「Beyond Health」2020年2月17日付の記事より

人生100年時代──。急速に少子高齢化が進む日本は、2050年には人口が約1億人にまで減少し、65歳以上の高齢者が総人口の約4割を占めると予測されている。これほどの数になると健康長寿社会を医療だけで実現するのはできそうもない。地域コミュニティの中で元気に人生を楽しむ高齢者を増やしていかなければならない。そのために求められるのが、暮らすだけで健康になれるまちづくりだ。千葉大学予防医学センター教授で、20年にわたる大規模な健康調査データを予防政策の科学的根拠に活用している一般社団法人日本老年学的評価研究(JAGES)機構の代表理事を務める近藤克則氏に、そんなまちづくりの在り方を聞いた。

(聞き手は下部 純子=日経BP 総合研究所 ライター)

千葉大学予防医学センター教授で、日本老年学的評価研究(JAGES)機構の代表理事を務める近藤克則氏。20年にわたる大規模な健康調査データを予防政策の科学的根拠に活用している(写真:新関 雅士)
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JAGES機構は健康長寿社会を目指した予防政策の科学的な基盤づくりを目的とした研究で、2016~2017年度には全国の41の市町村と共同で約30万人の高齢者を対象にした調査を実施し20万人から回答を得ています。こうしたJAGESのデータから予防政策のエビデンスが生まれ、まちづくりの分野でも活用されています。

 今まで健康という分野は、健康の専門職や健康政策に関わる人たち以外には、自分たちが関わるとはあまり思われていませんでした。医療というのは病気になった後の話です。それ以前に、健康がどのように決まっているのか、病気にならないためにはどうしたらいいのかという視点で掘り下げていくと、まちや社会のつくり方がとても大事であるとわかってきました。

 最近では、国土交通省もこの点に注目し「健康医療福祉のまちづくり推進ガイドライン」を公表したり、まちづくり分野のソーシャルインパクトボンド(SIB)のモデル事業でも成果の一つとして健康を意識したり、健康とまちづくりが近いテーマになってきています。

 WHO(世界保健機関)の言葉に“Health in All Policy”、すなわち「すべての政策に健康を」があります。これは、健康な社会を創ろうと思ったら、いろいろなセクターのすべての政策を通じて、総合的に創り込まなければならないという考え方を表現したものです。例えば子どもの健康であれば、学校での給食も大事ですから、文部科学省にかかわってもらう。スポーツで健康増進ならスポーツ庁、健康に良い商品やサービスを展開するなら経済産業省といった具合に、健康という分野は厚生労働省が管轄する政策だけではカバーできないんです。そのことが、“Health in All Policy”という言葉に表れています。

JAGES機構は、研究成果を社会に発信していますが、どのような活動をされているのでしょうか。

 実は、もう20年にわたって自治体と共同して大規模な高齢者データを収集し研究をしています。そのデータの分析結果を自治体の課題解決や介護保険事業計画の策定に使ってもらう。厚生労働省やスポーツ庁など国の政策文書にも使っていただいています。

 20年という長期にわたってデータを収集し自治体や政府の政策立案に使われる形で研究成果をフィードバックしたり、共同研究を続けているケースは、国際的にもあまりないそうで、そのノレッジ・トランスレーション(knowledge translation、知見の政策や実践への活用)の取り組みを紹介する本がWHOから出版されました

* Kondo K, Rosenberg M, editors. Advancing universal health coverage through knowledge translation for healthy ageing: lessons learnt from the Japan Gerontological Evaluation Study. Geneva: World Health Organization; 2018

地域間の健康格差を見える化する

調査データを使って健康格差の見える化に取り組んでおられますが、研究を始めたきっかけはどのようなことだったのでしょうか。

 私は臨床医として脳卒中の患者さんを診ていました。当時、世間は好景気で生活保護の受給者の割合は1000人中に何人いるかというパーミル(‰)で算出していました。しかし私の患者さん、つまり脳卒中の患者さんにおけるその割合は100人中4~5人もいた。それに気づいたとき、豊かになった日本でも、いまだに貧困と病気の間に何か関係があるかもしれないと思ったのです。

 とはいえ、臨床医の立場では検証できませんから、自分自身の宿題としていました。その後、大学に席を移してから、その宿題に本格的に取り組みました。すると、低所得者層の要介護認定率は高所得者層の実に5倍高いという結果が明らかになったんです。これには正直驚き、その要因と対策を探ることを、研究テーマに据えました。

