行政手続きのオンライン原則などを定めた法律が2019年5月に成立。デジタル・ガバメントを目指す政府の取り組みが具体化するにつれ、住民と行政の接点としてSNS(交流サイト)が注目を集めている。自治体向けアカウントの無償化や、AI(人工知能)チャットボット、手数料のキャッシュレス決済などを相次ぎ投入するLINEの江口清貴執行役員に、行政のデジタル化でSNSが果たす役割を聞いた。(聞き手は本誌編集長、井出 一仁)

江口 清貴(えぐち・きよたか)氏
2005年オンラインゲーム企業のCFO(最高財務責任者)として、株式公開や経営管理に従事する傍ら、ゲーム業界団体による不正行為対応や適正な競争環境の整備など、業界の諸問題の対策に従事。12年NHNJapan(現LINE)に入社。13年12月CSR(企業の社会的責任)活動などを推進する政策企画室(現公共政策室)室長、18年4月から現職。AI防災協議会 理事長、全国SNSカウンセリング協議会 代表理事・理事長、情報法制研究所 専務理事。(写真:新関 雅士、以下同じ)

自治体向けに公式アカウントを無償化する「地方公共団体プラン」を2019年4月に発表するなど、行政分野の取り組みを強化しています。

江口 地方公共団体プランは5月に受け付けを始め、7月末時点で約100件の新規申し込みがあり好評です。自治体が開設したLINE公式アカウントは、約700に上ります。

 LINEは国内の月間アクティブユーザー数が8100万人を超え、総人口の64%を占めます。そのうち86%は毎日利用しています。コミュニケーションのプラットフォームとしてはこれまで郵便や電話もありましたが、民間によるサービスでLINEほど浸透したものはありません。

 ユーザーの居住地の内訳も全国の人口分布に近く、年齢層も40歳以上が52%と半数を占め、若い人向けというわけではありません。偏りなく広く頻繁に利用されているからこそ、行政機関から住民サービスに使いやすいと評価されているのではないでしょうか。

 ふだん友人や家族・親類とのやり取りに使っている身近なLINEを、行政機関とのコミュニケーションにも使えるようにすることで、行政との距離感はグッと縮まります。LINEのコーポレートミッションは「CLOSING THE DISTANCE」であり、住民と行政の距離を縮めることはまさに我々の目指すところです。

年内に施行されるデジタル手続法注1)は、SNSと行政との関わり方を変えるでしょうか。

注1)デジタル手続法
デジタル・ガバメントの実現に向け、行政手続きのオンライン原則や添付書類の撤廃のほか、マイナンバーカードの普及促進などの個別施策を定めた法律。2019年5月に成立・公布。2019年内に施行。当初はデジタル・ファースト法案と呼んでいた。

江口 LINE公式アカウントを無償で提供する地方公共団体プランの発表に合わせ、5月に自治体向けセミナーを開催しました。東京は約100人、福岡は約90人が参加しました。そこで伝えたのは、行政手続きの原則オンライン化を定めたデジタル手続法への対応を全力でサポートするということです。

 今の行政手続きは書類が前提になっているため、「役所の窓口に来てもらう」ことは住民に受け入れられています。ただ役所の多くは駅前にないため、行き来だけでも多くの時間をかけることを強いています。

 しかしデジタル手続法に基づいて行政手続きがデジタル化され、マイナンバーカードなどを用いたオンライン手続きで代替できるようになれば、窓口での書類の記入や提出は不要になり、役所は住民に対して窓口に来るように求めることができなくなります。

 こうした状況で住民が求めるのは、スマートフォンで“持ち運べる役所”でしょう。つまり、行政機関の側には、現在のようにウェブサイトを作って住民が来るのを待つ姿勢ではなく、住民のスマホの中にどんどん入り込んでいく取り組みが求められることになります。

 デジタル手続法によって、今はいろいろなところに種がまかれた状態と言えます。住民主体で考えれば便利で多様な行政サービスを実現できるはずであり、そのための自治体の「ああしたい」「こうしたい」という思いを全力で手伝うことで、社会をよりよく面白くしていきたいと考えています。

