能。

 LINEトーク上でのAIチャットボットは、2018年6月に始めた兵庫県尼崎市・丹波市での行政サービス案内などにも活用されています。市民からは24時間いつでも相談できる一方で、行政側ではAIにより対応コストの削減を目指しています。

 防災分野でもAIチャットボットが使われています。2016年4月の熊本地震では被災状況や避難所の状況を把握するために職員や住民の間でLINEが広く使われました。そこで防災科学技術研究所(NIED)と協定を結んで検討を重ね、発災時の状況報告の依頼をAIチャットボットで行い、被害状況の収集・分析や避難情報の提供につなげられる仕組みを作りました。実証のため神戸市や静岡県下田市とともに防災訓練も実施しました。

評判のいいソリューションをパッケージ化して一斉に横展開する計画は。

江口 例えば福岡市と2018年9月に始めたAIチャットボットによる粗大ごみの収集申し込みの受け付けは、非常にうまくいった事例です。申し込みの一部が電話やインターネットからLINEに移り、7月に中央区に限定して処理手数料をLINE Pay注3)でキャッシュレス決済できるようにしたところLINE利用率が顕著に上昇したこともわかっています。

注3)LINE Pay
LINE利用者向けの決済・送金サービス。アカウント残高に銀行口座などから入金しておくと、その範囲でオンライン決済やQRコード決済、カード決済、利用者間の送金が可能。

 このため、同じことをしたいという自治体からの要望は確かにあります。ただ、最適な方法は個々の自治体によって異なるはずです。自治体のニーズによっては、例えばフリーマーケットアプリなどにつないだ方がよいケースもあるでしょう。

 実際に、住民のニーズの違いによって、近隣の自治体に同じものを提案しても、必ずしもうまく刺さらない場合があることを経験しています。ソリューションをパッケージ化して提供すればいいということではなく、重要なのは運用です。実際に運用する自治体職員によいと思ってもらえなければ、利用は広がらないでしょう。

 今は一つひとつショーケースを作っている段階です。それを見た自治体から、「こんなことができないか」と相談してもらうと、最もスムーズに進むでしょう。

 地方公共団体プランの無償アカウントでも、チャットボットにアレンジすると費用がかかる場合はあります。予防接種などのお知らせをプッシュ配信するような仕組みでは、例えば住民情報のデータベースなどの費用は自治体の負担になります。

行政のデジタル化について今後の展望は。

江口 行政機関は、行政手続きなどの問い合わせや申請、各種相談に伴うデータを大量に取得できます。得られたデータを解析すれば、住民のニーズにより適した行政サービスを見つけられるようになるはずです。行政窓口のデジタル化が進んで窓口業務の負荷が下がれば、行政施策の企画などにより多くの労力を振り向けることもできるでしょう。

 スマホの国内シェア約5割のiPhoneは、iOSの次期バージョン13でマイナンバーカードのリーダーライターとして使えるようになります。政府が目指すマイナンバーカードの取得率8割程度への後押しになるのは間違いないでしょう。マイナンバーカードが普及すれば、公的個人認証(JPKI)注4)を利用して、行政分野だけでなく、金融や興行、入退館など民間サービスでも本人認証が手軽に実現できるようになります。ほんのちょっとした差であっても、使い勝手は大きく変わるものです。

注4)公的個人認証(JPKI)
行政手続きの際の本人確認をインターネットを介してオンラインで行う公的なサービス。マイナンバーカードのICチップには、署名用と利用者証明用の2種類の電子証明書が格納してある。