 やがて健康格差には、所得や学歴などの社会階層間のものだけでなく、「転びやすいまち」や「認知症になりやすいまち」など、地域間にもあることに気づいたのです。

調査に参加する自治体にとっては健康課題が把握できるので、メリットは大きそうです。

 調査は、1999年に愛知県の2つの自治体で始めて以来、徐々に全国に広がりました。2016~2017年度は41市町村、2019年度には60市町村を超えました。自治体にしてみれば、結果が「幸せを感じている人が最も多いまち」となれば嬉しいですし、「認知症の発症率が高いまち」となれば複雑です。データを公表したくないという自治体もあれば、データで課題を把握して対策を考えたいという自治体もある。反応はさまざまです。

JAGESの「健康と暮らしの調査」のフィールド。質問用紙を郵送して調査する。自治体との共同研究のため、回収率は7割前後と高く、要介護認定などのデータと結合した縦断追跡研究ができる。得られたデータは他の自治体のデータと比較したり要因分析をしたりできる「見える化」システムに載せて、自治体に戻される(出所:JAGES)
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 明らかになった健康課題は、個人レベルだけではなく、まちレベルで解決する方法も考えることが重要です。なぜなら、個人レベルに結果を返して解決しようとしても、健康に無関心な人たちは反応しないという問題があるからです。自分の健康に無関心な人たちはおよそ3割いるといわれています。とりわけ、低所得で日々の生活に追われている人たちは、健康診断よりも仕事を優先せざるを得ない。だから健診の受診率が低い。

 しかし、こういう人たちこそリスクが高く、治療が手遅れになってしまう恐れがあります。つまり、個人への働きかけだけでは有効な手立てにならない恐れがあるのです。環境に働きかけて変えることにより、そこに暮らす人全員に恩恵が及ぶまちレベルの取り組みと組み合わせる必要があります。

「認知症になりにくいまち」は存在する

JAGESの調査によって、具体的にどのような健康格差が明らかになったのでしょうか。

 例えば下図の左のグラフは、1日に30分以上歩く後期高齢者の割合を右から多い順に並べたものです。

歩く人が多いまちでは認知症リスクを持つ人が少ない。左のグラフで、人口密度が高い都市的な自治体ほど、1日30分以上歩く人が多い。右のグラフでは、1日30分以上歩く人が多いほど認知症リスク〔手段的日常生活動作(IADL)低下〕者が少ないことが分かる(図:JAGESの資料を基にBeyond Healthが作成)
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 水色は、人口密度が高い都市的な自治体で、右の方に集まっています。つまり、都市的な自治体の高齢者ほど、歩く人が多いことが分かります。考えてみると、人口密度が高い都会では公共交通機関が発達しています。駅までや乗り換え、駅から目的地まで500m(1分で60~80mとして6~8分)くらい歩いたりすることはよくありますよね。しかし田舎に行けば、同じ500mの距離を車で移動してしまう人の方が多いのです。

 実は、こうした環境の違いが健康格差を生み出します。右のグラフを見てください。横軸は1日30分以上歩く後期高齢者の割合、縦軸は認知症リスクであるIADL(手段的日常生活動作)の低下者の割合を示しています。IADLとは、「外出」「買い物」「食事の準備」「請求書支払い」「貯金の出し入れ」といった動作を独力でできるかどうかを評価するもので、できない人は認知症を発症しやすいことがわかっている指標です。ご覧の通り、1日30分以上歩く後期高齢者の割合が多い自治体ではIADLの低下者の割合が少ないというきれいな負の相関があります。

 次のデータも興味深いんですよ。縦軸は前期高齢者におけるIADL低下、すなわち認知症リスク者の割合で、53市区町村間で比べたものです。左側に多い青い棒は政令指定都市内の区を示していて、IADL低下者の割合が低い。つまり、政令指定都市は認知症になりにくいまちであるといえます。