各地の自治体と実証事業などをする際に心がけていることは。

江口 我々が得意とするのはコミュニケーションとIT活用であり、行政のプロではありません。だから自治体に「こういうことをしましょう」と働きかけることはしません。「一緒にできることはありませんか」と声をかけ、職員の皆さんとのやり取りやヒアリングを通して、LINEでできることを見つけていくという流れです。2017年に長野県が始めたLINEによるいじめ・自殺防止相談の受け付けも、当初は観光分野の全く違う話から始まったものです。

 千葉県市川市が3月に始めたAIチャットボットによる住民票申請の受け付け注2)も、市職員との相談の中から生まれたアイデアです。各役所には、とんがって優秀で生き生きとした若手がいるものです。

注2)AIチャットボットによる住民票申請の受け付け
住民は市川市のLINE公式アカウントとのメッセージのやり取りで住民票の写しを申請し、郵送で受け取る。手数料・送料はLINE Payで決済する。市側の対応メッセージはAIチャットボットが担当するため、24時間の受け付けが可能。

 LINEトーク上でのAIチャットボットは、2018年6月に始めた兵庫県尼崎市・丹波市での行政サービス案内などにも活用されています。市民からは24時間いつでも相談できる一方で、行政側ではAIにより対応コストの削減を目指しています。

 防災分野でもAIチャットボットが使われています。2016年4月の熊本地震では被災状況や避難所の状況を把握するために職員や住民の間でLINEが広く使われました。そこで防災科学技術研究所(NIED)と協定を結んで検討を重ね、発災時の状況報告の依頼をAIチャットボットで行い、被害状況の収集・分析や避難情報の提供につなげられる仕組みを作りました。実証のため神戸市や静岡県下田市とともに防災訓練も実施しました。

評判のいいソリューションをパッケージ化して一斉に横展開する計画は。

江口 例えば福岡市と2018年9月に始めたAIチャットボットによる粗大ごみの収集申し込みの受け付けは、非常にうまくいった事例です。申し込みの一部が電話やインターネットからLINEに移り、7月に中央区に限定して処理手数料をLINE Pay注3)でキャッシュレス決済できるようにしたところLINE利用率が顕著に上昇したこともわかっています。

注3)LINE Pay
LINE利用者向けの決済・送金サービス。アカウント残高に銀行口座などから入金しておくと、その範囲でオンライン決済やQRコード決済、カード決済、利用者間の送金が可能。

 このため、同じことをしたいという自治体からの要望は確かにあります。ただ、最適な方法は個々の自治体によって異なるはずです。自治体のニーズによっては、例えばフリーマーケットアプリなどにつないだ方がよいケースもあるでしょう。

 実際に、住民のニーズの違いによって、近隣の自治体に同じものを提案しても、必ずしもうまく刺さらない場合があることを経験しています。ソリューションをパッケージ化して提供すればいいということではなく、重要なのは運用です。実際に運用する自治体職員によいと思ってもらえなければ、利用は広がらないでしょう。

 今は一つひとつショーケースを作っている段階です。それを見た自治体から、「こんなことができないか」と相談してもらうと、最もスムーズに進むでしょう。

 地方公共団体プランの無償アカウントでも、チャットボットにアレンジすると費用がかかる場合はあります。予防接種などのお知らせをプッシュ配信するような仕組みでは、例えば住民情報のデータベースなどの費用は自治体の負担になります。

行政のデジタル化について今後の展望は。

江口 行政機関は、行政手続きなどの問い合わせや申請、各種相談に伴うデータを大量に取得できます。得られたデータを解析すれば、住民のニーズにより適した行政サービスを見つけられるようになるはずです。行政窓口のデジタル化が進んで窓口業務の負荷が下がれば、行政施策の企画などにより多くの労力を振り向けることもできるでしょう。

 スマホの国内シェア約5割のiPhoneは、iOSの次期バージョン13でマイナンバーカードのリーダーライターとして使えるようになります。政府が目指すマイナンバーカードの取得率8割程度への後押しになるのは間違いないでしょう。マイナンバーカードが普及すれば、公的個人認証(JPKI)注4)を利用して、行政分野だけでなく、金融や興行、入退館など民間サービスでも本人認証が手軽に実現できるようになります。ほんのちょっとした差であっても、使い勝手は大きく変わるものです。

注4)公的個人認証(JPKI)
行政手続きの際の本人確認をインターネットを介してオンラインで行う公的なサービス。マイナンバーカードのICチップには、署名用と利用者証明用の2種類の電子証明書が格納してある。

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