市区町村別にみた、前期高齢者におけるIADL(手段的日常生活動作)低下者の割合。青は政令指定都市内の区、赤は可住地人口密度1000人以上の市町村、黄は同1000人未満の市町村を示す。青、すなわち政令指定都市の多くの区では認知症リスクが低い(図:JAGESの資料を基にBeyond Healthが作成)
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 もう一度、データを見てください。左の青い棒の中に、一つだけ可住地人口密度が1000人以上のまちを示す赤い棒が混ざっていますよね。これは、愛知県の東浦町というまちなんです。徳川家康の母である於大の方が生まれたところで、車が通れない昔ながらの細い道が多く残っています。そんな古い町の隣にショッピングモールができた。ところが道が狭くて曲がっていたりして、車で行こうとすると遠回りしないと行けない。それよりも歩いていく方が早いわけです。そのため高齢者たちも、シルバーカーを押しながら一生懸命歩いて買い物に行く姿をよく見る。よく歩く環境がある東浦町では、認知症リスクが低いのです。

 先ほど、人口密度が高い都会では公共交通機関が発達しているから、そこで暮らす方は、よく歩くという話をしました。都市でなくても、東浦町のようなまちを意図的につくれば、よく歩いて認知症リスクが下がるのです。注目されているコンパクトシティでは、皆が歩いて健康になり、かつ車が減って地球に優しくなる──。こうした将来のまちの在り方の手がかりとなる、東浦町を発見できたのも、データを集めて見える化したからこそなんです。

本質を知らずに企業が参入すると、かえって逆効果に

健康になれるまちづくりの具体策として、高齢者が交流する「サロン」の活用も提唱されています。

 何が介護予防に役立つのか手探りの時代に、自治体と一緒に良さそうだと思うことを試しながら、追跡調査をして評価研究を進めてきました。その一つが、高齢者が集うサロンづくりです。ボランティアを募って、楽しくできることを考えてもらいました。さまざまな特技を持つ人には講師を務めてもらったり、一芸を披露してもらったりしました。その人たちを「出前ボランティア」と名付けてリストを作り、全ての会場に配りました。面白いと評判が立って人気が出た講師や芸人には多くのサロンから声がかかります。

調査データはサロンを開設する際にも使われたんでしょうか。

 サロンの参加者は高齢者なので、自分で歩いて行ける所でなければ参加し続けられません。まちの中央公民館1カ所で36回実施するよりも、コミュニティセンター12カ所で3回ずつ実施した方が参加率は高まると考えました。実際にデータを取ってみると、参加率は遠い場所の場合はわずか1%だったところ、近い場所の場合には20%にまで高まりました。やり方を変えたら参加者数が6倍増えたのです。

 こうしたデータを自治体に見せると、当然「参加者数は多い方がいい」という話になります。つまり、サロンをどう開設すればよいのか、エビデンスに基づく政策決定に貢献できたことになります。

自治体が支援してサロンを開設し、その運営については住民主体で高齢者のボランティアが担っているんですね。高齢者に積極的に参加してもらえるようにするのは大変でしたか。

 この取り組みを最初に始めた愛知県武豊町で「サロンを10数カ所開設したい」と提案すると、保健師さんはあまり乗り気な様子ではありませんでした。理由は、手伝いをしてくれる登録ボランティアが20人しかいないから。そこで、このまちで行った、どんな人が認知症になりやすいかを調べた追跡調査の結果報告会をすることにしたのです。

ボランティアなど地域組織への参加の有無と認知症発症の関係。3年間の継続研究の結果、地域組織に参加していない人の方が、認知症発症の確率は男性で2.19倍、女性で1.74倍高い(図:JAGESの資料を基にBeyond Healthが作成)
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 3年間の追跡研究の結果、認知症を発症する確率は、地域組織に参加している人に対して参加していない人は男性で2.19倍、女性で1.74倍高いことが明らかになりました。これをまちの皆さんに報告し、地域のボランティア組織に参加しませんかと呼びかけたところ、ボランティアが増えてサロンの開設につながったのです。これもデータの見える化による一つの成果です。

サロンがまちにあることで高齢者が活動的になって仲間もでき、自然と介護予防ができる暮らしになるのですね。

 実際、サロンの参加者に「参加して何が変わったか」というアンケートを取ってみると、「健康意識が高まった」「人との交流が増えた」「気持ちが明るくなった」「将来の楽しみが増えた」という回答がありました。中でも、特筆できるのは「幸せを感じるようになった」が実に8割を占めたこと。健康に無関心な人も幸せにはなりたいから、サロンには参加する。つまりこの施策は、健康に無関心な人たちを集めることにも成功したのです。

健康になれるまちづくりは、行政だけではなく企業の取り組みとしても増えていますか。

 現在、全国では、高齢者人口の5.7%が住民主体の「通いの場」に参加していると、厚生労働省が発表していますが、その通いの場を提供する企業が出始めています。例えば、自動車販売店が商談スペースで体操をできるようにしたり、コーヒーチェーン店が毎日来る高齢者の見守りをしたり、店の空いている時間をサロンに使ってもらったりしているところもあります。

 ただ、こうした企業の人たちが健康になれるまちづくりの本質を知らずに参入すると、かえって逆効果になる恐れがあります。例えば食事は、一人で取るよりも、誰かと一緒に取る方が健康にも良いし見守りにもなります。従って食事を一人ひとりのお宅に宅配するサービスよりも、何人かが集って食事をする会食サービスを開発・提供してくれた方が、健康になれるまちづくりには良い効果をもたらすと考えられます。

暮らすだけで健康になれるまちをつくるチャンス

暮らすだけで健康になれるまちづくりは、高齢者にどのような影響を与えますか。

 コミュニティが機能し始めると、人の出番が増えます。グリーンスローモビリティをご存じですか? 時速20km未満の速度で公道を走る、4人乗り以上の電動カート、ゴルフ場のカートを使った取り組みです。これを導入すると、地域が抱える移動の足がない課題を解決したり、低炭素型交通が確立できたりできるのではないかと、国土交通省と環境省が実証実験事業をしています。千葉県松戸市が、手を挙げて採択され、実証実験を実施し、我々がその効果評価を行いました。

松戸市が実証実験を実施した、グリーンスローモビリティの取り組みの様子(出所:JAGES)
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 松戸市の実証実験では、グリーンスローモビリティの取り組みを通じて多くの人が活躍しました。例えば、運転手は、老人クラブの高齢者たちが引き受けてくれました。充電設備については、電気工事の仕事をしていた方が設置してくれました。さらには、かつて交響楽団員だったという方がお披露目に合わせて曲を作ってくれたのです。こうした地域の皆さんの協力があって、実証実験の前後で、GPSで測定した行動範囲を比較すると、特に傾斜の多い地域に住む人たちの行動面積が1.5倍に増えていました。

 このようなコミュニティ活動は、そこに住む人たちにいろいろな出番やコミュニケーションを生み出します。実際、まちづくりが動き出すと、必ず「こういうことができる人はいないか」という話が持ち上がり、地域に埋もれていた人材が発掘されたり、行動を共にしたりすることで人と人のつながりが生み出されていきます。

まちづくりが良い循環を生み出すことが分かりました。一方で、課題はありますか。

 仕掛ける人が、もっと欲しい。貴重な取り組みも、その効果が評価されていることは稀です。厚生労働省が地域コーディネーターを配置したり、NPOなどが、まちの人々を巻き込んでコミュニティづくりを支援したりしていますが、十分ではありません。そこで我々大学の研究者も、JAGES機構という一般社団法人を作って、行政だけでは難しい健康なまちづくりをお手伝いしたり、その効果評価にも取り組んだりしています。

 日本は、2050年には人口が今よりも40%減る居住エリアが6割以上に上ると指摘されています。こうしたところでは、いずれスーパーが撤退し、地域として成り立たなくなる恐れがあります。日本の社会の智恵を絞り出し、いろいろなセクターの総力を上げて解決策を見出さないと、大変なことになってしまうかもしれない。しかし、そこを逆手に取って、どういうまちづくりをすればよいのかを考え、上手に設計すれば、暮らしているだけで健康になれる日本社会を作るチャンスになるかもしれません。

 いろいろな試みをして、その中でどれが本当に効果があるのかを評価し、意味のあるものを選んで広げていく。それができるマネジメントサイクルが回る仕組みを社会にビルトインする──。そうして、今よりもさらに良い日本にしたい。JAGES機構を通じて、それに貢献したいと思います。

これからの人口減少時代は、それに合わせてまちを作り直す機会が増えるので、上手に設計すれば、暮らしているだけで健康になれる日本社会を作るチャンスになるかもしれない、と語る近藤氏(写真:新関 雅士)
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この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434148/021800065/